第94話 神代の民フルーゲル



◇◇◇


 ゴロウやアストレナ達が出掛けた日曜日――。


 初めにソレに気付いたのは、グラウンドでウィスタシア、ヒオリ、ガイアベルテと一緒に魔法の練習をしていたラウラだった。


 ラウラは先端が蔓の様にくるくる巻いた五尺程の枯れ木を握り、空に向かって魔法を放つ。


 この枯れ木つえは南極大陸地下ダンジョン、アストロイカの中心にそびえる世界樹の葉の新芽を切り取ったものだ。


 アストロイカの膨大な魔力を吸い上げ生長する世界樹の葉は直径10メートルを優に超える。葉の新芽は魔力を吹き出しながら生長する。


 その性質がラウラの魔力をブーストするのだ。


「ウィスタシア、ヒオリ、何か来る……!」


 魔法発動を中断したウィスタシアが首を傾げる。


「何が来るというのだ?」


「わからない。一瞬見えた未来に水色の髪の男女が映っていたんだ」


「ふむ、水色の髪なら夢魔族で間違いないな」


 ヒオリも素振りを止めている。


「お客人でしょうか?」


「違う……男が海にいるはずのフォンとココノを抱えてここに来たんだよ。フォン、足に怪我をしていた……」


「ラウラ殿、敵……ですか?」


「わからない。ボク、もう一度未来を見てみる……、……ダメだ。制御が上手くいかない……」


「海へ行ってフォンとココノを連れ戻そう」


 ウィスタシアの提案にラウラ、ヒオリ、それと話を理解していないガイアベルテが頷いた。


「うん!」

「それが良いでしょう」

「チン……うみ、いくの?」



◇◇◇


 大魔帝国内――。

 夢魔族が多く住む特別自治区、最古の村に俺は転移した。


 フルーゲルはこの村にいる筈だ。


 探知魔法を発動させると、村人の一部が俺の魔力に気付いた。

 俺の探知魔法は相手に悟られないよう極限まで魔力を薄めている。


 普通、ここまで薄いと気付かないんだけどなぁ……。


 フルーゲルは8000年以上生きる夢魔族の始祖だ。彼から夢魔族が派生した。


 無限記憶書庫アカシックレコードを開放してから知ったのだが、5000年以上前の神代から今も生きる者は結構いる。

 ヴァンパイア族や魔族各種、ドライアドのような精霊族は不死に近い種が多く、疫病や災害、戦争を生き延びた者は未だに生存している。


 そんな彼等を一般的には〈神代の民〉という。

 5000年前に世界が滅んだ魔法戦争以降、殆どが表舞台には出てこず、ひっそりと暮らしている。


 そして、この特別自治区にも神代の民は数名いる。


 いた、フルーゲルだ!


 俺は重力魔法でフルーゲルの上空まで飛んで、彼の目の前に降りた。


 フルーゲルはボロい服を着て村人達と一緒に畑で農作業をしていた。今はどこも収穫時期だからね。


 水色の髪、白い肌、年寄りらしく顔に深い皺があるものの、体は筋骨隆々としていて若く見える。


「俺様になんの用だ?」


 しゃがれた低い声が彼の年季を思わせる。


 俺がさっき使った探知魔法に気付いていたからか、既に肉体強化魔法を纏い臨戦態勢に入っている。

 ここにいる数名の村民もいつでも戦える状態だ。殺気が漏れている。


「フルーゲルだな。お前はアズダールの前国王を誑かしアズダール王国を貶めた。死をもって償う前にお前の罪をアズダールの民に懺悔してもらう」


「くくく、カッカッカッカッ!どこの誰だか知らんが、小僧がこの俺様に大層な口を利くなぁ!?アズダールの王?あぁ、あいつか、俺様に情けなく平伏し、縋り付いて、国民だけは苦しめないでくれ、とか何とか無様に言っていたなぁ」


 アズダール王、つまりアストレナのお父さんは人の良い気さくなおっさんだった。だからオスカーなど家臣の人望が厚かったのだと思う。


「俺様の精神魔法で黙らせてやったがな。カッカッカッカッ!一国の王が惨めだったぜ!」


 それをオスカーやベアトリクスに証言して欲しいんだよな。フルーゲルがベラベラ喋っていると近くにいた村民が言う。


「フルーゲル様、そいつ鑑定魔法で情報を引き出せません。全身に纏っている魔力はおそらく第五位階以上の防御魔法だと思われます」


 防御魔法は魔法も弾くからね。


「けっ、見ない顔だが貴様も神代の民か……、ならよ。やり方ってもんがあるんだぜッ!

 ――第五位階精神魔法、改!人心掌握マリオネット!」


 フルーゲルの青い瞳に波紋が広がる。凪の水面みなもに雫が落ちるが如くゆっくりと静かに。


 なっ!?フルーゲルの魔力が俺の中に入ってきたぞ。俺の魔力に干渉して、侵食しているのか!?物凄い技術だな……。


 まぁ俺には効かないけど。


 無限記憶書庫アカシックレコードの超演算で俺に侵食したフルーゲルの魔力を解析、排除していく。



《フルーゲル視点》


 俺様の魔力が一瞬で消されちまったッ!

 どうなってやがる……?


 ほんの僅かしかこのガキの情報を抜き取れかった……。だが、それでも頭が痛くなる膨大な量だ。


「お前……種族はゴブリンだな」


「ご、ゴブリン!ぷぷぷぷ」

「ぷっ、ふふふ、魔物かよ」

「何故この様な容姿のご、ご、ゴブリンが……ぷぷ……」


「ば、バカッ!やめろッ!笑うなッ!!」


 笑い事じゃねーんだよッ!

 俺様ともあろう者が血の気が引き足が震えていやがる!


 この男……、アウダムがここにいるということは、この地域が消滅してもおかしくない大災害に直面していると同義。


 奴の発言から俺様を殺す積りで来たのはわかった。それは構わんが、奴の気分次第で夢魔族全滅なんてこともあり得る。


【ロロム、ゼスタ……聞こえるか?】


【はいっ!】

【うっす!】


 ロロム、ゼスタは俺様より強い。お前らに夢魔族の未来を託すぞ。


 僅かだが奪えた男の情報からこの惨事を切り抜ける策と、夢魔族の方針を伝える。


【お前達はセブンランドへ飛べ。奴の弱点、セブンランドの子供を捕えて一族存続の交渉材料する。これからオーダーを伝えるぞ――――】


「アウダム……、いや、今はゴロウと名乗っているのか」


「ん?流石、お前クラスなるとアウダムを知っているんだな?」


「くくく、アウダムは俺様の祖父だからよ。復活したとは聞いていたが、ここに来るとはな……。人類の始祖、原初の魔王アウダム。まさか会えるとは、永らく生きたが人生とは何が起こるかわからなんな」


 フルーゲルは他愛ない話をしながら、他の村にいるロロムとゼスタに詳細な指示を伝える。


 そして、彼らは転移魔法でセブンランド大陸、第一ランド島へ飛んだ。


 セブンランドのゴロウの奴隷達を攫うために――。




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