インタビュー

僕:あなたのお名前は?もちろん仮名でもイニシャルでも大丈夫だよ。


彼女:うーん、名前言うのは恥ずかしいから名無しとか?でも捻りがないよね。なし子とかは?


僕:なし子さん。良いと思う。ではなし子さんよろしくおねがいします。では好きな食べ物はなんですか?


なし子:何その弱い会話デッキ。嫌いな食べ物たくさんあるかな。


僕:たしかに、すぐ野菜とか僕に押し付けてくる


なし子:うーん、好き嫌いがはっきりしているというより好きなものも嫌いなものもぐっちゃぐちゃにそこにあるだけって感じかな。


僕:なるほど、もう少しなし子さんについて情報を聞いておきたいので趣味だったり好きな本だったり音楽とそういったものがあれば教えてください。


なし子:村上春樹。


僕:即答ですね。


なし子:まあね、君だって知ってるでしょ?


僕:なかなかのハルキストなのは重々承知してますよ


なし子;うん、苦しゅうない


僕:タバコは何を吸われますか?


なし子:ううん、私は吸わない。匂いは別に気にしないけど


僕:いつも喫煙所付き合わせちゃってごめんね


なし子:良いよ全然


僕:料理はされますか?もしされるのであれば得意料理やハマってる料理はありますか?


なし子:好きだよ。よくする。最近はね日本料理にハマってるの。難しいんだよあれ


僕;たしかに、繊細ですからね。それじゃあ、次に音楽は何を聞かれるんですか?


なし子:オルタナとかインディーズとかかな。私だけが知っているって思うとものすごい優越感と良いものを掘り当てたときの達成感、それに純粋に音楽としてもおもしろいから


僕:聞いたことない音楽ばかり聴くからカラオケで歌える曲なくて毎回困ってますよね。それについては


なし子:好きという気持ちには必ず代償が存在するものなの


僕:良いお言葉ですね


僕:・・・ではお酒はなにがお好きですか?


なし子:ワイン系かな、サングリアとか。甘いお酒は無難に好きかな。


僕;最近、ジョギングとかしてなかったっけ。そういう運動終わりに飲むお酒は美味しいだろうね。それとも健康志向?



今のでわかった。僕の知ってる彼女とは違う。違和感。僕の知ってる彼女は西村賢太を読んでてアジカンが好きでセブンススターをバカバカ吸ってて料理はIHの一口コンロなのを理由にしてほとんどしないし下戸、運動は肺がタバコで死んでるから嫌い。たぶん、目の前にいる彼女は僕の彼女じゃない。でもどうして一緒にいるのがここまで心地良いんだろうか。心地よくて心地よくて僕はこの違和感につむることにした。


なし子:そんなんじゃないよ。


僕:では少し突っ込んだ質問を。あなたにとって愛とはなんですか?


なし子:おお、待ってましたこういう質問。ようやくだね。私が思うにね愛は引き裂く力だと思うの。葛藤とかコンフリクトとかアンビバレントとかジレンマとかそういうニュアンス。こういうのって倒錯関係っていうのかな?愛したい気持ちと愛されたい気持ちが、愛情と憎しみが、奉仕したいと奉仕されたいが、被虐と加虐が、愛欲と性愛が、守りたい気持ちと壊したい気持ちがせめぎ合うの。それが愛。言葉で好きなんて言ったところで意味ない。そうやってその人の内側を蝕んでめちゃくちゃにするの。私がめちゃくちゃにしてできた穴に私を注ぎ込むの。男の人は自分が穴に入れる側だと思っていきり立ってるけど実際にハメられるのはそっちなの面白いよね。まあ、でも私も君を蝕むこと、そこで作った心の中に入ろうとするあたり滑稽だけど。


僕:・・・熱弁、ありがとうございました。いつもこんなことを考えているの?


なし子:だってみんな私を求めて苦しんでくれるんだもの。ちょっと不思議に思って考えたりするよ。


僕:みんなってのは友達とか周りの男、元カレとかってこと?


