27

 トイレからでたら、もうすっかり夜になっていた。

 公園は静寂と青い光につつまれている。街灯がよわくきらめき、木々がながい影を地面におとす。


「もう、ここまで時間がたったら千瀬に殺されるな」

 ブリッツが冗談めかしていった。


「殺されるのはかんべんだな」

「まぁ、我がまもってやるが」


 私たちふたりは街頭にてらされながら、ぶらぶらとあるいた。


「春姫……」

 ふいに彼女が私の手をにぎる。

「我はうれしいぞ」

 彼女は私の肩に頭をあずけながら、いった。

「春姫と会えて……すごくうれしい」

「……私もだよ」


 私たちは手でつながりながら、あるきつづけた。

 ふと、話題がかわった。


「千瀬さんってやさしい顔しているけど、なんだかこわいよね」

「その推測どおりだ。千瀬はこわい人間だ」


 なんのためらいもなくいってきたので、私は拍子ぬけした。

「ヤツは狐のようだ。狡猾で知慮ふかく、武勇にかんしてももうしぶんがない」

 たしかに。

 私のなかの千瀬さんのイメージと、ブリッツのいうことはだいたい一致していた。


「けれども、我の恩人だ」

「恩人?」

「あぁ。千瀬はイペタムから我をすくいだしてくれたんだ」

「そうなの!」

「我が工作員として西日本におくられたときだった。ひとめで我を工作員だと見やぶったんだ。それからすぐ、我を保護し、佩刀課へといれたんだ」


 そんなことがあったなんて……。

 というか、ひとめで工作員を見やぶる千瀬さんてやっぱすごいな。

 千瀬さんがいちだんとおそろしくなった。


「だから、いまの我がいるのは千瀬さんのおかげだ……」

 そうしみじみとしたかんじで、ブリッツはいった。

「そっか」

 そんなかんじではなしていると。


「見つけたぞッ!」

 夜闇のなかから黒服たちがあらわれた。その数は一〇人以上いる。

 ついに見つかってしまったらしい。


「仁禮春姫とブリッツ・ホーホゴットだな。党首閣下および千瀬課長がおよびである」

 黒服のひとりが、たんたんとのべた。


「ゲームオーバーのようだな」とブリッツ。

「説教だけですめばいいんだけど……」

 こうして、私とブリッツは黒服につれられ、車にのせられたのだった。



 黒ぬりの高級車。なかはひろく、座席はすべてセミバケットのシートだった。

 私とブリッツは後部座席にのせられた。その両はじに黒服がすわる。


「官邸にむかえ」

 黒服が運転手にそういうと、この車がうごきだす。

 しばらく静寂がながれる。黒服たちはひとこともはなさないし、こっちを見ない。そんなきまずい状況下で、私もブリッツも会話をする度胸がなかった。


 そうなると、ふかくかんがえごとをしてしまう。

 たとえば、これからの自分のこととか。


「はぁ……」なんだか、憂鬱になってくる。

 千瀬さんからおこられるのはともかく、問題はそのあとだ。


 ――千瀬さんのいった『春姫ちゃんが東日本との交渉につかわれるってこと』という台詞。

 額面どおりにうけとると、私はなんらかのかたちで、東との政治で利用されるということになる。

 東のなかにイペタムをつかって私をころそうとしているヤツがいるようだ。


 交渉次第では私の命がうしなわれることになるのではないか。

 そんなことはないとおもいたいが――いかんせんこの国は東からの攻撃をおそれている。ドイツが撤退した影響なのかもしれない。


 ためいきがでる。

 そんな私のキモチをさっしてくれたのか、ブリッツが手をにぎってくれた。


「我がいるぞ」

「ブリッツ……」


 なんだか心があたたまってくる。

 車がうごきをとめた。

「おい、なぜとまるんだ?」

 私のとなりの黒服が声をあらげた。


「だって、赤信号ですから」

 運転手の言葉に、黒服がつよく反論する。

「ばかもの! この車には『信号機優先通行装置』がついている。だから、信号にひっかかるわけはないッ!」

『信号機優先通行装置』とは、特殊な赤外線を信号機の受信機に送信して、信号を青にする機械だ。ニュースで見た。


「じゃあ、なぜ赤信号に?」

 車中の全員がなにかに勘づき、フロントガラスを凝視した。


「――!?」

 なんと、前方からものすごいスピードでダンプカーが逆走していたのだ。

 ブウゥンと車内からでもわかるくらい、音をだしている。


「みんな、でろ!」

 とっさに、私たちは車からとびだした。


 ――ドカァァァァンッ!


 すさまじい爆発音がひびきわたる。まるで、鼓膜をやぶるような衝撃だった。

 とっさにふりかえると、ダンプカーと高級車が炎上していた。

 その炎は夜闇を赤くてらしあげている。


 なんだよこれ……映画の撮影かよ。


「春姫……無事か……?」

 ブリッツがかけよってきた。

「私は大丈夫だけど……ブリッツは?」

「別条はないわ」

「よかった……」

 私はほっと胸をなでおろす。

 ……そのときだった。


「隙ありッ!」


 突然、背後からなにかがおそいかかってきたのだ!

 般若の面をかぶった女だった。

 そいつは手に日本刀をもっている。その刃先がギラリと光った――瞬間!


