36

 私は仁禮春姫(にれはるき)。

 ついこの前まで『普通の』女子高生だったものだ。


 色々あって学校に通えなくなり、今は警視庁のお世話になっている。


 お世話って捕まったという意味じゃないよ。

 面倒を見てもらっているということだからね。


 まぁ、警視庁で暮らしている若い女だと思ってもらえればいい。


 そんな私は……。


「へっ、へっ?」


 口を開けたまま驚いていた。


 気がついたら、教会のような場所にいた。


 真っ白な壁にステンドグラス。

 花が飾られた席には、顔見知りが座っている。


 これって結婚式……?


 うん、結婚式以外ありえない。

 私も白いタキシードを着ているし。


 うん、白いタキシード……?

 ということは、私の結婚式?


 連続して襲いかかる不可解な事実に、頭を抱えてしまう


 まって、結婚って誰と……。


 目の前にいるのは純白の花嫁。


 シミひとつないドレスをまとい、頭にはキレイなヴェールをかぶっている。


 その髪は長く、黄金色に輝いていた。


 彼女はブリッツ・ホーホゴット。

 私と同年齢の警察官であり、世界で一番大切な人。


 私の相手って、もしかして……。


「春姫、何ボケェっとしている?」


「はっ、はい!」


 私は背筋をピンと伸ばし、ブリッツに向き合った。


「まったく、ハレの日だというのに春姫は……」

「ごっ、ごめん……」

「……まぁいい。春姫らしいな」


 ブリッツは呆れながらも微笑んでくれた。

 その笑みに思わずドキッとしてしまう。


 えっえっ……キスって本当にするのチュー、チュー?

 まぁ、やったことはあるけどさ……。


「春姫はやく」

「はい……」


 私はブリッツの唇にそっと口づけをした。

 その味は甘くて、とろけてしまいそうだった。


 私はブリッツとキスしている。

 その事実に、私の胸は高鳴りをはじめる。


「春姫……」

 投げかけられたブリッツの声。

 そこに違和感があった。


 前を向くと――


「……ッ!?」


 そこにはブリッツの姿はなかった。

 そのかわり、そこには目つきが悪い女がたっていた。


「よぉ、ひさしぶりだな」


 こ、こいつは……「し、師匠!」


 師匠――上曾洋(うえそよう)。

 私に剣道を教えてくれた恩人であり、私の手に一生消えない傷を作った犯人。


 気がついたら、教会もまわりの人たちもいなくなっていた。


 骨が散らばった荒野がどこまでもひろがっていた。


「ようこそ、地獄へ」

 師匠はいう。


「じ、地獄……?」

「俺を殺しておいて、地獄に堕ちない訳がないよなぁ?」


 師匠は腰についていた刀をわたしてきた。


「俺ともう一度勝負しろ……ッ!」


 けど、私は受けとらなかった。

 いや、受けとれなかった。


 なにせ、私の手のひらは石のように固まって動かないのだから……。


「いくぞぉ、春姫ィッ!」


 師匠はどこからともなく刀をもうひとつ出した。

 そして、私に襲いかかる。


「まって、まってぇぇぇ!!」


 その瞬間、トラウマがフラッシュバックした。


 師匠から木刀で散々に叩かれたあの時――

 手が動かなくなったあの時――

 剣を握れなくなったあの時――


 刀がふりおとされ、赤い飛沫が私の目にひろがる。



「ハッ――」


 目をひらくと、見慣れた天井がうつっていた。


 私の今の居住地でもある。


「夢……?」


 私は布団から上半身をおこした。

 そして、自分が真っ二つになっていないことに安堵する。


「よかった……」


 最高最悪の夢を見ていたようだ。

 ブリッツとの結婚式のあと、師匠に襲われる……。


 心臓がドクンドクンと激しく震えている。

 全身が汗でびしょ濡れになっている。


 もう死んでいるとはいえ、トラウマが現れたら誰だってこうなるよ。


 ――自然、視線が手のひらにおちる。

 両手とも指がまえにまがったまま微動だにしない。


 事件から二年たっているとはいえ、今でも後遺症がつづいている。


「春姫」


 隣の布団を見ると、金色の髪の美少女――ブリッツが横たわっていた。

 起きたばかりの、まだ眠そうな瞳が私を見つめる。


「どうした?」

「ううん……なんでもない」


 私は首を横にふった。 もう大丈夫だと自分に言い聞かせたからだ。


 そんな私を心配してくれたのか、ブリッツが私の頭をなでてくれた。

 それが心地よくて……思わず笑みがこぼれる。


「おーいッ!」


 元気のいい声とともに、襖があけられる。


 そこに背の低い少女、阿部淵ホムラが立っていた。

 全身黒装束で忍者のような見た目をしている。


 私たちを見て目を丸くして。


「あら、朝からお熱いっスね。お邪魔しましたッス」と茶化すように襖をしめた。


 私とブリッツが同時に顔を赤くして、同時に引き留める。


「「ちょ、ちょっと! そういうんじゃないからッ!」」


 ホムラ――普段は人懐っこいのだが、私とブリッツが仲良くしているとすぐに茶化してくるのだ。 まったく困ったものだよ……。


 私とブリッツは立ちあがり、ホムラを追いかけていった。

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