第7話 奇縁

魚を食べた後。


「あのう…申し訳ないんですが、下山する道を教えていただけませんでしょうか」

「えっ…?ここまでどうやって来たんだ?」

「その…ほぼフラフラな状態だったので、ここがどこかすら…」

「ウッソだろあんた…」


あまりのことにドン引きする。

だって、この村から最寄りの駅まで相当な時間歩くのだ。

その距離をフラフラと?途中で気づかないか普通??


俺のその感情が顔に出ていたのだろう、女性は恥ずかしそうに縮こまる。


「この山は道なんて道はねぇし…申し訳ねぇけど、あんたが1人で降りられるとは思えない」

「そ、そこをなんとか…」

「…仕方ねぇ。一緒に下山しよう。今からなら、日が暮れる前には降りれるはずだ」

「重ね重ね、すいません…」


そうと決まれば、焚き木の処理や荷物の整理を行わなくちゃならない。

女性の持ち物は一応干しておいたが、財布とよく分からん機械しか無かった。


「あんたの持ち物はそこに干してある。財布の方はある程度乾いたと思うが、機械の方は川に浸かってるし壊れてんじゃねぇか」

「えっ…?濡れたくらいで壊れるかな…?」

「…普通、ああいう精密機械みたいなのって水分厳禁だろ」

「やだなー、今時防水じゃないデバイスなんてそれこそ超精密機器ぐらいですよ」


その女性の返答に、時間の流れと技術の進歩を感じる。

そうか…100年も経ってれば、防水技術もそりゃ上がってるか。


「あ、申し遅れました。私、最上駒もがみ こまと申します。この度は本当にありがとうございました」


そう自己紹介する女性…駒さんのつむじを見ながら、なんというか、俺は因縁のようなものを感じざるを得なかった。


駒姫。

戦国時代の大名、最上義光もがみ よしあきの娘の1人だ。

豊臣秀吉とよとみ ひでよしが諸大名を纏めていた時代の姫様であり、中々に過酷な生涯を送られた方である。

というのも、彼女は父や母に愛され、その美貌は東国一と噂になるほどだった。

しかし、その噂を聞きつけた豊臣秀吉の甥、豊臣秀次とよとみひでつぐに側室になるよう再三迫られ、その要求に折れた父の義光が15歳になったら山形から京へ嫁がせる約束をしてしまった。


