第5話 三角関係になってしまったかもしれない

 アリスが転入してきた日以降、俺はリアと話すことがほとんどできなくなってしまった。

 放課後に中庭に行くと、いつものベンチのそばにリアがいるのだが、俺の姿を見ると「プイッ」とそっぽを向いて立ち去ってしまうのだ。


(リア……)

 切ない思いでリアの後ろ姿を見送っていると、

「ノシオくーーん」

 と、アリスが大きな声で俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 恐らくその声はリアにも聞こえているのだろう、彼女は一瞬立ち止まってこちらを振り返ろうとするかのような素振りをするのだが、何故か思いとどまってそのまま寮の方へと立ち去ってしまうのだ。


 そしてアリスは、

「ノシオくん、中庭をお散歩しましょう?」

 と、俺の腕に自分の腕を絡めながら言うのだった。

「あの、チタニさん……」

「あら、随分と他人行儀なのね。アリスって呼んではくれないの?」

「あなたとはまだ出会ったばかりの他人です」

「もう、つれないのね、ノシオくんて」

 と、アリスは大げさに落胆した表情を作って言ったりするのだ。


 こんな調子で日々が過ぎていき、やがて生徒会長選挙の投票日がやってきた。

【生徒会長候補】

 アルハ=リア

 チタニ=アリス

【副会長候補】

 ノルタ=ノシオ


(副会長候補は俺だけか……)


 信任投票は、不信任票が半数以下なら当選ということらしい。

 リアは間違いなく当選だろう。そして俺もリアのおまけ的に当選しそうだ。

 といっても俺自身は特に副会長になりたいと思っているわけではない。

 実を言えば、そんな面倒そうな役目は引き受けたくないという想いのほうが強い。

 だが、前にリアが言っていたジンクスのことが俺の頭から離れない。


 ――生徒会長と副会長に選ばれると、その二人は将来結ばれるんだって――


(もし俺以外の男が副会長にでもなってしまったら……)

 今の状況ではその可能性はほとんど無いが、俺が副会長になればその可能性を完全に潰せるのだ。

 たかがジンクス、されどジンクスだ。

(受かってくれ……)

 結局はそう祈るしか俺にはできなかった。


 そんな俺の祈りが届いたのか、選挙の結果は、

 生徒会長 アルハ=リア

 副会長  ノルタ=ノシオ

 となった。


「残念、落ちちゃったわ」

 と言う割にはそれほど残念そうにも見えないアリス。

「でも、生徒会には他の役員も必要よね。だから私は書記になるわ」

 と、アリスは勝手に宣言して生徒会の一員になった。

「そんなに簡単になれるんですか?」

 俺が聞くと、

「ええ、理事長に直談判じかだんぱんしたらこころよく認めてくれたわ」


「そんなことが……」

 本当に快くなのかはなはだ怪しいところではある。

(けど、理事長と懇意な間柄だとしたらあるいは……)

 例えばアリスが理事長と親戚だというなら、あり得る話なのかもしれない。


「私もノシオくんと同じ生徒会の役員になれて嬉しいわ」

 アリスはいつものようにように席をくっつけてきて言った。

「あの、チタニさん……そんなに近づかなくても」

 今では彼女も教科書を持っているのだ。


「私たち、生徒会役員同士なんだもん、いいんじゃない?」

「それとこれとは違うと思いますが」

「これからも二人で仲良く色々やりましょうね」

「いえ、二人ではなく会長と三人で、です」

「あら、そうだったわね、うふふ」


 そんなやり取りがあった翌日の朝のことだ。

「はい、注目ちゅうもーく、ついこの間も言ったわね、これ」

 と、担任教師が言った。

「今日は皆さんに編入生を紹介しますね、例のごとく私もさっき聞いたばかりだけど……」


(編入生?)


「隣のクラスのアルハ=リアさんが今日からこのクラスに編入します」

 担任教師が言うと、扉が開いてリアが教室に入ってきた。


「「「「おおぉーー!」」」」 

 クラス内にどよめきがおこった。


(リア!)

