35

 地獄をはしる電車のなか、ぼろきれをまとった小人たちに窓からほうりだされる、そんな夢を見ていた。

 それは完全に完璧に悪夢であり、正直、なえる。


 結局、あのあと――


 命令に違反して、ブリッツをたすけにいった私たちだったが、処罰をうけることはなかった。国敵(イペタム)を討伐したということで、党首閣下から私たちに恩赦がおくられたのだ。


 そして、私を党首官邸で保護することは中止となった。

 イペタムの本拠地から、東日本がイペタムを支援していた証拠が見つかったのだ。私で東日本をゆするよりも、その証拠でゆすったほうが効果的だということらしい。


 なにせ、今回の一件でイペタムが『銃火器の所持禁止』という国際条約に違反していることが露見した。多国籍軍が派遣されるのも時間の問題だろう。


 そんな状況なのだから、東日本もイペタムとの関係をかくしておきたいはずだ。

 それで、所在がなくなった私の身柄は警視庁におくられることとなった。

 依然として私は東日本にたいする強力な外交カードということらしい。


 そして、数日がたち、いまにいたる――



 警視庁の地下。


「なかなかやるッスね、春姫ちゃん」

 私たち佩刀課は道場で稽古をしていた。

 今回は木梨田やホムラだけではなく、私も参加している。


「えいやッ」

 左腕をうしろへひき、右腕で空に正拳突きをする。

 その手の甲には、手甲鉤がはめられていた。


「ここはもうすこし、こうしたほうがいいッスよ」

 ホムラが私のうごきに、こまかくアドバイスをしてくれる。


「ありがとう」

 私はおれいをいって、うごきをなおしていく。

 ホムラの指導はわかりやすく、すぐ頭や体にはいった。


「春姫ちゃんようがんばっているやないか。ところで、どないしてきゅうに稽古を?」

 竹刀を片手に木梨田がきいてくる。

「それは……」


 今回の一件、私はブリッツがさらわれるのをとめることができなかった。

 もう二度と、そんな後悔はしたくなかったのだ。

 たしかに、いまでも師匠のことはこわいし、武術をおしえられるのにも抵抗はあるが、ブリッツのためにむきあうことにした。


「そのいきや。今度はまもってな」

 木梨田がきあいをいれるように、私の背をたたく。

 その衝撃で、私の背筋がピンッとたった。


「ありがとうございます」

「ええんやええんや」


 私と木梨田の会話をみながら、ホムラはほほえんでいる。

「いまの春姫ちゃんの姿を千瀬さんに見せたかったッスね」

「あぁ……千瀬かぁ」

 ふたりはまるでなつかしむように、千瀬さんのはなしをはじめた。

 たった数日まえのできごとだが……私も自然と千瀬さんがなつかしくなってくる。


 あの一件のあと、千瀬さんが佩刀課の課長をやめたのだ。

 理由はわからない。


 事件の翌日にはもうその姿はなく、ただ黒服から辞職したことをしらされただけだった。

 もしかして、自分なりのけじめをつけたつもりなのかもしれない。


 いまなお、彼女の『ブリッツを……たのむね』という言葉が胸にのこっている。

 で、そんな彼女のかわりに課長になったのが……。


「みんなおつかれだし!」

 道場の扉がひらき、飲料がはいった籠をもった女があらわれた。

 その女は軍服……ではなく、警察の制服をまとっていた。


「中部もさまになったのぉ」

 木梨田が新課長――中部十花にいった。

「そりゃそうだし、なにせあたしはもと少佐だからなッ!」

 中部は満足そうに、腕をくんで仁王立ちをする。


 恩赦をもらった中部だったが、命令違反として国防軍内部でおおきな問題となり、懲戒免職になったらしい。

 そのあと閣下のはからいによって、千瀬さんなきあとの佩刀課の課長となった。


「げッ、なんッスかこれ……」

 ホムラがペットボトルにはいった液体をのんで、うめきをあげる。

「ふふ、これはな……国防軍特製の野戦食(レーション)だしッ!」

 そういって、中部はふところから粉末飲料がはいったパッケージをだした。

「ま、マズイッス……こんなものより、スポドリのみたいッス」

 ホムラが瞳をうるませ、なきそうになる。

「なんだしッ! 貴様ァ……国防軍を愚弄するつもりか?」


 中部が頭から煙をだして、激昂した。

 あれよあれよと、ホムラと中部がいいあいをはじめる。


 ハァ……中部がきてから、いつもこんなかんじだよ。

 私の口からためいきがもれでてしまう。

「まぁ、たのしいからいいけど」


 私が道場の出口へむかってあるきだすと、木梨田が声をかけてきた。


「もしかして、いくんか?」

「はい……『彼女』もまっているとおもいますので」



 警視庁からあるいて数分――


 そこには西日本最大といわれる病院があった。

『彼女』はもといた病院から、ここへ移送されたのだ。

 たっている黒服にはなしかけると、うしろにあった扉をあけてくれた。


 なかは清潔な白い壁と天井が目をひく個室だった。

 中央におかれた一台のベッドには――


「よくきたな。春姫」


 金髪をたらした少女――ブリッツがよこたわっていた。

 体は病衣をまとっていて、頭にはあいもかわらず猫耳をつけている。

 カーテンごしにうすくフィルターされた光があたるたびに、その金色の糸をおりまぜたような髪がかがやいた。


「昨日ぶり、ブリッツ」

「あぁ、昨日ぶりだ」

 ブリッツが意識をとりもどしてからというもの、私は毎日おみまいにきていた。


「毎日きて、よくあきないな」

「うん、ブリッツはあきちゃった?」

「……あきるわけなかろう。毎日が本当に、しあわせだ」


 私の手になにかがふれる感触がした。

 それはブリッツの手であり――彼女が私の手をやさしくにぎっているのだ。


「……」


 手がうごかない私にとって、手をにぎられてもにぎりかえすことはできない。

 だが、相手をかんじることはできる――


 あたたかさが、手からつたわってくる。

 彼女の体温は私のなかで、やさしいキモチとなって充満していった。


「……しあわせだよ」

 ――きっとそのあたたかさが、


「私もブリッツとあえて……ブリッツがいて……」

 ――きっとそのキモチが、


「本当に、しあわせだよ」

 ――しあわせなのだろう。


「よかった」


 私のこたえをきいたブリッツの顔は、とてもしあわせそうだった 。


 かくして。

 剣をもてなくなった『天才剣道少女』は、ひとりの『少女』とであい、あらたな道をすすむのだった。

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