日本語の使い方

根耒芽我

日本語の使い方



仕事帰り、ファミレスに寄った。


通された席は、隣のテーブルとの距離が近く、

平日とは言えまぁまぁの客のいる時間帯では仕方がないかと諦める。


食事とドリンクバーを注文して、スマホ片手にくつろぎ始めたとき

隣のテーブルの話が聞こえてきた。


「こないだ、部長からスタバ奢ってもらったんだわ」


見ていることに気づかれない加減を死守しながら、そちらが視界に入るように目線を動かす。


ぷっくりとしたネイルにキレイなストーンのついた指先がスマホの画面を操作している様子が見えた。


「マジか。めっちゃいいじゃん?」

向かいに座るお友達とおぼしき女性がそれに応える。


「うん、ハゲでメガネでデブのおっさんだけど、やさしいから助かる」

「うわ。それ褒めてる?」


若い女の子の会話。という感じだ。

思わず自分の身なりを、これまた隣に悟られないように目線だけで確認する。

一日働いた後だから、加齢臭とまではいかないまでも若干の匂いがする危険性はある。…なんか思われてたらどうしよう。


「褒めてはいないけど、けなしてない。仕事ちゃんとやるおっさんだし」


幸い、中年太りを自覚はしているが、ハゲではない。決して。

毎朝ちゃんと頭頂部を鏡でチェックしているから間違いない。

そして俺もちゃんと仕事してる。だから大丈夫。若い子に嫌われてはいない。きっと。


「褒めてない時点で…まいっか。ってか、下心もたれてんじゃね?」

「あっちに?ない。自分の子どもの話めっちゃしてくる。多分アレ、奥さんのことめっちゃ好きなタイプ」

「ハゲでメガネでデブに色目使われるとか最悪だから、よかったじゃん?」


あぁ、オレ、眼鏡はかけてる。仕事中。

なぜなら書類の字が見えづらくなってきたから。

だから、女子の方なんか見てないんだからね。

色目なんて怖くて使えませんよ。マジで。

セクハラパワハラコンプラ違反…どれに問われても怖いもん。ホント。


「あー、それはマジで思う。」

フフフ。と彼女らは笑い合う。


「なんで奢ってくれたん?その部長」

ひとしきり笑い終わってから、向かいの女性が聞く。


「なんかさ、めっちゃ忙しい仕事があったんだよね。んでさ、私ハケンで働き始めたばっかじゃん?点数稼いでこうと思って、めっちゃがんばったんだわ。残業とかもしたし」

「エラいじゃん。」

「でしょ?部長がさ、がんばってくれて助かったよ〜っつって、なんかさ、お昼休み?に、自分が外でスタバ行ったついでに、ラテ買ってきて私の机に置いてた」

「へー」

「あざまーす。ってもらったけど、なんなら私の好きなの注文させてもらいたかった」

「あはは。めっちゃカスタムしてトータル1000円ぐらいにしたいよね」

「それな。ほんとマジで」

そして再び2人で笑い合う。


「まぁ、ゴチになれただけでマジ感謝だし、逆に高いの奢らせてなんかこじれてもめんどくさいから、ちょうどよかったんだけどさ」

「たしかにぃ〜」


そ、そうなんだ。

今度、新人の女の子にスタバおごるときは、なんならギフトカードにしよう。うん。

そのほうが本人の好きな時に好きにカスタマイズしてもらって飲めるもんな。

うん。そうだ。そうしよう。

女性という生き物は自由を求めるんだろうな。

こちらの押し付けの親切は決して最大限に喜ばれるものではないんだな。わかった。

そもそもコーヒー一杯で千円要求されたらたまらない。



そこで、ネイルの女性はスマホをテーブルに置き、少しトーンを落として話し始めた。




「てかさ。それで思ったことがあって」


向かいの女性が少し、身を乗り出す。


「え?なになに?」




「日本語ってさ。

うまく使わないとさ、誤解しかうまないよね」




うっかり、

いじっていたスマホを取り落とすところだった。



いや、その会話してる人間が言うか?



こちらの気など知る由もない彼女たちは会話を続ける。


「なんかさ、もう一人ハケンのお局さんみたいなおばちゃんがいるの」

「あぁ、前からいる人ってこと?」

「私の前任者なんだよね。同じ部署だけど、配置替えで別の仕事してて。でも私が今やってる仕事のことはよく知ってる人だから、ちょいちょい教えてもらいに行くんだわ」

「うんうん」

「でさ?スタバ奢ってもらったのは、実は2週間ぐらい前の話で、もう忘れてたの」

「うん」

「それがさ。今日になって急に『スタバごちそうになったらしいじゃない?』って言ってきて、なんのこと言ってるんだか一瞬わかんなくってさ、しばらく考えちゃったんだよね」


それ。目をつけられたんだよ?と言いたくなってくる。


隣の女性の顔が視界に入っているわけではないから、憶測だけだが、

おそらくはフワフワとした雰囲気の、

つまり

あまり周囲に反論などはしない従順な姿勢を見せる女性なのだろう。


この人間社会の中で逆らってはいけない最上位には

気の強いおばちゃんが位置していると、オレは信じて疑っていない。


そしてその気の強いおばちゃんたちは

自分たちより少しでも「他人が優遇されている」と感じただけで

ぜったいにそれを許さないものなのだ。


それは優遇された側にも、うっかり優遇してしまった側にも降りかかる…。


「うん」

「私がいないときに奢ってもらったのぉ?みたいに言ってくるから。おばちゃんがいた日かいない日かなんて覚えてないわ〜。って思いながら、こんな感じで机に置かれてたんですー。って応えたら」

「うん」

「私がいた時はスタバはおろか、缶コーヒーだって奢ってもらったことはなかった。とか言ってて」


…あぁ。うん。

自分がやってもらってないことを他人が、

しかも自分より若い女性がされていたら、ひがむよねぇ。あの人たちって。

そうか、そういうふうに、ごちそうした側がいないところでチクチクやるのか。


なんかかわいそうだな。



「ほぉ」

「でもそれって、残業のごほうび的なヤツであって、おばちゃんにそういうタイミングがなかったから貰えなかっただけなんじゃん?って思って」

「まぁね」


うん。そうだよ。ホントそう。

差別とかひいきとかじゃなくて、たんにタイミングね。

よくわかってくれてんじゃん。この子。いい子だな。



「いろんな意味を含めて

あー、なんか、運がよかったんですかねぇ?あはは〜。って」

「うん」

「したらさ、言われたんだ」

「…なんて?」


ネイルの女性はそのきれいな人差し指を立てながら言った。


「あなたは、本当に、恵まれているわね。


って」



…。



「そんな使い方したらさぁ、イヤミにしか聞こえないよね?

本来いい日本語のはずなのにさぁ」




そして向かいの女性は言った。



「いや

完全イヤミで言われてるよ?あんた」



「マジか?」





空になったマグカップを片手に立ち上がったオレも、

マジだよ。

って言ってあげたくて仕方ないのを必死でこらえていた。



そしてオレが立ち上がった後で

注文してあったハンバーグセットが店員の手によってテーブルに届いた。



それにかまわず、コーヒーサーバーに向かいながら



あぁ。そうか。

それも一つの武器なんだな。と気がついた。





結論:女子は怖い



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本語の使い方 根耒芽我 @megane-suki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