第6話 帰郷

 時間にしておよそ5時間。

 飛行便に揺られて、俺は故郷の地を踏みしめる。

 空港のアナウンスが日本語であることに妙な感動すら覚えてしまうのは、やはり根が日本人だからなのだろうか。


「さてと…ご先祖様たちにご挨拶に向かいますかね…」


 俺の地元までは、空港からおおよそ4時間ほど。

 現在が午前8時頃なので、今から向かえば昼頃に着く予定だ。

 地元は東北の山間部で、そもそも交通の便が悪い。しかも、調べたところダンジョンも発生していないため、100年の間に新しく交通網が整備されてもいないのだ。

 国を跨ぐのと県を跨ぐのに同じような時間がかかる田舎特有のめんどくささは、100年たった今でも変わっていないということだろう。


 空港から出て、電車、バスを乗り継いで地元へと向かう。

 100年も経っていると、廃線になったりそもそも運行しなくなった場所もあるせいで、前の感覚とはまた違う帰郷になる。


「そういや地元のことしか調べてなかったけど、今の日本ってどういう環境なんだろ。帰りの時間暇だし、調べてみるか」


 すると、面白いことがわかる。

 100年前、世界中でダンジョンに対し最も適応力を見せたのがアメリカ。そして、最も対応がちぐはぐだったのが日本らしい。

 というのも、民間などはそういった異常なものへの適応は比較的早かった方なのだが、上がそうもいかなかったらしい。

 自衛隊の出動一つにも手間取り、死人が出るなどの被害を恐れた姿勢が政権批判に繋がり、国内がごちゃごちゃになったと。


「うわー…想像できるー…こういう時の政府って、フィクションものだと大体有能なんだけどな…」


 ただ、その後のスタンピードなどへの災害は比較的軽度だったようだ。

 災害大国である日本は、避難などへの対応や民間人の意識のレベルは非常に高い。それもあり、なんだかんだ適応していったらしい。

 ここからが一番面白いのだが、ダンジョン災害で死が身近になったせいか、どうも本能が刺激されたようで。

 つまるところ、第三次ベビーブームの到来である。

 それにより、緩やかに人口減少していた日本の人口グラフは、見事な右肩上がりを達成した。

 ダンジョン需要による好景気もそれに拍車をかけたのだろう。今の日本は、好景気と人口増により成長の過程にあった。


「俺の時は少子高齢化、不景気に年金問題でどっか暗かったのになぁ…時代は変わるもんだね」


 そうこうしているうちに、地元の最寄駅までたどり着く。

 といっても、ここから1時間ほど歩いた山奥が俺が住んでいた村だ。

 100年前は過疎化が進み、老人ばかりで俺以外の子供なんていなかった。

 学校に行くにも片道数時間かけて通っていたために、友達もなかなかできなかった。


 過去のことを思い出しながら、村への道を歩いていく。

 100年経って風景は変わっているが、自然はところどころ昔の名残を見せてくれる。


 そうしてたどり着いた故郷は、まぁ荒れ果てていた。

 もともと過疎化が進んでいた村だったし、ダンジョンによる需要も生まれなかったことから、新たに人が来ることもなかったのだろう。


 過ごした思い出を思い出しながら廃屋の間を通り抜け、村の奥の方にある山へ入る。

 茂みが繁茂しており、草木をかき分けながら進んだ先に尋ねてきたものがあった。


「羽黒家代々之墓」、そう書かれた墓石は、100年たった今でも残っていた。

 人の手が入らず、手入れもしていないために荒れ放題ではあるが。

 小一時間ほどかけて周囲の手入れと掃除を行い、墓石とその周りだけは100年前のような状態に戻していく。


 子供の頃、ここの掃除は俺の日課だった。

 師匠ジジイに「この墓には先祖が眠っているから、敬意を持って掃除しろ」と言われていた時は、毎日ブーたれながら掃除をしていた。

 その時のことを体が覚えていたのだろう、掃除は手際良く終わった。


「師匠、ご先祖様。長いこと、挨拶に来れずにすいませんでした。色々あってよ…にしても、俺が長いこと寝てた間に、世の中は随分と変わっちまった」

「この奇天烈な世の中で、羽黒流がどこまで通用するか試してみたいと俺は思ってる。静かに見ててくれや」


 墓の前で、ご先祖様に手を合わせて祈る。

 挨拶を終えて、その場を後にする。


 が、何かが目に止まる。

 それは人影だ。

 こんな山奥に人?

