第9話 誘拐
詩乃の到来は、エレーナの中に思わぬ感情を湧き上がらせていた。
(何よ……なんなのよ……なんで詩乃さんが義臣に膝枕をしてあげる、って申し出ただけで私の心はこんなに揺さぶられているのかしら)
深夜。
エレーナは個室でベッドに寝転がりながら、悶々とした気分に陥っていた。
詩乃の存在がざわめきを生み出している。
詩乃が義臣に迫ったとき、率直に言ってイヤな気分だった。
まるで自らのパーソナルスペースに勝手に侵入されたかのような感覚で。
(何よ……まさか私はあいつのことが……)
自分はひょっとしたら義臣のことが好きなんじゃないか。
そんな部分に考えが及んでしまう。
(ち、違うわ……そんなはずが……)
しかし、そうでなければ詩乃の接触でこれほど心がざわめくわけがない。
そんな考えに至った瞬間、エレーナはぼふんと顔が一気に火照ってしまう。
義臣への好意を、自覚してしまったのである。
それからなんとか眠りについたが、翌朝リビングで義臣と顔を合わせた瞬間――
「あひゃああああああああ!!」
「ど、どうした急に……」
義臣の顔が満足に見られず、両手で自分の顔を覆い隠す始末。
「な、なんでないわ! 放っておいてちょうだい!」
そして、そんな強い言葉を吐き出してしまう。
そんな自分がイヤになる。
素直になればいいのに、なれない。
そんな自分がイヤだ。
しかしこちらが素直になったところで、義臣がこちらを好きじゃなければ意味がない。こちらだけ好意を明かしても、フラれたら意味がないのだから。
そして当然ながら、義臣がこちらに好意を持っているかどうかなんてそう簡単に確かめられることではない。まさか「私のこと、好き?」なんて訊く勇気はないので、現状を維持するしかないのである。
そのうち、学校に行く時間がやってきた。
電車で行くのが効率的なので送迎はない。
安全のため、一応どこかで黒服は常に見張っていると思うが。
(義臣は私のことが好きなのかしら……)
学校生活のあいだも悶々とそんなことを考えてしまう。
もし好きなら、こちらもカミングアウトしてやってもいい、と思う。
けれどやはり、彼の内心を知るすべなど簡単なことではない。
やがて下校の時間がやってくる。
学校を出て、駅に向かう。
一瞬だけ、人通りが少ない路地を近道として通る。
そんな中――
ぶおおおん……、
と、エンジン音が聞こえてくる。
振り返ってみると、徐行よりもゆっくりとした速度でこちらに迫る1台の車。
ハイエース。
エレーナは狭い道の端っこに身体を寄せて、そんな車を先に行かせようとしたが――
そのとき、後部座席のドアが静かにスライドし、中から豪腕が伸びてきてエレーナの腕を掴んで車内に引きずり込んできたのである。
「きゃ――」
悲鳴はすぐに途切れてしまう。口にガムテープを貼られたからだ。
「げへへ……」
ハイエースの中には数人の男たち。
「嬢ちゃんに恨みはねえが、金のために利用させてもらうぜ?」
こうして、エレーナはまさかの誘拐に遭ってしまったのである。
――――――――
お知らせです。
今作は諸般の事情にて残り2、3話で終わらせていただこうと思っています。
たどり着く結末はハッピーですが過程は急なので、最後までお付き合いくださいとはとても言えません。
それでも読んでくださるなら嬉しいですが、無理はなさらないでください。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
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