第63話 奴隷とモンスター討伐




「ものは試しだ。やってみよう。

 ――第一位階、肉体強化魔法!」


「師匠の周りに白い光が見えます……」


「それが見えるだけでも凄いと思うぞ」


 大六天魔卿ドクバックは見えていないようだったからな。


「ただの魔力を体に展開してもこうならない。魔力を”闘気”に変えて纏うことで肉体を強化できるんだ」


「某にもできるのでしょうか……」


「できるさ。いいか、適合する闘気の性質は人によって異なる。自分にぴったり合った闘気を纏わなければ強くはなれない。ヒオリ、俺の手を握ってくれ」


 隣りに座るヒオリに手を差し出すと、彼女は小さな手でそれを掴んだ。

 彼女の微弱な闘気に触れて、俺は纏っている闘気をヒオリと同じ性質に変化させていく。


「光の色が白から朱色に変わっていきます……!」


「よし、100パーセント一致したな。これがヒオリに合う闘気だ」


 闘気を纏うことは出来ても、性質を相手に合わせて変化させることは誰にもできない。俺以外には。


「ヒオリ、この闘気をお前に移すぞ」


 俺は纏った闘気を全てヒオリに流し込んだ。

 ヒオリが赤い光を纏っている。

 彼女が何もしなければ俺が送り込んだ闘気は自然に消える。


「これは……!」


「毛穴が開いて汗が噴き出る感覚だろ?これで強制的にお前の闘気を活性化させると同時に魔力変換のイメージをつける。今の状態を維持するよう意識してみろ。これは理屈じゃない、感覚だ」


