第25話 女の子のことを知らない俺は告白のタイミングが分からない

「そうねぇ……」


 そう言うとアリスは上を向いて少し考える表情になった。

「差しめ私は恋のライバルってところかしらね」

「「恋のライバル!?」」

 と、俺とテシリアがシンクロして驚いた。


(言われてみれば……)


 アリスがクラスに来た時、妙にドキドキしてしまったのを思い出した。

 テシリアに友達以上認定をしてもらえたとはいえ、基本的に女子に免疫がない俺にとって、積極的に接してくるアリスには困惑しっぱなしだった。


(でも、ちょっとだけ嬉しかった、かな……)


 そんなことを思い出しながらテシリアを見ると、彼女はじいっと俺のことを見ている。

 俺はなぜか視線を外してしまった。

「なんで目をらすの、ノッシュ?」

「あ、ごめんなさい!」

 俺は速攻で謝った。

「なんで謝るの?」

 テシリアの目が一段と険しくなる。


(うう……どうしよう)


「ノッシュくんを許してあげて、テシリアさん」

「別に許すとか……」

「それから、テシリアさんにも謝らなくてはいけないわね」

「い、いえ、そんなことは」

「ううん、理由があってのことではあったのだけど、私がかなり強引にノッシュくんに迫っちゃったから」


(理由ってどういう……)

 そう俺が思っていると、

「どういう理由なのか教えていただけますか……?」

 テシリアも俺と同じことを考えたようだ。

「それはね、あなた達ふたりがドークルールが作ったあの世界でずっと幸せに暮らしていきたい、て思わないようにするためなの」

 表情を曇らせながらアリスが言った。

「あ……」

 テシリアが小さい声を上げた。

「だから私が間に割り込んであなた達が親密になりすぎないようにしてたの」

(そういうことだったのか)

 アリスの話に俺は少し安心した。

 積極的に接してくるアリスに多少なりとも心を惹きつけられてしまったことに、俺はずっと罪悪感を感じていたからだ。


「友達以上恋人未満だったかしら?あの世界ではあなた達にそういう距離感でいてほしかったの」

 少し表情を和らげてアリスが言った。

「でも、やり過ぎて二人の仲を壊してしまうことにならないように気をつけなくちゃいけなかったから、難しかったわ」

「あの……もしあの時俺がドークルールの言葉通りに……」

 俺はその先を言えなかった。


「あの時のリアさんに口づけをしていたら、ということ?」

「はい……」

「そうなったら強引にあなた達の魂をあの世界から引き剥がさなければならなかったと思うわ」

「魂を……」

「引き剥がす!?」

 アリスの言葉の響きの恐ろしさに俺とテシリアは青くなった。


「でもそれをやると、魂が元の体に戻ってこれなくなってしまう可能性が高いの」

「戻って来れないとどうなるのですか?」

 青ざめながらテシリアが聞いた。

「魂は【世界の意思】に統合されてしまうわ」


(ということは……)

 魂がない体だけが残され衰弱していく。そしていずれは死を迎える。

「だから、あなた達の意志と決断でドークルールを拒絶してもらいたかったの」

 静かに、そして重い口調でアリスが言った。


(そういうことか……)

 まさに紙一重だったわけだ。今更ながら背筋が凍る思いがする。

 そしてそれは、俺がドークルールの甘言に惑わされかけたことで招いた危機だったのだ。

(俺のせいで……)

 俺は唇を噛みしめた。

 そしてテシリアを見て言った。


「ごめんなさい……」

「?」

「俺のせいで……俺がドークルールに惑わされたばっかりに」

(そうだ、俺はあの時思ってしまった……)

 大好きなテシリアと口づけができて、結ばれて幸せになれる。

 ドークルールが目の前にぶら下げた偽りの幸福を手に入れたいと願ってしまったのだ。


(やっぱり俺は……)


「本当にごめんなさい……」

 俺はテシリアを見ていることができずに地面に視線を落とした。

「……」

 テシリアは何も言わない。

 するとアリスが、

「彼はね今でも前世からのコンプレックスから抜け出せてないの」

 と俺を援護するように言ってくれた。


「わかります、なんとなくですけど……聞こえてましたから」

 テシリアは静かに言った。

「聞きながら私思ったんです、ノッシュが弱みに付け込まれてるんだなって……だからね、ノッシュ」

 そう言うとテシリアは俺を見て言った。

「あなたの前世のこととかを私に聞かせてほしいの、話したくないようなこともあるかもしれないけど」

 テシリアは真っ直ぐに真摯な眼差しで俺を見てくれている。

「ね?」

 心持ち頬を緩めてテシリアが言った。


「は……」

 俺は返事をしようとした。

 だが、声を出そうとしたら涙が込み上げてきそうになった。

(ヤバい……!)

