変わらない町 Dpart
深い眠りから覚めると、既に太陽は昇っていた。
トランクから起き上がり、頭にはブラジャーが引っ掛かっていた。
生乾きの服をトランクに詰め、忘れ物がないかチェック。
小銃から一度、マガジンを抜いて、薬室内の弾丸を取り出す。
取り出した弾丸はまた、マガジンに込めた。
そして薬室がカラの小銃にマガジンを再装填する。
拳銃だけは、薬室に一発込められた状態のままホルスターに入っている。
部屋を出て、チェックアウトすると、
「お客さんは大丈夫だったんですね」
と店主から訊かれた。
ブリキは落ち着いた声で、
「なにかあったんですか?」
と尋ねてみた。
「いや、あなたは昨日、あの市場に行きましたよね」
「飯を食べに行っただけです」
「それだけですか?」
「ええ、金がありませんでしたので、それ以外は見るだけでした」
店主はそれを訊いて、納得したような表情をしていた。
「なら、あんたは対象外だ」
「対象外とは?」
「なあに、あなたにはもう関係のない話だし、知らない方が良いことだ。唯一、助言するなら、もう市場に戻ることなく汽車に乗って帰ることをお勧めする」
店主はそれ以上、なにも言うつもりはないようだ。
ブリキは宿から出ると、まず視界に入ったのは、血痕で染められた道路だ。
引きずられた跡が市場の方へと向かっていた。
その道中で死体を引きずる人影が視界に入る。
ブリキは見て見ぬふりをしようと思ったが、その死体に見覚えがあった。
ルェルの父親だった。
胸元に刃物で刺された痕跡があった。
刺し傷が一か所ということは、一撃で即死だったのだろう。
寝込みを襲われたのか、それとも複数人にやられたのか、もしくはナイフによる接近戦に長けている者が町にいるのか、理由はわからない。
だが、ブリキには関係のない話だ。
昨日会ってばかりの人物が、ただの肉塊になったところで、何も思うことはない。
ブリキとはそういう女なのだ。
「あの様子だと、この町で、生きていないでしょう・・・・・・」
店主の助言に従って、市場には行かず、汽車の方へ向かう。
駅に着くと黒人の
「お待ちしておりました。ブリキ様」
通されたブリキは車両に乗ろうとしたが、
「すまない。荷物を少し見ていただけませんか? 忘れ物をした」
ブリキは嘘をついた。
そんなことに気が付かない乗務員は、了承してくれた。
ブリキは走って市場の方に向かった。
市場では人間の解体をしている真っ最中だった。
その中にルェルの父親だったモノもあった。
左手の薬指にはめていた、結婚指輪がなかった。
昨日も見たペットショップを横切ると、新しい動物が売りだされていた。
銀色の乱れた長髪に、口腔内は強引に歯を抜かれたのか一本もない。
その証拠に唇周りには血糊が付いている。
服は着ておらず、裸の状態で、目は虚ろだった。
それは、まだ、ルェルであった。
ルェルはブリキに、
「・・・・・・たす、け、て――――」
喋るたびに、涙と共に口から血が滴り落ちる。
ブリキはしゃがみ、ルェルに言った。
「それはできない」
だが、ルェルは既に壊れていて、ブリキの言葉を理解していない。
同じ言葉を繰り返すルェルに、ブリキは続けて言った。
「前に訊いたよね。誰を守るのって――――私は、そう弱いから、自分の身しか守れないんだ」
ブリキはルェルを置いてその場を離れた。
そうして目的地に到着した。
そこは昨日、訪れた食堂だった。
ブリキは昨日悩んで食べ損ねていた肉の餡を生地で包んだ蒸し料理と、アヒルの皮だけ使った料理をテイクアウトで注文した。
蒸気機関車の中で食べようと紙袋に入れる。
それを持って市場を去ろうとすると、一件の店を見つけた。
それはおそらく、ルェルの父親が言っていた噂の宝石店であった。
どの宝石も本当に安かった。
ブリキのポッケト内にある全財産をはたいても、倍以上のリターンが戻って来るのは間違いない。
商品を見ていると、見覚えのあるものがあった。
それは青色のカチューシャだった。
ルェルが着けていた物と同じだ。
その近くには、ルェルの父親が着けていたブランド腕時計。
それと彼の結婚指輪と同じ装飾が、されたものが二つあった。
一つは無論、ルェルの父親の物だ。
もう片方は奥さんのモノだろう。
宝石店の主人から、
「お姉さん、なにか買うのかい? 安くするよ」
と優しく接客してくれた。
ブリキは店主に、
「私に宝石なんて似合わない」
そう言いながらトレンチコートの内側に隠していた、自動小銃を見せた。
すると店主は人が変わったように、
「お前みたいな人からは奪い返せない。とっとと失せな」
ブリキは市場を出て、駅に向かった。
市場から出ようとした瞬間、ブリキは声をかけられた。
「あんた俺の助言を無視して、市場に行ったな」
