第3話 復讐は何も生まない?
痛っ。っ。あれ?ここはどこだ?
『おはよう。目が覚めたようね』
『ああ。最悪の目覚めだ』
『そうでしょうね』
『あれからどうなったんだ?』
『気を失ったイシュを父親が待雪君の部屋に運んだのよ』
『あいつが運んだのか!?てっきりそのまま殺されると思ったんだが。てか、背骨は折れてないのか?めちゃくちゃ痛いんだけど』
俺が痛みに慣れていないというのもあると思うが、本当に死ぬかと思った。
異世界転生漫画を読んでて、何かトラブルがあっても対応できる自信が俺にはあったけど、現実は上手くいかないもんだな。
『背骨は折れていないと思うわ。折れないように調整するのが上手いのでしょうね。多分、今までもああやってバットで殴っていたのでしょう』
じゃあ、待雪はずっとこの痛みに耐えてきたのか?
『許せないな』
『行為自体は許せるものではないでしょうね。ただ、大事な人を奪われた事もない人に奪われた側の気持ちは一生分かることはないと思うわ』
『ロベリアは父親の方が正しいと思うのか?』
『そうは言っていないでしょう?けど、あの父親の気持ちを本当の意味で理解できるのは同じように大事な人を誰かに奪われた人だけっていう話』
『さっきも言ったけど、行為自体は正しいとは到底言えないけれど、正しさだけで生きていけるほど人間は強くないのよ』
『それに、何が正しいかなんて時代や環境によって変わるものよ』
『その上で、イシュが思うように行動すればいいと思うわ。まだ、断片的な情報しかないわけだしね』
確かに、ロベリアの言っていることは間違っていないんだろう。もし、俺が大事な人を奪われたとしたらどんな行動をとるかは分からない。誰だってそうだろう。復讐は何も生まないなんて人は言うが、それは復讐するほどの痛みを経験してないから言える言葉なのかもしれないしな。けど、それは復讐された側の人間が復讐を仕返す際にも言えることだ。俺は別に待雪ではない。誰も殺してなどいない。待雪の体を借りているだけだ。そんな俺が復讐されたとして、それを許せるほどの器量を持ち合わせてなどいない。というより、バットで何度も殴られた事を許せる奴なんているのか?
まあ、一旦落ち着こう。感情的になっている時ほど人は失敗する。それに、ロベリアが最後に言っていたようにまだ断片的な情報しか手に入っていない。待雪の殺しってのがどんなものか分かっていないし動機も不明だ。
『イシュは今の所、待雪君と父親のどちらの方が悪いと思う?悪いという言い方は変かしらね。どちらの方が許せないと思った?』
『待雪が母親を殺したと聞いた時は、待雪の事を許せないと感じた。多分、実際に俺自身がバットで殴られていなければ、待雪がバットで殴られたとしても罪を償うことなんて出来ないし、もっと罰を与えるべきだなんて事も考えてしまったような気がする。けど、実際に殴られる経験をした時に、待雪は、何度も何度もバットで殴られるような罪を犯したのだろうかと思ってしまった』
『人を殺す事と、バットで何度も殴る事、どっちの方が罪が重いと思う?』
そう聞かれると、やっぱり人を殺したのだから相応の罰を与えなきゃいけないって思ってしまうな。バットで殴られるくらいじゃ償えないと感じてしまう。けど、悪意をもって殺したのかそうでないのかでも変わってくるだろう。それに、母親が殺された方がいいような人間だったのかもしれない。
『行為自体は、人を殺した方が罪が重いと思うけど、そんな単純なものでもないだろ?』
『そうなのよね。だから、他人が善悪を判断するのってとても難しいし、視点が変わるだけで正しさも変わってきてしまう』
『イシュは、物事の本質も考えずに正義を振りかざすような人にはならないでね』
『ああ、気をつけるよ』
取り敢えず、父親に復讐するのは保留とする。だが、向こうがまた何かをしてくるようなら正当防衛だしそれなりに対処する。まあ、そう言って出来なかったんだけどな。けど、目を離さなければ問題はないだろう。
…………………………
部屋を見渡す。随分と質素な部屋だな。ベッドと机しかない。あれは勉強机というやつか?机の上には財布と目覚まし時計。机の横にはバッグが置いてある。机に引き出しがあったので開けようとしたが鍵が掛かっていた。クローゼットには服が仕舞ってあったがかなり少なかった。
今の時間は夜中の3時。部屋の物色も終え、父親も起きていないだろうから、少し家の中を周ることにした。部屋から出ると近くに下へ行く階段が見える。下りるか。なるべく音を立てないように一歩一歩階段を下りていった。そこでリビングに電気が点いている事に気付く。
『父親は起きているのか?』
『そうみたいね。どうするの?』
『取り敢えずトイレだけは行く。尿意が限界に近い』
思えば、転生してからまだトイレに行っていなかった。本当に限界である。限界で思い出したが、よく限界を超えろみたいな事を言う人がいるけど、限界はそれ以上越えれないから限界と呼ぶんじゃないのか?限界を越えれたら、そこは限界ではなかったということになる。いや、今はどうでもいいか。
『ふぅ。すっきりした』
『それを念話で言われても反応に困るわ』
『ああ、ごめんごめん』
『これ、流したら音でバレないか?』
『別に悪い事している訳ではないのだし、堂々としていればいいんじゃない?』
『まあ、そうだな』
水を流し、また階段へと向かう。けど、リビングが気になる。
『少し覗いてみようかな』
『悪趣味ね』
『この時間まで何をしているのか気になるだろ?』
『まあ、否定はしないわ』
『けど、どうやって覗くの?ドアを開けたらバレるわよ。なんなら、水が流れた音でバレてるかもしれないし』
『じゃあ、物音だけ聞いてみるか』
『少し階段を上った音を聞かせて、その後静かに戻ってくればいけるだろ』
『まあ、やってみれば』
よし。階段を上ってっと。と、ここで『ガチャ』っと音が聞こえる。俺はそのまま階段を上っていくことにした。すると、『上ったか』と声が聞こえた。危ねえ。かなりギリギリだった。けど、ここから戻るのが俺のスタイル。
よし、行くか。慎重に脚を動かす。
『戻るの?』
ロベリアが驚いた声で聞いてくる。
『ああ。なんか楽しくなってきたからな』
そう。楽しくなってきたのだ。よく分からないけれど。あれ?リビングのドアが少し開いている?なんでだ?罠か?罠なのか?いや、何の罠だよ。まあ、おそらく、先程ドアを開けた後に閉めようとしたけど閉まりきらなかったというところだろう。たまに閉まってなかったっていう事あるしな。
…………………………
もう寝ることにした。リビングで見たのは、父親が泣きながら写真立てに話しかけていた姿だった。
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