なし子:私にとって今も昔もないよ。想ってくれてありがとうってだけ。


僕:ごめん。ちょっと何言ってるかわらないかも。ふざけてたりする・・?


なし子:?どうしてそんなこと聞くの?不思議だね君は


僕は彼女に取材するというテイで一緒に喫茶店に来たはず。でもどうしてだろう。僕の好きな彼女が目の前であやふやになっていく気がする。僕の彼女は、なんだっけ、好きな本、そもそも本を読む子だったか。恋愛ドラマに熱があるってこの前言ってったけか。ダイエットのためにジョギングに毎朝勤しんでいる。料理も好きで得意料理はイタリアン、特にヘルシーなベジタリアン。違う。そいつじゃない。目の前に彼女を捉えろ。彼女を捉えるんだ。そう思うたびに幾千の"彼女"が浮かび上がってくる。わけがわからない。


僕:君はだれだ


なし子:君の、君たちの望むようになれるよ私は


僕:それはどういうこと?


なし子:君はセックスするとき嚙まれるの好きだよね。首とか腕とかね。ソフトなМだから。可愛いね。ちなみ、右前の席にいる若い人は縛るのが好き。ライトな緊縛。全身縛るのは骨が折れるし気が引けるって。君とちょっと似ている気がする。一番奥のおじさんは自分よりも年下の人間を罵るのが好きなの。セックスに限らずにね。でね、後ろからガンガンしてくるのと一緒に罵る言葉を吐き捨てるとより興奮して激しくなるの。あの人いつもそう。あっちの眼鏡かけた人はマットプレイが好き。ホテル代出してくれるのはありがたいけど毎回、髪までヌルヌルにしてくるのはちょっと勘弁して欲しいかも。女の子の準備を何だと思ってるのかなまったく


僕:何言ってるの・・?


ない子:さっきコーヒー運んでくれた店員さんはスワッピングが好き。外で待ってる人はおもちゃコレクター、疲れるから勘弁してほしいって思うときもあるかな。で今入って来た人たちはね大人数集め・・・


僕:ストップストップ、その趣味の悪い冗談、やめてくれないかな・・・


なし子:冗談じゃないよ。私、ここにいる全員とセックスしたもの。今もしているのかな。


ここは今日、適当に見繕った店だ。来たことも聞いたこともなかった。彼女はそんな店の店員や客の全員と関係を持ったっていうのか。嘘に決まっている。


僕:ここにいる全員と?どうやって?不可能だろう?だからその趣味の悪い冗談はやめてくれ。気分が悪くなるから。


なし子:君も薄々気が付いているでしょ。私はなし子なんかじゃないって


僕:そりゃ、君はなし子なんて名前じゃない。それはさっきつけた仮の名前で本名は・・・本名は・・・


彼女:わらないのー?サイテー彼女の名前忘れるなんて


輪郭のぼやけて見える。声もはっきりとしない。今、笑っているらしいがそのトーンが高いのか低いのか。でもそれがクククなのかヒヒヒなのかアハハなのかすらわからない。いたずらに笑っているのはわかる。女の顔は犬にも猫にもたぬきにも猫にも見えるそんな顔をしていた。こちらを挑発するように笑って眺めているのはわかる。


彼女:だって私はみんなの中にいるの。理想の彼女として。君の想う彼女、悪くないと思うよ。いつまでも心の中に理想の彼女を持っていて。そしてそれに囚われて。死ぬまで。そしていつか好きな人ができたら邪魔しに行ってあげる。目の前にいる好きな女の子と心の中の理想の彼女、その対比を無理やり作って苦しめてあげる。君は幸せ者だよ。よかったね。


意識が遠くなっていく。

彼女が、彼女の像が視界に溶けていく。

席を立つ影が見えた。

どこに行くんだ。

彼女が僕の視界を埋め尽くす。

近くに遠くに、僕の内側も外側もすべて彼女に満たされていく。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る