第11話 共同作業 sideエレーナ
「――んんっ!! んんっ!!」
湾岸部のとある倉庫の中で、エレーナは藻掻いていた。
10人ほどの男に囲まれながら、冷たい床の上に寝かせられている。
手足を縛られ、口にはガムテープ。
芋虫のように身をよじり、抵抗心をあらわにしている。
しかし、それで拘束がほどけるようなことにはならない。
「気のつえーお嬢様だ」
不良集団のリーダー格。
ドレッドヘアの青年が鼻で笑うように呟く。
「まぁ、これくらいの性格じゃねえとでけえ企業の令嬢はやれねえってことか」
ぎゃははは、と取り巻きたちと顔を見合わせて笑い合う。
ちなみにここに居る全員がハイエースに乗っていたわけではなく、彼らなりに分散して追っ手の存在などを撹乱しつつここまでやってきたようである。
「――さぁて」
リーダーが舌舐めずりをしてエレーナに目を向けてくる。
「さらわれた理由は大体分かってんだろ? あぁその通り。アンタのでけぇ実家に身代金をたーんまりと要求するためだ」
エレーナは驚かなかった。
それしかありえない、と思っていたからだ。
「つまるところ、アンタは人質であって一応丁重に扱おうと思っちゃいる――が」
その瞳には下卑た光。
「せっかくの上玉。このまま何もせずに転がしておくのは勿体ねえ」
へへへ、と周囲の男たちがベルトをカチャカチャと鳴らし始めている。
エレーナはそれに恐怖を覚えた。
「見ての通り、滾るモノをスッキリさせてーのが男って生き物でなぁ。わりぃが、身代金要求の前にいっぺん俺らの慰みモンになってもらおうと思ってる。命を奪うわけじゃねーんだ。安いもんだろ?w」
そう言ってリーダーがエレーナの腕を掴んで立たせ、倉庫の奥へと誘導し始めた。
そこには体育で使うようなマットが雑に敷かれていた。
エレーナはそこにドンと押されて倒されてしまう。
(こいつら……)
そんなことをされてもなお、エレーナの気持ちは折れていなかった。
しかし、その折れない心で打破出来るほど甘い状況でもない。
相手は多人数の男たち。
しかも自分は縛られている。
恐らくGPSを頼りにして救出部隊が動き出しているとは思うが、彼らがどれくらい早く来てくれるかは分からない。
(私は……こんなヤツらに好き放題、されるしかないのかしら……)
悔しい。
(私の初めては……こんなヤツらに捧げるためのモノじゃない)
そう考えながら思い浮かぶのは、いけ好かない一条寺の御曹司。
ずっといがみ合ってきたが決して嫌いにはならなかった存在。
似たような立場でずっと生きてきた者同士、きっと心のどこかで無意識にシンパシーを感じ取っていたのだろう。
だから嫌いどころかむしろ好き。
このピンチの場面でいの一番に思い浮かんでしまうほどには。
「――さぁてと、じゃあ俺からいただくとしますかw」
リーダーがズボンを下ろしながら近付いてくる。
そんな様子を見ながら、エレーナは目を閉じて祈らざるを得ない。
(義臣、助けて……)
エレーナは生まれて初めて義臣にすがった。
好意を自覚したからこその、嘘偽りない祈り。
そして、
――ガァァァンッ!!!
と、倉庫の中にいきなりけたたましい音が響き渡ったのはそのときだった。
「――なんだっ!?」
リーダーの男がエレーナから目を逸らして振り返る。
周囲の取り巻きたちも音の方向に目を向けている。
音が聞こえてきたのは倉庫の裏手。
その場にある勝手口が外側から蹴破られ、1人の人影がカツカツと足音を鳴らして倉庫の中に踏み込んできていた。
そして、その人物を捉えた瞬間エレーナはハッとする。
(……義臣……)
そう、何を隠そうその人物は強制婚姻状態にあるフィアンセだった。
まさか、としか言えない。
嬉しさが湧き上がる一方で、エレーナに対して間違っても好意的ではない義臣がどうしてわざわざこんなところに単身で乗り込んできたのかが分からない。
嬉しい気持ちと、実際に来られて困惑する気持ちがせめぎ合うそんな中――、
「――オイオイ、なんだァてめえは?」
リーダーを始めとする不良集団の注目が一気に義臣へと向けられていく。
「どこのどいつだか知らねえが、来るところ間違えてんじゃねーか?」
「いいや合ってるさ。俺はそこの大事な人を助けに来たんだ」
義臣がそう言ったのを聞いてエレーナはドキッとした。
言葉の綾としてそう言っただけなのか、それともあるいは……。
義臣の真意が分からない中で、リーダーが興味深そうに片眉を上げる。
「へえ、なんだよ……てめえアレか? 許婚とか婚約者ってヤツか?」
「その通り」
「ハッ――だったら良いところに来てくれたじゃねーの」
リーダーが床に転がっていた鉄パイプを拾い上げる。
「今から嬢ちゃんをぶち犯そうとしてたんだ。ちょうどいいからてめえをボコして無様に寝転がらせつつ、その光景を丹念にお披露目してやんよw」
取り巻きたちもナイフやバールを取り出し始めている。
そんな中で、しかし義臣は落ち着いていた。
それどころか煽るかのように右手をクイクイ。
そんな挑発に取り巻きの一人が釣られて飛び出す。
「――舐めてんじゃねーぞ!!!」
取り巻きはナイフを振りかざして義臣に迫っていく。
エレーナは気が気じゃなかった。
助けに来てくれた義臣が傷付くようなことがあればどうしよう。
そんな心配が胸中で渦巻くが、それは杞憂に過ぎないことを直後から理解し始める。
義臣は非常に無駄のないスマートな動きで取り巻きのナイフをはたき落とし、そのまま流れるようなハイキックで取り巻きの顎を蹴り飛ばして卒倒させていた。
(すごい……)
護身術を叩き込まれているのかもしれない。
エレーナも最低限の学びはあるが、あくまで最低限であり、多人数の男にあらがえるほどの力ではない。
ところが、義臣はそうじゃなかった。
今度は自らが動いて取り巻きを制圧し始めている。
もちろん数の面で義臣は圧倒的に不利だ。
にもかかわらず、多方向からの攻撃をいなし、躱し、わずかな隙を突いて取り巻きに反撃し、その数を着実に減らしていた。
「ちっ、お前ら何やってんだ……!! そんなヤツ1人に手こずってんじゃねえ!!」
リーダーが鼓舞するように叫ぶが、そんな思いは届かないまま取り巻きたちはやがて義臣の前に全員が屈していた。
そうなると当然、恐れをなしたリーダーが取る行動はひとつであり――、
「――オイっ!! それ以上近付いたらこの綺麗な顔が傷付くことになんぞ……!」
エレーナの頬に鉄パイプを押し付けての脅し。
義臣が顔をしかめて動けなくなる一方で――
(お荷物のままで終わってたまるもんですか……!)
義臣に助けられるだけで終わりたくはない。
自分も一矢報いる。
そんな思いでエレーナは寝転がった身体を一気にひねって鞭のようにしならせ、リーダーの脚を引っかけてバランスを崩させた。
「がっ……てめっ……!」
リーダーがガクッと膝を突いたその隙を――義臣は見逃さないでくれた。
これまでいがみ合ってきた2人の、意図しない連携。
その結果として直後にはリーダーの顔面に義臣の足裏がダイレクトにぶちかまされることになり、
「がっはっ……!」
リーダーは大の字に広がって昏倒。
かくしてこの場はあっという間に鎮圧され、エレーナは無事に救出されることになったのである。
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