昨日、泊まった宿屋の店主だ。
「見ていたのですか?」
「戻る姿を見かけたからな」
店主は煙草をふかす。
「見たからには――――」
「私もあの家族みたいに殺すか、人身売買に出しますか?」
ブリキは店主の言葉を遮った。
すると店主は笑って、
「うまく行けば、アンタは俺の宿屋で二度と起きなかったはずだ」
「やっぱり昨晩、ベッド下にあった隠し通路から、侵入しようとしましたね」
「殺そうと思ったけど、まさか入口を塞ぐなんて、これは一筋縄ではいかないなと思ったよ。あんた軍人か? どこにいた?」
「ずっと戦場です。今までも、これからも」
「このウォーモンガーが、あんたらみたいなのが俺たちの村を変えた。昔はこんな村じゃあなかった。人を殺すことも忌み嫌っていた善良な村人だったのに、お前らが村を焼き払ってから、すべてが変わった。明日を生きるために村人同士で、騙してあって、殺して、飢えをしのいできた。この村のシステムはお前らが作った」
「そしていつしか、ここに来た旅行者を殺して、金品と女子供を奪うように変わった」
ブリキは付け加えるように答えた。
店主は「そうだ」と笑って返した。
「そのおかげでこの村は、見ての通り繫栄してきた」
「醜い村から町に」
「醜いだって? 瓦礫の山だった場所が、今では道は舗装され、綺麗な建物がある」
「外見だけは、ね・・・・・・」
ガチャっと背後から鈍い金属音がブリキの耳に入った。
ゆっくり背後に視線を向けると、村人たちの手には銃が握られていた。
大小さまざまであったが、おおむねがリボルバータイプであった。
「ここでドンパチする気ですか? 私はあなた方に対して、戦闘行為をするつもりは無いのですが……」
「俺は忠告した。戻るなと」
店主は睨みをきかせる。
「訊いても良いかしら?」
「なんだ」
「噂で訊いたのだけれど、昔、ここで慈善事業で訪れた医者に金銭による謝礼を払ったらしいですが、どうして医者は殺さなかったのですか?」
「医者・・・・・・ああ、あの男か。彼は餌だよ」
「餌?」
店主はニンマリと笑い、続きを教えてくれた。
「欲深い人間を誘うためにだよ。欲望は伝染する。その欲望が、この町を豊かにしてきた。彼らは、この町の財産であり、何もなかった町を数えきれない宝石と金銀で満たしていく。あの医者もそうだ。慈善と言いながら、本心は金品に目がなかった。だから、彼を媒体に噂を広めて貰った――――」
村人の誰かが、リボルバーの撃鉄をガチャリと起こした。
「この町に来れば、誰もが金持ちになれるてな」
ブリキは、「なるほど」と静かに返した。
怒りもなく、関心もなかった。
他人事のように。
「最後にひとつ。この町には何もなかったと言いましたね。なら、医者に渡したダイヤはどこから?」
「なんだって?」
「だから、最初のダイヤは誰かが持ってきたのでしょ?」
「――――ああ、そうだ。まだこの村が焼野原だった頃に、男が来た。男は元軍人で、この村には一度、訪れていたそうだ」
店主は昔話を語るような口調で続けた。
「訪れた理由は慰問であった。ダイヤを持ってきて、これで村の復興に役立ててくれと。俺は尋ねた、なんでそんなことをってね。そしたら男はこう言った。初めて、この村に来たのは、軍の作戦だった。敵拠点に戦闘機から爆弾を落とすために、現地に潜伏して、敵拠点にレーザー誘導をする任務を遂行していたようだ」
「それで?」
「男はそれが初めての任務で、土地勘も慣れていなかったようだ。情報で訊いてた場所に仲間と向かい、拠点を見つけた。男はよく確認もせず、爆撃を指示したそうだ。そして見事に爆弾は命中した。敵拠点ではなく、ただのこの村を」
「それがこの村ね」
「ああ、その通り。それで私の家に爆弾が落ちた。私は運よく助かったが、妻と娘は死んだ。遺体もないほどにな。俺だけじゃない、ここにいる生き残りたちは皆そうだ。家族を失っている。そして恨んだね。こんな事をした連中を」
店主の目に涙は流れていなかった。
だが、その言葉には怒りと悲しみがあった。
「でも、向こうから来てくれた。俺たちは男をなぶり殺した。爆弾で殺されたように四肢を切り裂いた。骨も砕き、臓物を引きちぎった。男は絶命したよ、首だけになって苦しんでな」
「男の遺体はどこに?」
「さあな、豚に全部食わせたから、糞になって地獄にいるんじゃあないか」
「・・・・・・」
無言だったブリキの
「話は終わりだ。さあ銃を渡して――――」
店主が喋っている最中、町中に乾いた発砲音が轟いた。
店主の胸には、四十五口径で出来た穴が開いていた。
そこから血が絶え間なく、服に
ブリキの右手には、いつ抜いたのか、さっき買った食べ物が入った紙袋ではなく、拳銃が握られていた。
銃口からは硝煙が立ち込める。
「このアマッ!