「ぐわぁぁあッ!」

 そんな悲鳴があがり、能面は地面にたおれこんだ。

 能面のうしろにたっていたのは、さっきの黒服ふたりだった。

 手には刀をもっている。


「これは、緊急事態だ」

「至急、本部に連絡を……」


 グサッ――グサッ――

 ふたりの黒服の頭に矢がささった。

 黒服たちはバタッと地面にたおれた。


「ひっ、ひぃぃ!」

 さけび声のほうを見てみると、運転手が顔を青くさせてはしりさるところだった。

 その背にも矢がつきささり、ごろんと地面にころがってしまう。


「あらあら、こんなところで再会するとは……」

 ――ききおぼえのある声。

 声の主のさっしがついた私は、自分の心中にただよう激情をもやしてにらみつけた。


「師匠……」

 能面をつけた集団のまえに、師匠がたっていた。

「運命というものは、はなはだ不思議なものだなぁ」


「貴様ッ!」

 ブリッツが師匠へむけて、刀をかまえる。

 それは黒服から拝借したものだった。

「とりのがした獲物がおのずからきてくれるとは……ッ!」


「うるせぇよ、この猫野郎。絶対に殺してやるよ」

 師匠がそういいおわるやいなや――


「ふせろ、春姫!」

 弓をもった能面が矢をはなってきたのだ。

 あわてて地面にふせると、矢が私の頭上をとんでいった。


「あっ、あっぶねぇ!」

 私の様子をみていたブリッツが師匠をにらみつける。


「絶対に殺す」

「……こっちの台詞だ、ヴァーカッ!」

 さきにうごいたのはブリッツだった。


『天然理心流・居合』


 バッと鞘から刀がひきぬかれるのと、ほぼ同時に弓をもっていた能面がきりさかれた。

 胴から血がふきだし、その場にくずれる。


「そのスピード……雲耀、いや、雲耀以上だな」

「春姫の敵は我の敵だ」


 即座にブリッツの刃が、師匠へおそいかかる。

 間一髪のところで、師匠はよけた。


「ったく、あぶねぇな!」

 そういいすてると、師匠は懐からなにかをとりだす。それは黒塗りの鞘につつまれた日本刀だった。

 そして刀をぬくと――ブゥン。

 あかくもえる、光の柱がはえてきた。


「それって……」

 SF映画とかでよくみる……光の剣?


「きいておどろくな。イペタム製最新兵器『妊婦斬り(オボコロペ)』だッ!」

 よく見たら、刀の鵐目(しとどめ)からワイヤーがはえており、師匠の背につながっている。


「ふん、そんなオモチャ。小細工はなはだしいわ!」

 そういいながら、ブリッツは瞳をとじ、刀をかまえなおす。


 あたりの雰囲気がガラッとかわった。不可視のイナズマが、彼女にあつまり、統合されていっているようだった。

 瞼がおおきく、ひらかれる。


『天然理心流・電光剣』


 一閃が師匠へむかってはしる。

 だが、まばたきをしたあとだった、


『示現流・一ニの太刀』

 おどろくべきことがおこる。

 刀の刃が一瞬にして、なくなったのだ。

 ドロドロと鎺(はばき)から液状化した鉄がながれる。


「貴様ッ……」

「すげよなぁ、この刀。刃の温度は二〇〇〇度以上あるみたいなんだぜ」

 それで、刃をとかしたっていうのかよ……。


「くっ……!」

 ブリッツは完全においつめられてしまった。

「じゃあ、死ねぇッ」

 師匠が光の剣をふりあげる。

 マズイ……このままじゃ、ブリッツがッ!


「やめろぉぉぉ!」――私の叫び。


 それが通ったのか、意外なことがおこった。

 能面のひとりが師匠をとめたのだ。


「上曾さん、この女はボスから生けどりとの指令が……」

「ほう生けどりか」

 い、生けどり……? どういうことだ。


 疑義の念をいだいていると。

 ドゴォォン――とんでもない衝撃音が耳をかすめる。

 それとともに数一〇人もの能面がふっとんでいった。


「えっ……」


 クラクションとともに、あらわれたのは黒ぬりの高級車の大群だった。

 高級車たちは何人かの能面をはねとばし、停止した。

 そして扉がひらき、大勢の黒服がでてきた。


「チッ……勘づかれたか」

 師匠は舌打ちをすると、踵をかえして夜闇のなかへとはいっていく。それに追従するように能面たちも、はしりだした。


 うん……まてよ。

 そのむれのなかにブリッツの姿があった。

「はなせッ! はなせこの下郎どもがッ!」

 ブリッツは四人の能面にはがいじめにされて、はこばれていた。


「おいッ、ブリッツッ」

 私はブリッツのもとへ、はしっていこうとしたが。


「仁禮春姫! うごきをとめろ」

 黒服たちに体をおさえられてしまった。


「おい、はなせよ。はなせよ、この……!」

 それでも私は、体をうごかして必死に黒服に抵抗しようとした。

 だがしかし、黒服たちはびくともしなかった。


「春姫……無事でな」

 笑顔をうかべ、こちらを見つめるブリッツのすがたが視界にうつった。

 なんで、わらっているんだよ……!


 ポトンッと自身の心に、ある感情が水滴のようにおちる。そして、波紋のように心のありとあらゆるところへひろがっていった。


 その感情の名は、『くやしさ』だった。

 つよく歯をくいしばった。そして、目からは涙があふれんばかりにでてくる。


「ふざけんなよ……マジでふざけんじゃねぇぞッ!」

 車にほうりこまれるまで、私はずっとさけびつづけた。


「ブリッツ……ブリッツゥゥゥゥゥ!」

 師匠をうらみ、自分の無力さをのろいながら……。

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