 そう思い探ってみると、それは若い女性だ。肌は白く、怜悧な顔立ちだ。可愛い、というより綺麗、という言葉の方が似合う容姿で、俺個人としてはぜひメガネをかけて頂きたい。

 だが、どこか思い詰めた表情をしており、雰囲気がどんよりと暗い。


「——めよ、でも———以上は、もう————」


 ぶつぶつと何かを呟いているが、内容までは聞き取れない。

 だが、その女性が立っている場所は川縁で危険な場所だ。俺がいた頃は、年に何回か人が落ちる事故が起きていた。


「おい!あんた、そこ危ないぞ!離れろ!」

「へっ!?あ、わわ、きゃあっ!?」


 思わず声をかけると、女性はなにか慌てたように、バタバタと手振りしながら川に落ちた。


「は!?いや、おい!!」


 川縁に話しかけ、川を覗き込む。女性は川に流され始めている。


「おい!大丈夫か!?泳げるか!?」

「わ、わたし、カナヅチなんです〜!」

「くっそ、」


 荷物を下ろし、上裸になった状態で川へと飛び込む。

 一気に流れに乗って女性の元へ辿り着き、自分の元へ手繰り寄せる。


「あんた、俺につかまってられるか?」

「そ、それぐらいならなんとか…」


 体を支え、川縁に手をかける。

 女性を押し上げ、自分も川から上がる。

 必死だったのだろう、女性は川から上がった後、気が抜けたように気絶していた。


「…はぁ。ご先祖様の山で、死人を出すわけにもいかねぇか」


 ———————————————————————

 Side—???


 パチパチ、という音で目が醒める。

 起き上がって横を見れば、焚き火のそばにある串焼きの魚の油が、パチパチと音を立てている。

 自分の記憶を辿ってみるが、疲れ果てて山奥まで来て、それで声をかけられて——


「はっ!そういえばあの人は!?」

「ようやく気づいたか。川縁は危ねぇんだから、あんま近づくなよ」


 自分の様子を見れば、この人が助けてくれた後にここまで運んで介抱してくれていたんだろう。


「あ、あの!この度は、本当になんとお礼を言ったらいいか…!」

「あー、いや、いいよ。あんたが落ちたのに、俺の責任が0かって言われればそうでもないから」


 その言葉に頭を上げ、改めて相手の男性を見る。

 ある程度がっしりとした体格と、柔和な顔立ち。どことなく、ゴールデン・レトリバーを思わせるような感じで、例えるならクラスの中で密かに人気のあるタイプ。

 その体格やルックスを活かせば、きっと売り出していける。流石に美男美女が揃うアイドルなんかは難しいかもしれないけど、探索者として実力とこのレベルのルックスがどちらも備われば、人気のある探索者として活動できる。

 それに、声も悪くない。ダンジョン配信を行う場合、声も重要だ。視聴者と会話する際の声は、どれほどの人気が出るかに直結するといっても過言ではない。

 この人は、人気を勝ち取れる要素をいくつも備えている。この人をもしプロデュースするなら、まずは実力を育てて———


「おい!おーい!大丈夫か?」

「へ?あ、え、えぇ!あの、ごめんなさい」

「いや別にいいけど…あんた、なんでこんな山奥まで来たんだよ?」


 男性の一言で、はっとする。

 そうだ、私がこんな山奥まで来た理由は…


「私は…疲れてしまって。家族とか、会社とか…」

「そう。そんでこんな山奥まで…死ぬ気だったのかよ?」

「そう…だったかもしれません。川に飛び込もうかと思って、でも落ちたらやっぱり死にたくないって…」


 その後は、堰を切ったように口から言葉が溢れていった。


「私、父が会社を営んでいたんですけど。先日、その父が他界したんです。会社の経営がうまくいってなかったみたいで、借金までしてて…」

「借金のことは、お葬式のために地元に帰ってから聞いて。それで、私もなんとかしなくちゃって思って、働いてたんですけど。お母さんも倒れてしまって…所属してた探索者の皆さんも他の会社や事務所に行っちゃって、残ったのは借金と倒れた母とまだ子供の弟と妹で」

「ここ数ヶ月はどうしよう、どうしよう、ってそればっかり考えてて。でも、この前最後まで残ってくれていた古い馴染みだった取引先からもう取引を辞めたいって言われて、そこからはもうプチンって糸が切れちゃって」


 話しながら、涙が止まらなくなる。

 自分は、弟と妹と母を残して、自分だけ楽になろうとしていた。その後に残された家族がどうなるかも考えもせずに。

 自己嫌悪が際限なく湧き出てくる。何かわからない重圧に、押しつぶされそうになる。


「…結局、どうしたいんだ?あんたは」

「私は…」


 父の会社を建て直したい。子供の頃から探索者のみんなと家族のように過ごしていて、お父さんは会社の中で大きな声で笑っていて。

 あの日常を取り戻したい。


「私は、取り戻したいです。自分の大切なもの、全部」

「気持ちいいくらいに強欲だな。でもま、そんくらいでいいんじゃないか」


 彼は、焚き火の近くから魚を取って、差し出してくる。


「まずは、腹ごしらえだ。食ってみ。ここの川魚は、ぎっしり身が詰まっててうまいよ」


 彼が差し出してくれた串を手に取って、魚にかぶりつく。

 パリッとした皮と、肉厚な身からでる旨みが、口の中に広がっている。焼きたてだから熱いけど、その熱さが自分が生きているという実感を与えてくれる。


「おいし…」

「だろ?この季節のご馳走だよ」


 彼は、まるで誇らしそうに笑った。


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