35
地獄をはしる電車のなか、ぼろきれをまとった小人たちに窓からほうりだされる、そんな夢を見ていた。
それは完全に完璧に悪夢であり、正直、なえる。
結局、あのあと――
命令に違反して、ブリッツをたすけにいった私たちだったが、処罰をうけることはなかった。国敵(イペタム)を討伐したということで、党首閣下から私たちに恩赦がおくられたのだ。
そして、私を党首官邸で保護することは中止となった。
イペタムの本拠地から、東日本がイペタムを支援していた証拠が見つかったのだ。私で東日本をゆするよりも、その証拠でゆすったほうが効果的だということらしい。
なにせ、今回の一件でイペタムが『銃火器の所持禁止』という国際条約に違反していることが露見した。多国籍軍が派遣されるのも時間の問題だろう。
そんな状況なのだから、東日本もイペタムとの関係をかくしておきたいはずだ。
それで、所在がなくなった私の身柄は警視庁におくられることとなった。
依然として私は東日本にたいする強力な外交カードということらしい。
そして、数日がたち、いまにいたる――
◇
警視庁の地下。
「なかなかやるッスね、春姫ちゃん」
私たち佩刀課は道場で稽古をしていた。
今回は木梨田やホムラだけではなく、私も参加している。
「えいやッ」
左腕をうしろへひき、右腕で空に正拳突きをする。
その手の甲には、手甲鉤がはめられていた。
「ここはもうすこし、こうしたほうがいいッスよ」
ホムラが私のうごきに、こまかくアドバイスをしてくれる。
「ありがとう」
私はおれいをいって、うごきをなおしていく。
ホムラの指導はわかりやすく、すぐ頭や体にはいった。
「春姫ちゃんようがんばっているやないか。ところで、どないしてきゅうに稽古を?」
竹刀を片手に木梨田がきいてくる。
「それは……」
今回の一件、私はブリッツがさらわれるのをとめることができなかった。
もう二度と、そんな後悔はしたくなかったのだ。
たしかに、いまでも師匠のことはこわいし、武術をおしえられるのにも抵抗はあるが、ブリッツのためにむきあうことにした。
「そのいきや。今度はまもってな」
木梨田がきあいをいれるように、私の背をたたく。
その衝撃で、私の背筋がピンッとたった。
「ありがとうございます」
「ええんやええんや」
私と木梨田の会話をみながら、ホムラはほほえんでいる。
「いまの春姫ちゃんの姿を千瀬さんに見せたかったッスね」
「あぁ……千瀬かぁ」
ふたりはまるでなつかしむように、千瀬さんのはなしをはじめた。
たった数日まえのできごとだが……私も自然と千瀬さんがなつかしくなってくる。
あの一件のあと、千瀬さんが佩刀課の課長をやめたのだ。
理由はわからない。
事件の翌日にはもうその姿はなく、ただ黒服から辞職したことをしらされただけだった。
もしかして、自分なりのけじめをつけたつもりなのかもしれない。
いまなお、彼女の『ブリッツを……たのむね』という言葉が胸にのこっている。
で、そんな彼女のかわりに課長になったのが……。
「みんなおつかれだし!」
道場の扉がひらき、飲料がはいった籠をもった女があらわれた。
その女は軍服……ではなく、警察の制服をまとっていた。
「中部もさまになったのぉ」
木梨田が新課長――中部十花にいった。
「そりゃそうだし、なにせあたしはもと少佐だからなッ!」
中部は満足そうに、腕をくんで仁王立ちをする。
恩赦をもらった中部だったが、命令違反として国防軍内部でおおきな問題となり、懲戒免職になったらしい。
そのあと閣下のはからいによって、千瀬さんなきあとの佩刀課の課長となった。
「げッ、なんッスかこれ……」
ホムラがペットボトルにはいった液体をのんで、うめきをあげる。
「ふふ、これはな……国防軍特製の野戦食(レーション)だしッ!」
そういって、中部はふところから粉末飲料がはいったパッケージをだした。
「ま、マズイッス……こんなものより、スポドリのみたいッス」
ホムラが瞳をうるませ、なきそうになる。
「なんだしッ! 貴様ァ……国防軍を愚弄するつもりか?」
中部が頭から煙をだして、激昂した。
あれよあれよと、ホムラと中部がいいあいをはじめる。
ハァ……中部がきてから、いつもこんなかんじだよ。
私の口からためいきがもれでてしまう。
「まぁ、たのしいからいいけど」
私が道場の出口へむかってあるきだすと、木梨田が声をかけてきた。
「もしかして、いくんか?」
「はい……『彼女』もまっているとおもいますので」
◇
警視庁からあるいて数分――
そこには西日本最大といわれる病院があった。
『彼女』はもといた病院から、ここへ移送されたのだ。
たっている黒服にはなしかけると、うしろにあった扉をあけてくれた。
なかは清潔な白い壁と天井が目をひく個室だった。
中央におかれた一台のベッドには――
「よくきたな。春姫」
金髪をたらした少女――ブリッツがよこたわっていた。
体は病衣をまとっていて、頭にはあいもかわらず猫耳をつけている。
カーテンごしにうすくフィルターされた光があたるたびに、その金色の糸をおりまぜたような髪がかがやいた。
「昨日ぶり、ブリッツ」
「あぁ、昨日ぶりだ」
ブリッツが意識をとりもどしてからというもの、私は毎日おみまいにきていた。
「毎日きて、よくあきないな」
「うん、ブリッツはあきちゃった?」
「……あきるわけなかろう。毎日が本当に、しあわせだ」
私の手になにかがふれる感触がした。
それはブリッツの手であり――彼女が私の手をやさしくにぎっているのだ。
「……」
手がうごかない私にとって、手をにぎられてもにぎりかえすことはできない。
だが、相手をかんじることはできる――
あたたかさが、手からつたわってくる。
彼女の体温は私のなかで、やさしいキモチとなって充満していった。
「……しあわせだよ」
――きっとそのあたたかさが、
「私もブリッツとあえて……ブリッツがいて……」
――きっとそのキモチが、
「本当に、しあわせだよ」
――しあわせなのだろう。
「よかった」
私のこたえをきいたブリッツの顔は、とてもしあわせそうだった 。
かくして。
剣をもてなくなった『天才剣道少女』は、ひとりの『少女』とであい、あらたな道をすすむのだった。
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