次の仕事場は、どうやらダンジョンのようです。

球磨隈 熊

1章 末裔

第1話 傭兵

 西暦2025年。

 中東のある国のある街。

 長らく紛争地域となっているそこでは、政府軍と反政府軍との間で戦闘が行われていた。

 反政府軍に雇われた用心棒として活動している俺、羽黒修平はぐろしゅうへいは、そこで四方を敵に囲まれていた。


『おいハグロ!この状況、ニンジャの技でどうにかできないのか!?』

『戦車や機関銃相手に真っ向からやれるもんなんて持ってねぇよ!!』

『なに!?なら、ここら一帯を飲み込める程のニンジツは無いのか!?』

『そもそもお前らは忍者を勘違いしてないか!?』

『サムライと並ぶ、ニポンの最強の戦士だろ!?第二次世界大戦では、アメリカ相手に無双したって聞いたぞ!』

『俺は火を吹いて、水を操るって聞いた!』

『大きな動物を召喚できるって話はなんだったんだ!?』


 ちくしょう、日本に対しての勘違いがここに極まってやがる。

 この部隊に所属し、既に早1年。部隊のメンバーを一人も欠けることなく、ここまで守り抜いてきた。

 酒に酔って、忍者の末裔だというのを話したことを後悔するのは今に始まったことではない。

 しかし、現状はどうにもならない。四方を敵に囲まれ、逃げ場もなく。

 司令部は既にこちらを見捨てただろう。どうしようもない。


『おいサラーム、これからどうする。投降するか?』

『そんなことして司令部に知られれば、故郷の家族がどうなるか…そもそも、投降しても安全とは言えないぞ』

『じゃ、ここで最後を迎えるしかないか』

『悪いなハグロ、お前はここで逃げてもいいのに』

『いいよ、死ぬのも契約のうち。俺のご先祖さまはそうやって信頼を勝ち取ってきたんだ』

『…流石、ニンジャだな』


 覚悟を固め、敵に対する体制を整えた時だった。

 突如尋常ではない規模の地響きが起こる。


『なんだ!?地震か!?』

『わからない!だがチャンスだ!どこか混乱の大きいところに突っ込もう!』


 しかし、移動を始めた数秒後、さらなる異変に気づく。

 更なる地響きが起こり、ふわっとした浮遊感に体が包まれる。足元を見ると、つい先ほどまであった地面が、消失している。


『おい、嘘だろ?』

『落ちる落ちる落ちる!!』

『うおおおおおおおっ!?!?』


 大混乱の最中、咄嗟に体を丸め頭を守る。落下の際に衝撃を和らげる。

 動けなくなることを避ける受身術だ。

 しかし、予想以上の高さだったようだ。衝撃に備え受け身を取ったものの、殺しきれない衝撃が体を襲う。

 徐々に意識を失う中で、既に身罷ったはずの祖父が怒り狂いながらこちらへ迫ってくる幻覚が見えてきた。嘘だろ。

 さっさと意識を失いたい、そう思いながらそのまま視界がブラックアウトする。


 ———————————————————————


 目が醒める。

 周囲を見渡せば、は自分と同じように倒れている仲間が見えるが全員無事なようだ。

 隊長であるサラームを見付け、体を揺らす。


『おい、起きろ。サラーム、起きろ』

『ハグロ…?ぐ…ここは一体…?』

『わからん。だが、俺たちを囲んでた敵はいなさそうだ。命拾いしたらしい』


 それから俺たちは仲間たちを起こし、現状確認をした。

 幸い動けなくなるような重傷を負った隊員は居らず、装備も無事だった。


 周囲には、洞窟のような場所が広がっていた。周囲は薄暗く、灯りをつけるか目を凝らすしかしないと、あたりを見回すことは難しい。

 それぞれがライトを交代につけることにして、その場から動くことを提案する。


『ひとまず、上を目指そう。俺たちが命を落としてないなら、そこまで落下してないはずだ』

『だな。上には敵がいるかもいれない。慎重に進もう』


 方針を決めて、上を目指して少ししたその時だった。


『おい!ありゃなんだ!?』


 一人の兵士が目を向けた先には、異形のものたちがいた。

 肌は緑、耳は尖っており、目はギョロギョロと動きまわる。手には小振りの斧を持っている。が、明らかに人間ではないその姿は、日本では「ゴブリン」と呼ばれるそれに酷似していた。


『あれは…ゴブリン…か?』

『知っているのかハグロ!?』

『日本でそう呼ばれているものに酷似している。だが、空想上の生き物だったはずだ』

『じゃあなんだ、俺らはそのゴブリンとやらを目の前にしてるってことかよ…?』


 俺も含め、仲間たちは全員困惑した。

 まるで、誰かの妄想か何かが具現化しているようだった。

 わけのわからない事態に巻き込まれていることを察した俺たちは、警戒を強める。


 俺たちの話し声に反応したのだろう、ゴブリンはこちらに目を向ける。

 獣のような唸り声を上げると、そのまま突進してくる。

 咄嗟に銃を構え、発射しようとするが———


『な、なんだ!?ジャムか!?』

『Shit!俺もだ!』

『嘘だろ!?俺もだクソッタレ!』


 前にいた3人の銃が火を噴くことはなく、沈黙を続けている。

 現代の武器で玉詰まり、ジャムが起こることは滅多にない。数千発に一回起こるか怒らないか、それが現代の銃火器の質だからだ。

 それが一気に起こることは考えにくい。とすると—————


『おい!?もしかすると、ここじゃ銃火器は使えないのかもしれない!』

『は!?何言ってんだハグロ!?』

『じゃなきゃ、一気にジャムが起こるなんてこと考えられないだろう!?あんな生き物が目の前に現れたんだ、何が起こってもおかしくない!』


 その言葉に一応は納得したのだろう、サラームたちは近接装備に切り替える。

 俺も、祖父から渡された伝来の脇差を懐から出す。

 銃を失っても戦えなくては羽黒の技を継ぐには相応しくないとこの時代ではあり得ないレベルで扱かれたせいで、俺は銃火器での戦闘よりも近接格闘の方が得意なのだ。


 脇差を抜いて、そのままゴブリンを前に構える。

 ゴブリンはこちらへ手斧を振ってくるが、その体捌きは雑、目の前の標的に一直線な獣のようだ。

 その程度ならば、あしらうことは容易い。その大ぶりを避け、生まれる隙に確実に刃を差し込む。

 この程度であれば、サラームたちでも対処は容易だろう。

 そして予想通り、サラームと俺たちは少しすればゴブリンを殲滅した。


『案外簡単なもんだな。銃が使えない時はどうなるかと思ったが』

『だな…しかし、一体何が起きてるんだ?地上はどうなってる?』

『わからん。ひとまず確かめてみるしかないだろう』


 サラームと共に、地上を目指す。銃火器が使えない状態ではあるが、ゴブリン程度ならば俺たちは問題ない。

 その時は、そう思っていた。

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