 俺は全く聞いてなかったし予想すらしていなかったので素直に驚き、そして嬉しくて顔がほころぶのが自分でもわかった。


「アルハ=リアです。よろしくお願いします」

 明るくはっきりとした口調と、キリッとした表情と姿勢でリアは自己紹介をした。

「はい、それじゃアルハさんの席は……」

「あの先生、私が席を決めてもいいですか?」

 リアが言った。

「また、そのパターンね……まあ、他の生徒と話がつけばいいわよ」


 担任教師が言うと、リアは真っ直ぐに最後列の俺の席に向かって歩いてきた。

 そして俺の隣の、アリスの反対側の席の男子に、

「この席、私が使わせてもらってもいいかしら?」

 と、輝く笑顔で言った。

「もちろんです、アルハ生徒会長!」


(そういえばこの男子、チタニさんにも席を譲ってたな)

 リアの笑顔に目がハートになった男子生徒は、教科書等の教材一式を抱えて、いそいそと空いている席に移動した。


「そうくるとはね……」

 俺が席につくリアを見ていると、反対側からアリスがつぶやくのが聞こえた。

 振り返ってみると、アリスはいつになく真剣な表情で、頬杖ほおづえをつきながら俺越おれごしにリアを見ている。


 アリスの呟きはリアにも聞こえたようだ。

「断っておくけど、私が何かをしてこうなったわけではないわよ」

 と、リアが言うと、

「もちろん、分かってるわ」

 アリスが落ち着いた表情で答えた。


(緊張感がハンパない……)

 二人の間に挟まれて縮こまってしまいそうになりながら、俺はリアを見た。

 彼女は席に座って、バッグの中のものを机の中に丁寧に入れている。

 そして一通り終わると、チラッと俺を見た。

 俺は、また睨まれてしまうのではないかと身構えてしまった。


 だが、今度は違った。

 小さくではあったが、リアは俺の目をしっかりと見て微笑んでくれた。


(リア……!)


 俺は立ち上がって両手の拳を振り上げたくなるのを必死でこらえ、机の下で握りしめた。


 午前の授業が終わると、

「さあ、行きましょう、ノシオ」

 と、日々の決まったルーティーンのごとくリアが言った。

「はい」

 俺もなんの疑問も持たずに答えた。

 すると、

「もう、いつもは私と一緒なのに、ノシオくんたら浮気者ね」

 と言いながらアリスが俺の腕を掴んできた。


(う、浮気者って……)

 なんてことを言うんだこの人はと思いながらリアを見ると、一瞬、氷の表情でアリスを見ていた。

「あ、あの……リア」

 俺がしどろもどろになっていると、

「まあ、いいわ。三人で行きましょう」

 と、表情を和らげてリアが言った。

 それを聞いたアリスは、

「そうね、そうしましょう」

 と、あっさりと答えた。


 こうして俺は、美少女二人に両脇を固められて学食へと向かった。

(でも、これって……)

 一見両手に花のように見えなくもないかもしれない。

 だが、見ようによっては、何かいかがわしい行いをした陰キャブサメン男が、職員室に連行されていくように見えなくもないのではなかろうか?


 まず、俺達三人には全く会話というものが無かった。

 そして、俺はもちろんのこと、俺を連行しているリアとアリスの顔にも全く笑顔がない。

 それに何と言っても、リアは生徒会長だ。


 実際、俺達三人を見る他の生徒の視線が痛い。

 男子は例のごとく殺意がありそうな視線を送ってくるし、女子の中には口を手で覆って、おののくような視線を送ってくる子もいるくらいだ。


「あの、リア、チタニさん……」

 俺はそのへんの状況を理解してもらおうと二人に話しかけた。

「なに?」

 リアが短く言った。

「えっと……こんなにくっついて歩く必要はないと思うんですけど」

「チタニさんがくっついてるからよ」

 リアの答えは素っ気なかった。


「チタニさん……」 

 俺はアリスを見て言った。

「……」

 無言のアリス。

「チタニさん……?」

「……アリスって呼んでくれないの?」

(うう……)

 内心でうなりながら、俺は反対側のリアを見た。


 リアは澄ました表情をして、何も言わない。

(ああ、どうしよう)

 進退窮しんたいきわまってしまった俺は、リアとアリスを交互に見た。

 すると、リアが小さくため息をついて、ほんの少しだけうなずいてくれた。


 俺は心底救われた気持ちになって、改めて言った。

「アリスさん……」

「アリス」

「はい、アリス……くっついて歩かないほうがいいと思うのですが……」

「わかったわ」

 そう言いながらアリスはリアを見た。

 リアを見ると、彼女は小さく頷いて俺の腕から手を離した。それを見てアリスも俺から手を離した。


(よかったぁ)


 俺はホッと胸をろして、リアとアリスと横一列に並んで廊下を学食に向かって進んだ。


 ホッとしたのは嘘ではない。

 誓って嘘ではない。

 だが、ほんの少しだけ、


勿体もったいなかったかも……)


 などと、心の隅で思ってしまったことは絶対の秘密である。

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