第5話 異常者

「待雪?」


 引き続きショッピングモールを周っていたら誰かに話しかけられた。誰だ?幼い顔にツインテールがよく似合っている、美人というより美少女といった雰囲気の女性だ。


「えーと、すみません。実は記憶喪失でして、貴女の事を憶えていないんです。どういった関係だったか教えてもらえませんか?」


 初対面だったので敬語で話す。ロベリアの場合は、あっちが敬語を使っていなかったからこっちも使わなかった。父親も然り。今回の場合は、相手が敬語を使わなかったとしても関係性が分からないため取り敢えず敬語だ。


「え?記憶喪失?大丈夫なの?」


「ええ。取り敢えずは大丈夫だと思います」


「なんか敬語で話されるとむず痒いから、タメ語で話してほしいな〜」


「貴女がそう言うのでしたらそうしますね。えーと、俺とはどういった関係?」


「関係性は秘密〜。私の名前は黒井ユリ。ちゃんと憶えてね♡」


 関係性は秘密って、記憶喪失の人間にそれはどうなんだ?まあ、いいか。


「なんて呼んだらいい?というか、なんて呼んでいたんだ?」


「ユリちゃんだよ〜」


 ……嘘じゃねえか。初めて嘘を見抜く能力が発動したぞ。


「なんか、ちゃん付けしたくないからユリって呼ぶわ」


「それでもいいよ〜。あ、連絡先交換しよ!」


「ああ、スマホ持ってなくてな。悪いね」


「え?持ってないの?そっか〜。残念。まあ、縁があったらいつでも会えるよね!」

「もう少し話したいけど今日はもう行くね」

「バイバ〜イ」


 去って行った。まじでどういう関係なんだ?てか、あれ?そもそも待雪がスマホを持っていない事を何で知らなかったんだ?そこまでの関係ではなかったという事か?


『ロベリア。ユリと待雪はどんな関係だったんだ?』


『知らないわ。私が何でもかんでも知ってるとは思わないでね』


 まあ、いずれ分かるか。


「え?」


『どうしたの?』


 思わず声をあげてしまった。何だこの店は?動物に値段を付けて売っているのか?どうしてそんな事が出来る?異世界転生漫画で獣人が売られていた時の主人公の気持ちをこんな所で味わうとは思わなかった。


『あれは、何だ?』


『あれ?ペットショップのことかしら?』


『そうだ。何であんな事が出来るんだ?もし自分が売り物にされたらどう思うか。そんな事も考えられないのか?この世界の人間は』


『ああ、別の世界から来れば、あれは異質に思えるのかもしれないわね。けど、どうなんでしょう。絶対に間違っているとは言えないし、あれが正しいとも言えないのよね。正直、私には判断出来ないわ。スマホで色々調べてみて、その上でイシュがどう思うかを聞かせてほしいわね』

『あ、スマホは持っていないんだったわね。学校にパソコンがある筈だからそこで調べるといいわ』


 調べてみて、か。まあ、待雪の殺人と同じで断片的な情報だけでは判断出来ないのかもしれないな。そう思うと、現代知識だけで物事の善悪を判断して行動していた異世界転生漫画の主人公である髭は、本当に正しかったのかも分からなくなってしまうな。主観的には正しいように見えたけれど、客観的にはどうだったんだろう。


『まずは情報を集めてからにするよ。あれに憤るのは』


『ええ。そうするといいわ』



…………………………



 家に着いた。なんか少しの時間出掛けただけなのに疲れたな。考える事がいっぱいあったからだろうか。


「優!」


 うわっ。玄関のドアを開けたら目の前に父親がいて話しかけられた。武器を隠し持っている様子はない。


「ごめんなぁ。ごめんなぁ。痛かったよなぁ。こんな父さんだけど許してくれないか?」


 なんだ?これは?嘘は言っていない。本気で悪いと思っているらしい。土下座の格好になって涙を流しながら懇願している。俺は靴を脱ぎ、父親を無視して通り過ぎようとした。すると、脚を掴んで懇願してきた。


ブチャ。


 思わず転かしてしまった。座ったままだとこうなるのか。父親は顔面を床に強打した。


「ま、待ってくれ!こ、これ!」


 そう言って何かを渡してきた。封筒?


してからバイトを辞めてしまっただろ?今は記憶喪失で混乱しているだろうし、その封筒に当分のお金を入れておいたから使ってくれ」


「俺が母親を殺したって言ったよな?内容を聞いてもいいか?」


「あ、ああ。優が小学生だった頃、父さんは単身赴任で全然会えてなかったんだ。けど、1年ぶりに会えるって時に、優が父さんを見つけて走り出してな。いや、直ぐに走り出した訳ではなかったか。車両用信号が黄色になった瞬間走り出したんだ。見切り発車ってやつだな。歩行者だけど。まあ、それで、黄色信号でもそのまま通り過ぎようとした車があって、優が轢かれそうになった時に母さんが庇って、それで亡くなったんだ」


「そう、だったのか。憶えていない俺が言うのもなんだけど、すみませんでした」


 別に俺がやった訳ではないが、聞いておいて謝らないのはどうかと思うので頭を下げて謝った。そして封筒を受け取り、部屋へと向かった。


『なんであそこで転かしたの?』


 ロベリアからあそこで思わず転かしてしまったことを指摘された。


『なんか、上手く言えないんだけど、気持ち悪いって思ったんだ。あんな事をしておきながら、人格が変わったように謝ってくるなんて』


『まあ、気持ちは分からなくはないわ。けど、そう思えたのなら、イシュはDV被害者になる事はなさそうね』


『DVって何だ?』


『家庭内暴力の事ね。詳しくは知らないけど、DV加害者ってああやって飴と鞭的な行為をして被害者を心理的に依存させるイメージがあるから、飴と鞭を使ってくるような人には気をつけたほうがいいわよ。父親のあの行為も分かっててやっていたのかもしれないわね』


 人によっては、あそこで父親を許し、暴力を振るわれても、本来は優しい性格なんだと信じてずっと付き合ってしまうのか。恐ろしいな。

 

 それより、母親が死んだ事の概要が明らかとなったが、待雪が殺したって言うよりかは事故って感じがしたんだよな。まあ、誰かしらに原因を付けるなら、待雪と黄色信号を進んで母親を轢いてしまった運転手、なんだろうけど。でも、黄色信号進む車なんて沢山あるだろうし、別にそこまで悪い事とは思えない。見切り発車も、やっている人沢山いるだろうしな。うーん。まあ、それでも、悪意の有無に関係なく、誰かしらを責めないとやってられないっていう父親の気持ちも分からなくはない。けど、バットで何度も殴るのは駄目だろ。有罪だわ。

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