そして15歳になり、京に到着して長旅の疲れを癒していたところ、後継争いの関係で秀次が秀吉の命令によって切腹。

駒姫も連座で処刑されたのだが、まだ実質的な側室になる前だったという。

その遺体はぞんざいに扱われ、その挙句に「秀次悪逆塚」という碑を立てられ貶され続けた。


…これでもかと豊臣一族によって翻弄されてしまった姫様なのだ。

更に因縁を感じるのが、俺の先祖、羽黒流の忍者たちが仕えたのが、その最上家である。


「それに、助かる道が無いわけではないんです。援助してくれるっていう企業の方が居て、そこに私が嫁げば…」


…なんというか、最早これは怨念なのではないだろうか。この駒さんが最上家の子孫かどうかは知らないが、もうそんなんどうでも良くなるレベルで怨念を感じる。


「ちなみに、あんたはどうしたいんだ?」

「その企業の方が同級生のお父様なんですけど、お父様は別にいいんです。ただ、同級生の方は、ちょっと…昔から顔を合わせるとイヤミばっかりで」


…100年経っても、男のそういうところは変わらないのだろうか。

というか、ますますこの人が駒姫に見えてくる。狙ってるのだろうか。狙ってると言って欲しい。

俺の中でその同級生君がどっかのバカ殿ひでつぐに見えてきた。


「私、お父さんの会社を建て直します。そうすれば、したくない結婚をすることもありませんし」

「そうか…まぁ、頑張ってくr」


そう言いかけた時、足元の草の葉に薄く肌を切られる。

…『おめぇこのまま姫様をほっといたら承知しねぇぞ』、という事なのだろうか。


「あ〜…その、どうやって建て直すつもりなんだ?」

「ひとまずは、うちに所属してくれる探索者の方を探さないと…みんな別の事務所や企業に移ってしまったので…」

「…アテはあるのか?」

「求人を出してみて…ですかね。イザとなれば、私が資格を取って探索します!」


むん!と可愛らしく気合いを入れているところ申し訳ないが、その細い腕でモンスターを倒せるビジョンがまったく浮かんでこない。

…事ここに至っては、観念するしかないだろう。というか、観念しないと師匠ジジイを筆頭にご先祖様が俺の夢に出てきそうな気がする。


「…俺も一応探索者だ。何かの縁だし、会社の建て直しを手伝わせてくれ」

「え!ほんとですか!?ほんとに!?ありがとうございます!」


俺の申し出に驚いた駒さんは、驚いた表情をしたのちに嬉しそうに破顔した。

よほど思い詰めていたのだろう、喜びで自覚はないだろうがぴょんぴょん跳ねている。その見た目からは想像できない仕草だ。

かわいいなこんちくしょう。


「…あ、あの、お名前は?」

「あぁ、申し遅れた。羽黒修平だ。よろしくな、姫さん」

「…え?姫様?」


やっべ。


———————————————————————


駒さんと共に下山した俺は、そのまま村から離れ、駒さんの会社の事務所に向かうことになった。

事務所は東京の方に構えているので、日が暮れてから到着することになる。

探索者用の社宅があるそうで、今夜はそこに泊めてくれるらしい。


「それでですが、事務所に着くまでにこれからの話をしませんか?」

「これからの話?って言うと、仕事内容の事とかか?」

「それもなんですけど…会社が今どんな状況にあるか…とか…」

「あぁ、確かにそれ聞いてなかった。借金とかあるんだっけ?」


そこから始まった話は、もう、なんとも言えない内容だった。

駒さんの会社、「最上探索工業」は現在、倒産への一途を辿っていた。始まりは探索中に起こった事故。

本来なら難しくなかったはずの依頼だったのだが、「ユニーク個体」と呼ばれる突然変異の個体に遭遇してしまい、人命こそ失われなかったが大きな損失を出して撤退。

その損失を取り戻そうとして、借金して装備を整え再度依頼を受けるも、今度は他事務所との競合になり失敗。

その後は、坂を転げ落ちるように評判も落ちていき、借金は雪だるま式に膨れ上がった。


駒さんのお父さんは、その借金をどうにかしようとして働いている最中に、働きすぎが祟って過労死に近い亡くなり方をされたそうだ。

その後はお母さんが会社の運営を行うものの、伴侶を失い、子育てをしながらの会社運営は難しく、探索者たちが次々と離脱、転社。

その結果、お母さんも倒れてしまう。


「なんつーか…最初は不運だったんだろうけど…」

「多分、焦ってたんだと思います。ここ最近は大型事務所がどんどん出てきてて、うちはもともと押され気味でしたから」

「そんで、今は駒さんが会社の運営を」

「はい、社長は母ですけどね。今の運営は私が行なっています」


話を聞いて、改めて考える。

そもそも、雪だるま式に膨れ上がった借金は現在1億にも近い金額になっている。そのため、俺一人でどうにかできる金額ではないようにも思えるのだが…


「こっから、どうやって建て直す気なんだ?そんだけの借金、俺一人がいたところでどうにもできないだろ」

「それはズバリですね…羽黒さんに、探索配信者、所謂ダンチューバーになって頂きたいんです!」

「…ダン、チュー…バー…??」

「はい、ダンチューバーです!子供達が憧れ、みんなが羨む職業の一つ!」

「…それってどういう…?」


俺の疑問に対し、駒さんは膝を浮かせて、鼻息を荒くしながら答え始める。

その勢いに、思わず気押される。


「ダンチューバーは、自分の探索活動を配信する活動者のことです!」

「それ、探索者なら誰でもできるんじゃ…」

「今の時代、やろうと思えば誰でも活動者になれますよね?動画配信とか、歌、ダンス、イラスト…ありとあらゆるものを発信できます」

「そりゃ、まぁ…」

「じゃあその中で、人気のある人、「プロ」と呼ばれる人はどれくらいですか?」

「どれくらいって言われても…どれくらいなんだ…?」

「私の見立てですが。広く認知され、人気のある活動者だと言えるのは、おおよそ300人に1人だと私は思っています。しかもこれは、その不安定な活動者の道を選んだ人の中での話です」

