第14話 生徒会長と副会長のジンクス

(ちょっとした講堂くらいありそうだな……)


 理事長室は思っていた以上に広く、床には待合室と同じ赤い絨毯が敷かれている。

 一番奥に大きな机が置いてあるだけで、他には家具のたぐいはなかった。

 奥の机まではざっと見て二十メートル位はありそうだ。

 そして、そこには一人の男が座っていた。


「アルハ=リア生徒会長、ノルタ=ノシオ副会長、奥にお進みください」

 扉を入ってすぐの所に立っていた女性が落ち着いた声で言った。 

 前生徒会長コハナと副会長ロンタは既に先に進んでおり、窓際に並んで立っていた。


 ひと呼吸おいてリアと俺が並んで歩き出すと、

「お二人以外はこちらでお待ち下さい」

 と、先程の女性の声が聞こえた。

 立ち止まってうしろを見ると、アリスとオオベが前生徒会長たちがいる方へと誘導されていた。

 アリスは明らかに不満げな顔であったが、特に何も言わずに誘導に従い、オオベもそれにならった。


「アルハさん、ノルタくん」

 前生徒会長の声に促されて、リアと俺は正面に向き直って奥へと進み、机まであと数歩のところで立ち止まった。


「よく来てくれたね」

 俺たちが立ち止まるのとほぼ同時に、机の向こう側の男が立ち上がって笑顔で言った。

「私が当学園の理事長のデルク=アルオだ」

 理事長は強くはっきりとした話し方をする男で、やや高圧的な感じはするが、思っていたほど怪しさは感じない。

「アルハ=リアです」

「ノルタ=ノシオです」

 リアと俺がそれぞれ自己紹介した。


「音楽祭は私も観させてもらったよ。本当に素晴らしかった」

「「ありがとうございます」」

「それでだね……」

 そう言いながら理事長デルクは俺たちを手招きした。

 俺とリアはお互いに目を見合わせて小さくうなずくと、ゆっくりと机に近づいていった。

「前生徒会長からも聞いていると思うが、君たちに賞を贈りたいのだよ」

 デルクはそう言いながら机を回って俺たちの前に立った。

 彼はメダルのようなものを手にしている。


「君たちをゴールデンカップルに認定しようと思う」

「「ゴールデンカップル!?」」

 俺とリアはデルクの予想外の言葉に声を合わせて驚いた。

(ゴールデンカップルって……なんだか大袈裟で垢抜けないネーミングだな)

 などと思っていると、理事長デルクは俺とリアの首にメダルをかけようと構えた。


 すると、

「あらぁ、素敵なメダルねぇーー」

 いつの間に来たのか、アリスがリアの肩越しにデルクが手にしているメダルをしげしげと見ながら言った。

「そうですね、まあリアさんとノルタくんの活躍を考えれば当然とは思いますが」

 これまたいつの間に来ていたのか俺の横からオオベが覗き込んでいた。


「なんだね、君達は」

 デルクは、ふたりを嫌悪もあらわな表情で見ながら言った。

「生徒会書記のチタニ=アリスですわ」

「同じく会計のオオベ=ロンタです」

「君たちなど呼んだ覚えはないぞ」

 しれっと答えるアリスとオオベを、物凄い表情で睨みつけながらデルクが言った。


「あら、私たちも今回の音楽祭に尽力したんですもの」

「ですので、お褒めのお言葉の一つでもいただけるのではと思いまして」

「そんなものは無い、とっとと出ていけ!」

 アリスとオオベの言葉になか激昂げきこうしたようにデルクが言った。


 するとアリスはデルクに寄り添うようにして彼の腕を取ると、

「もう酷いことを言うのね、デルクさまったら」

 としなを作って言った。

(デルクさま?)

 そんな、とても十六歳の女子高生とは思えない妖艶なアリスに、


「あ……いや、まあ、とりあえずは離れていてくれないか?」

 と、にわかに態度を軟化させてデルクが言った。

「もう、仕方ないわね」

 アリスは頬を膨らませてそう言うと、オオベに目配せをして窓際へと下がっていった。


 そんなデルクの様子を見ると、アリスが言っていた『変態理事長』というのもあながち冗談ではないように思えてきた。

(やっぱり理事長は……)

 変態とはいかないまでも、かなりのスケベなのでは……と、アリスのお姉様的魅力に溶けそうになった自分のことを棚に上げて俺は思った。

(とにかく、リアに変なことをされないように俺が守らなくては!)

 俺は改めて気合を入れなおした。


「あー……では改めて」

 デルクは軽く咳払いをして仕切り直すように言って、

「この、メダルを受け取ってくれ給え」

 リアと俺の首にメダルをかけた。

「「おめでとうーー!」」

 窓際にいたコハナとロウタが拍手とともに祝福の言葉を口にした。

「これで、あなた達も晴れてゴールデンカップルね」

 コハナがそう言いながら歩み寄ってきた。


「あなた達?」

 リアが聞き返した。

「そうよ」

「ということは……」

「ええ、私とロウタもゴールデンカップルなの」

 そう言いながらコハナは、今まで制服の上着の下で見えなかったメダルを出して俺達に見せてくれた。


「「……!」」

 リアと俺は、コハナが出したメダルと、今自分たちがもらったメダルを見比べた。

「ね?」

 コハナは嬉しそうに言った。ロウタもいつものようにコハナのすぐ後ろでニコニコしている。


「あなた達も生徒会長と副会長のジンクスは聞いたことがあるんじゃないかしら?」

「ジンクス?」

 反射的に俺は答えたが、リアは黙ったままだ。

(あ……!)


『生徒会長と副会長に選ばれると、その二人は将来……結ばれるんだって』


(そういえばリアから聞いたっけ……)

 ここのところ色々あって失念していた。

「それは、あの……」

 やっとのことで、と言った感じでリアがコハナに聞いた。

「ええ、生徒会長と副会長は将来結ばれるっていうジンクスよ」

 コハナが朗らかに答えた。

「でもそれはただのジンクスですよね?」

 俺がコハナに聞くと、

「いいえ、違うの」

「え?」

「それはジンクスでなくて、ゴールデンカップルになってメダルをもらうと結ばれるということなの」

(なんだ、それは……)

 メダルにそんな効力があるってことなのか?


「そうなのだよ」

 俺たちのやり取りを聞いていたデルクが言った。

「今日は二重の意味でめでたい日なのだ」

 デルクの言葉にコハナとロウタは嬉しそうに微笑んでいる。

「二重に、ですか……?」

 次に何が来るのか予想はついたが、えて俺は聞いた。


 そんな俺の問いにデルクが、高らかに宣言するように答えた。

「そう、今日は君たちふたりにゴールデンカップル賞を贈る日であると同時に、ふたりの幸福な未来が確定した日なのだよ!」


 デルクの言葉は、表面上は喜ばしい言葉が並んでいる。

 だが、どうしても俺は素直に喜べなかった。といよりも、猛烈に嫌な予感がした。


 同じようにリアも感じたのか、彼女は俺に寄り添ってきた。俺はリアの手をそっと握り彼女を見た。

 彼女も俺を見ながらそっと手を握り返してくれた。

「何があっても一緒です」

 俺はリアにだけ聞こえるようにささやき声で言った。


 俺の言葉に、リアは小さく微笑んでうなずいてくれた。



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