 俺は必死で嗚咽を飲み込んで腹に力を入れた。

「はい……テシリア……!」

「うん」

 テシリアが微笑みを返してくれた。


「そうね、ふたりでもっとたくさんお話しなければいけないわよね」

 アリスが明るい声で言った。

「邪魔者は早々に立ち去るわ」

「いえ、そんな!」

「邪魔者だなんて!」

 アリスの言葉を俺とテシリアは慌てて否定した。

 アリスは立ち上がるとテシリアと俺を交互に見て、

「うふふ、冗談よ」

 と言ってウインクをした。


「また来るかもしれないけれど、今日は帰るわね」

 アリスはそう言うと俺たちに背を向けたが、ふと何かを思い出したように振り返った。

「ダンジョンにでも行ってみたらどうかしら?カブリオレでドライブなんて楽しそうよ」

 そう言うと、アリスは俺たちに背を向けて霧のように消えていった。


(カブリオレでドライブ……てことはデートだよな!)

 この時の俺は自分が短絡思考に陥っていて、かつ混乱していることに気がついていなかった。

「テシリア」

「なに?」

「でデートで、どどドライブしましょう!」

「な……なに?どういうこと?」

「は……!」

 俺は口を開けたまま硬直してしまった。


「ふふふ」

「く……」

 可笑しそうに笑うテシリアに俺の顔は茹で上がって爆発しそうだった。

「今やっと分かったわ」

「え……?」

「ノッシュって私が思ってたよりもずっと、女の子のことを知らないんだなって」

「あぅ……」

「今まで構えすぎて損しちゃったかも」

「ぐぅ……」

 拗ねたように言うテシリアに、なんとかぐうのだけは出せた俺だった。

「それじゃダンジョンに行きましょう、ノッシュ」

「はい、テシリア」


 こうして俺とテシリアはカブリオレに乗ってダンジョンに行くことになった。

 カブリオレに馬をつなごうとしているときに俺はハッと気がついた。


(もしかしたらあの時って告白のチャンスだったのでは!?)

 俺は全身の血の気が引くのを感じた。

(いやいや、あの流れで告白とか唐突だろう、まずはドライブで正解だ…………と思う…………)

 だが去り際にアリスがわざわざ言ってくれたのだ。

(やっぱりあの時だったのか……もう二度とチャンスは来ないのか……)


 などと、頭の中でごちゃごちゃ考えているうちにぶつぶつと独り言まで漏れ出てきた俺に、

「馬は繋いだの?」

 と、テシリアが近づいてきて声をかけた。

「は、はい、繋げました、」


(とりあえずはドライブに集中だ!)


 無事に馬をカブリオレに繋ぎ終えて、俺達はダンジョンへ向かって出発した。

 テシリアとのドライブは二度目、一度目はノールタウンに服を買いに行った時だ。

 切ない思いもした初ドライブだったが(あれをデートと言っていいのかまだ俺の中では結論が出ていない)いい思い出になったことは間違いない。


 横に座るテシリアのことが気になる。

(きっと今の俺は嬉しくてニヤけているに違いない)

 そんな顔で横に座っているテシリアを見てはいけない。

 などと思っているそばから、俺はチラッとテシリアを見てしまった。


 テシリアは微笑んでこそいなかったものの、柔らかい視線を返してくれた。

(よかった!睨まれなかった!!)

 もうそれだけで俺は舞い上がってしまった。


 間もなくダンジョンと言う頃になって、後ろから馬が迫ってくるのが聞こえた。

 振り返ってみようとしたときには既にその馬は俺たちの横につけて、男が威勢よく声をかけてきた。

「よう、ノッシュじゃねえか!」


 ボーロ=グッシーノだった。


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