第31話 余計なお世話ではないと思いますアリス様

「僕は嬉しいです、ボーロ様!」

 ファロンがニコニコ笑顔でテーブルの反対側にいるボーロに言った。

「そうか」

 答えるボーロはまだ不安げな顔で、手にしたジョッキをあおった。


 アルヴァ公爵夫人アリナが来たこともあり、今食堂はちょっとしたうたげのような雰囲気になっている。

「まさか俺がなぁ……」

 いまだ腑に落ちない様子のボーロ。

「でもボーロさんは強いですから」

 俺が言うと、

「まあな、それは認めるが」

(あっさり認めたな!)

「っても常人レベルではって条件付きだけどな」

 苦笑いしながらボーロはまた一口ひとくちジョッキを呷った。 

「あの神官様と闘った後じゃ、おいそれと強いなんて言ってられねえよ」

「確かにそうですね」

 俺も同意した。

「それによ、何ていうか……あの公爵夫人が認めてくれたってのが、なんかこう、逆に恐ろしくてな」

 ボーロは横目で隣のテーブルにいるアリナを見た。

「そういうもんですか」


 確かにアリナは王国一の魔術師でかつての六勇者の一人でもある。

 実際、彼女が強力な魔術を放つところを俺も見ており、その恐ろしいまでの強さはよく分かっているつもりだ。

 ただ、アリナは俺に対してはいつも親切で、優しく接してくれている。テシリアとの仲も後押ししてくれているようなところもある。

 なので、彼女に対して恐ろしいという感情は俺にはない。


(まあ、それだけ、やらかしちゃったという気持ちが大きいんだろうな)


 今回のボーロをこの施設の警備役にという話は、やはり先日のならず者事件がきっかけだったようだ。

 奴らをノール家に収監すると、兄のマキスはすぐにアルヴァ公爵家と王宮に伝令を飛ばして伝えたらしい。

 グッシーノ公爵家にも王宮から知らせが行ったようだ。


「まさかモリスから知らせが来るなんて思ってもみなかったわ」


 そうアリナは話してくれた。

 ボーロがならず者達を見事に片付けたという話を聞いたモリスが、彼にダンジョン周辺の警備をやらせてはと提案してきたというのだ。

 アルヴァ公爵領が未だ復興半ばで治安維持にも苦労していることを当然モリスは知っている。

 王国の中枢を担っているグッシーノ公爵の立場としては何かしなければ、という意識もあったのかもしれない。


「まあ、助かるっていえば助かるんだけどね、癪ではあるけれど」

 アリナはやや不機嫌そうに言った。

 その上、今回の件に併せてグッシーノ家からボーロの部下という名目で警備兵を派遣することも決まっているらしい。

「まあ、うちの兵備が整うまでの暫定措置だけれど」

 当然のことだけどといった様子のアリナだったが、表情にはほのかに安堵感も見える。


 初めのうちこそ静かだったが、アリナを中心に少しずつ話も盛り上がり、場の雰囲気も賑やかになっていった。

 さすがにボーロはアリナから遠い席で静かに飲んでいたが、彼の隣に陣取ったファロンが熱心に話しかけている。

 よっぽどマリルとの闘いが彼の琴線に触れたのだろう。


 一方ボーロにファロンを取られてしまった形のニルは、

「つまんない……」

 とご機嫌斜めモードで脚をブラブラさせている。

 情けないことに、こういう時にどうすればいいのか俺には全く分からない。


 そんなニルに、

「ニルちゃん、私にゴーレムのことを聞かせてもらえるかしら?」

 とアリナが声をかけた。

「え……?」

「あなたのモフちゃん、とても素敵よね」

 きょとんとしているニルにアリナが微笑みかけた。

「はい……!」

 ニルは返事をするとアリナとテシリアの間に自分の椅子を持っていき、ふたりに挟まれて楽しそうに話を始めた。


 俺はボーロとファロンが格闘談義で盛り上がっているのを、時折相槌を入れたりしながら聞いていた。

 手元のジョッキも最初の一杯を半分程度空けたくらいだ。

 下手に飲みすぎるとアリナ特製のお薬をいただくことになるかと思うと、あまり酒も進まない。


 テシリアはアリナを中心にした女性グループの輪で笑顔で話をしている。

(今話しかけるのは不自然だよな……)


 そんなふうに半ば呆けたようになっていると、

『…………』

 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

「……?」

 周囲を見たが誰も俺を見てはいない。

『…………』

(まただ……)

 錯覚かもしれないとは思ったが、どこか遠くから聞こえているようにも思えた。


(外からか?)

 そう思いながらみんなを見たが、誰も俺に注意を払ってはいないようだ。

 俺は手洗いにでも行くような素振りで席を立ち、慌てないように気をつけながら食堂の外に出た。


『…………』

 頭の中で微かに声音こわねのようなものが響く。

 その声音に導かれるように、俺は施設の裏手の林に入って行った。

 月の明るい夜だったが林の中はさすがに暗く、足元に注意しながら進んで行くと、木々の間から差し込む月光に照らされて誰かが立っているのが見えた。


(……!)

 俺は息を呑んで身構えた。

「ノッシュ、私よ」

「あ……」

 俺はゆっくりとその人影に近づいた。

「アリス様!」

「しー、声は小さくね」

 アリスは人差し指を唇に当てながら言った。


「ここしばらくは色々とあったみたいね」

 近くの木に背を預けてアリスが言った。

「ええ、色々と」

 俺も隣の木に寄りかかった。

(そうだ、アリス様にダンジョンへと勧められてから色々と……あ……!)

「ん?何か思い出したの?」

 アリスが俺の顔を覗き込んだ。

「あの、もしかしたらなんですけど……」

「ええ」


「この前ダンジョンで起こった事をアリス様は予測してたんでしょうか?」

 少しの間があった。

「ええ、予測していたわ」

 うつむき加減でアリスが答えた。

「そうしたら……」

「なぜ教えてくれなかったのかって思う?」

 俺の言葉に被せてアリスが言った。

「はい」


「それはね、あの出来事が人同士の争いだからなの」

「人同士のだから……?」

「ええ、私たち妖精は人同士の争いには介入しないことにしているの。それは自然なことではないと思うから」

「そうなんですね」


「それでね、それとはまた全く反対のことをしようとしたのがドークルールなの」

「反対のこと……?」

「妖精族は人族を管理するべきだ、行動から生活から何もかも、それが優秀な種族である妖精族の役割だ、という考えね」

「そんなことを……」

「その傲慢さのせいで彼は闇に堕ちてダークエルフになってしまったの」

「そうだったんですね」


「もちろん私だってあなた達を手助けすることもあるわよ」

「はい、助けていただきました」

 だからこそ今、俺とテシリアはこの世界に戻ってこれているのだ。

「余計なお世話にならないように気をつけてはいるけどね」

 アリスは茶目っ気のある笑顔で言った。


「ということでぇ……」

「はい?」

「余計なお世話になるかどうかギリギリのところを攻めてみました」

 そう言ってアリスはウィンクをすると、フッとその場から消えてしまった。

「えっ、アリス様!?」

 俺は驚いてキョロキョロと周りを見回した。


 するとその時、近づいてくる足音が聞こえた。

(アリス様……?)

 そう思って俺が足音がする方を見ると、その足音の主は歩みを止めた。

 そこには半身はんしんを月明かりに照らされて、金色の髪を美しいコントラストで輝かせている女性が立っていた。


 テシリアだった。



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