「…要は、とても狭き門だと」

「はい。そして、それは探索者にも同じことが言えます」

「なるほど。その狭き門を潜り抜けて、ようやく探索配信者として名乗れるようになると」

「はい!」

「…でもそれ、その狭き門を潜り抜ける前提の話ですよね…?」


俺の一言に、駒さんの動きが止まる。

力が抜けたように座り込んで、がっくりと肩を落とす。


「…でも、人気を得るにはそれが一番効率的なんですよ…それができたらこうなってないんですけどね…はは…」

「というか…探索者に人気なんて必要なのか?」

「必要です!」


駒さんが再度立ち上がりかけるので、どうどう、と落ち着かせる。


「うぅ…すいません。探索者のことになるとつい…」

「あぁ、いや、大丈夫。それで、なんで人気が必要なんだ?」

「人気があると言うことは、認知度があると言うことです。そうすると、企業がスポンサーや協力関係についてくれたり、国からの依頼が受けやすくなります。そういった依頼などは、高報酬なことが多いんです」

「なるほど…」

「それに、人気と実力を加味したランキング、というのも、非公式ではありますがネット上に存在します。そのランキングで上位にいればいるほど、今勢いのある探索者として扱われるんです」

「あぁ…それで人気を勝ち取るために配信者…」

「はい…どうでしょうか?」


駒さんの提案を受けて、考えてみる。


「なぁ駒さん、俺って戦闘中布当てで顔隠すことが多いんだけど」

「うーん…まぁ、まだ」

「それに、そこまで派手な戦闘方法じゃない」

「うぅぅ…いや、でも派手だけが全てじゃありません」

「そして最後に、俺、異能持ってねぇ」

「えぇぇぇぇぇっっ!?!?」


俺の最後のカミングアウトに、驚いて駒さんがこっちに迫ってくる。


「は、羽黒さん!?もう一回お願いしても!?」

「だから、俺は異能を持ってない」

「…羽黒さん。どうやって探索者になったんですか…?」

「普通に試験を受けてだけど…」

「探索者続けて怖くないんですか…?」

「いやまぁ、別に。怖いって言うか、恐ろしいって気持ちはあるけど。雄大な自然とかと一緒だな」

「…配信、やめましょう。異能を持ってない人間のダンジョン配信は、ご法度なんです…」

「ご法度?」

「私が子供の頃…もう15年ぐらい前だったと思いますけど。異能を持ってない2人組が、能無しでもダンジョン探索ができる!て言って配信を始めたんです」

「それで?」

「結果は1人がダンジョンでモンスターに殺され、もう1人は片腕を失った状態でダンジョンから逃げて、最終的には心神喪失状態に。当時はとんでもない騒ぎになってて…羽黒さん、ニュースとか見てないんですか?」

「あ〜…その時俺は、海外の僻地にいたから」

「…それ以降、異能を持ってない人のダンジョン配信は、暗黙の了解で禁止されてます。自殺を全世界に公開するようなものだから…って。もしそれをやれば、うちの会社は社会的信用が底値どころかマイナス値にまで行くと思います…」


なるほど。

死ぬ可能性の高い人間をわざわざ探索に行かせて配信する企業は、確かに社会的信用は得られないだろうなぁ…


「じゃあ、逆説的にだけど。俺がきっちり探索活動をした上で、能無しだとバレるのは?」

「…活動実績とか、そう言うのがあれば多分、多少は。それでも歓迎されるかは五分五分、もしかしたらされない方の可能性が高いかもですけど」

「んじゃ、そっちの路線で行こう。どっちにしろ、ハナっから配信するのは俺のスタイル上難しい。まずは実績を積む方向性で」

「…ですね。なんか、びっくりしたせいかまだ心臓がバクバクしてます…」


胸を抑えている駒さんの様子を見てケラケラ笑っていると、アナウンスが目的地に到着したことを教えてくれる。


「そんじゃま、行きますか。お家復興の為にも、これからよろしくお願いしますよ、駒さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします、羽黒さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る