「……」


 それから暫くヒオリの様子を観察した。

 俺が送った闘気はとっくに切れている筈だが、彼女は闘気を纏った状態を継続している。自分の魔力を変換しているのだ。


 これではっきりした。

 闘気の扱いに関しては最強の侍ヒルマ同様、ヒオリも天才だ。


「お前はセンスの塊だな。一回目でできる奴なんていないんだぞ。普通は何度も繰り返して徐々にできるようなっていく」


「では、某は!あっ、切れてしまいました。集中力を欠くといけませんね……」


「魔力は筋力と同様で使い続けることで量が増え、扱いも上達する。これからは毎日闘気が尽きるまで訓練を続けるぞ」


「はい!」


「では、最初の質問だ。お前に〈うつろ〉を見せてやる。俺の前に立て」


 ヒオリは岩のベンチから立ち上がると俺の前に立った。俺も立つ。距離は3メール程。


「月影流、虚〈影裂かげさき〉」


 俺が何も持っていない腕を振り上げるとヒオリが悲鳴を上げる。


「あ゛あ゛ッ!!……えっ?あれ?あれ?何故でしょう?切れてない?……んん?」


 ヒオリは自分の体を触って、体中見回して、自分が切られていないことを確認している。

 これは圧縮し凝縮した闘気をカッターナイフのように薄く鋭く変化させ、それを飛ばして相手にぶつける技。相手の”気”を切断して本当に切られたと錯覚させる。


 闘気はこのように性質を変化さたり飛ばすことが可能で、性質変化次第では影や霧の様な実体を作って一般人に視認させることもできる。


「驚かせて悪かったな。これが〈うつろ〉だ。虚には様々な技がある。闘気を極めればヒオリも使えるから先ずは闘気の扱いを覚えていこう」


「わ、わかりました……!よろしくお願いします!」



◆◆◆


 一ヶ月後、大魔帝国ヴォグマン領の田舎町にて。


 魔物がしばしば町を訪れ町民を襲うようになった。怪我人や家畜被害も出ている。


 こういう場合、普段はゴロウズが対処するのだが、今回は実践稽古を兼ねてヒオリに討伐させることにした。


「魔物は4体です。村の男達が次々にやられてしまいまして……。しかし、あの大賢者ゴロウ・ヤマダ様が来てくださるとは頼もしい!」


 尊敬の眼差しで俺を見詰める中年村長に俺は言う。


「俺は何もしないよ。戦うのはこの子だ」


「弟子のヒオリ・ホムラと申します。若輩者ですが全身全霊を以て戦わせてもらいます!」


 赤い髪をポニーテールにしたヒオリが真剣な顔で言う。


「はぁ?は、ははは……、ご、ご冗談を、子供が戦えるわけないでしょう?」


「うーん、初めて魔物と戦うけど、大丈夫だろう。俺は離れたところから見てるよ。ヒオリできるな?」


「はい!必ずや!」


 すると町長の顔が見る見る赤くなっていく。


「ば、バカにするのもいい加減にしろ!?こんな貧相な小娘に何ができる!魔物に喰われるだけだ!」


 するとこの場にいた町の住人達も。


「俺が戦った方がまだましだぜ!」

「お嬢ちゃん、皆に謝って発言を取り消しなよ」

「そうだぞ!死に行くようなものだ!」

「ガキは引っ込んでろ」


 町に被害が出ていて深刻な状況なのはわかるけど何なんだこいつらは?

 俺の弟子を馬鹿にしやがって。


 俺はムカついていた。


「この子は強い。信用して大丈夫だ。あんたらは黙って見ていてくれ」


「師匠……」


 するとその時――。


「来やがった!そっちに向かっているぞぉおおおおおッ!!」


 見張り台にいた男が大声をあげる。




 町の入口に現れたのはC級モンスター、ブラックウルフが4頭。群はB級に相当する。

 賢い魔物で一度味を占めて標的にされると何度も襲ってくる。


 その群れに単身で対峙するヒオリ。

 彼女は金色の瞳でモンスター共を睨むと鞘から刀を抜き正眼の構えをとった。


「無理だ。俺達は家の中に隠れるよう」

「小娘、死んでも知らないぞ」

「早く逃げなきゃ!」


 俺は後方に立ちパニックになっている町民を横目にヒオリの戦いを見守る。


 ヒオリの二倍はある巨大で獰猛なブラックウルフが彼女に飛び掛かった。


 ギャルルルルル!


「月影流、虚〈影去かげさり〉」


 ガフッ!?


 実体化した闘気がヒオリの体から飛び出す。靄のような闘気がブラックウルフの横を走り奴はそれを目で追い隙ができる。


「月影流、あらわし光閃こうせん〉」


 ザンッ!!


 光閃は己の全てを一振りに乗せた月影流の上段切り。

 ブラックウルフの顔が真っ二つに割れる。

 先ずは一頭。


 ギャルルルルル!

 ギャルルルルル!

 ギャルルルルル!


 三頭同時に襲い掛かってきた。


「月影流、虚〈眩光げんこう〉」


 闘気が閃光弾のように弾けブラックウルフの視界を奪う。


「月影流、現〈流閃りゅうせん〉!」


 川の流れよのうに流麗な刀の舞。

 ブラックウルフの首が次々に飛び、あっという間に3頭倒してしまった。あっけないものだな。


 初めての戦闘で気を張っていたのか、肩で息するヒオリに声を掛ける。


「よくやった!」


「は、はい!……師匠、どうでしたか?悪いところはありましたか?」


「いや、良かったぞ!セブンランドに帰ったら反省会をしよう」


「はい!」


 どんどん強くなっていくな。将来が楽しみだ。


 それからさっきヒオリをバカにしてた町民達が物陰から出てきて、全員ヒオリに土下座する勢いで謝っていた。


 そんな町民にヒオリは。


「某など、師匠の足元にも及びません。故に頼りないのは事実ですからお気になさらないでください」


 と、笑顔で答えていた。

 その後、頬を染めたヒオリが俺に小声で言う。


「先程は信用できると某を庇っていただきありがとうございます。う、嬉しかったです」


「お前は努力次第では強くなるから自信を持てよ」


「はい!」


 ヒオリの修行は始まったばかりだ。

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