誰かの発言に村人たちが一瞬にして頭に血が
だが、村人たちは既に遅かったのだ。
相手がぶっ殺すと思考した時にはもう、ブリキは次の行動に移していた。
胸を撃たれて死んだ店主を肉の盾にして、拳銃で既に六人を射殺していた。
狙いは的確で、止まっていた相手は心臓に、銃を両手で構えた相手には、無力化するために脳幹に命中させた。
ブリキがそれだけの行動を終えて、ようやく村人たちの反撃が来た。
様々な弾丸が肉の盾となった店主の身体に命中する。
生々しい音と共に、肉片が飛び散る。
何発かは外れて、背後の建物や地面の方へ飛んでいく。
怒り任せに撃った弾丸を撃ち尽くし、カチャカチャとカラ撃ちし始める。
その音を待ってたと言わんばかりに、ブリキは拳銃をホルスターにしまい、トレンチコートに隠していた自動小銃に持ち替えた。
左手で小銃のコッキングレバーを引くと同時に、薬室に弾薬が入るのを目視で確認した。
軽く
次に視界に映った村人の一人が、一瞬にして頭が吹き飛んだ。
ブリキが引き金を引くたびに、リコイルの衝撃が肩に走る。
薬室から
それに遅れて続くように、血しぶきをまき散らす村人たちが、膝を落とし倒れ込む。
身体が覚えているのか、撃った弾数をブリキは知っいた。
薬室に弾が一発あり、
無論、薬室には弾丸があるので、コッキングレバーを引く必要はない。
無駄のない動き。
まるで早く人を殺すために作られたロボットのようだった。
そしてまた絶え間なく村人たちに発砲する。
ある村人は焦ってリボルバーのシリンダーに弾薬を込めようとして、地面にバラバラと落としていく。
またある者は、ブリキに背を向けて建物へと逃げていく。
そんな彼らに一人一発ずつ仕留めていく。
建物に隠れていた老人や女子供も平等に
命乞いすら無意味だった。
自動小銃の
ブリキは自分の
「だから、行くなと言ったのに・・・・・・」
ブリキは探していた友が死んだことを知った。
汽車に向かうと
「忘れ物は見つかりましたか、ブリキ様」
「ああ、ありがとう。忘れ物はなかったよ」
「そうでしたか誠に残念です。もうすぐ出発しますので、乗車の方をよろしくお願いします」
乗務員は笑顔で応対してくれた。
先程まで乗務員は村が壊滅した終始を、この駅から見届けていたが、平然としていた。
それが当たり前で、何も変わらない、という感じであった。
ブリキは預けていたトランクを受け取ると、車両に乗り込んだ。
いつもの三両目の決まった特別個室に入り、座席に腰を下ろす。
ため息を一つ溢れた。
頭に被ったテンガロンハットを膝に置いた。
程なくして警笛が鳴り、汽車はゆっくり揺れながら動き出す。
ブリキは車窓の外に目をやる。
死体の町に、ひとりだけ立っている人影が見えた。
それはルェルだった。
ルェルの家族との旅は、ここで終わった。
だがルェル自身は、ここから独りの旅が始まるのだ。
移り変わる車窓の景色から、ルェルの姿が消えた。
ふと、ブリキは慌てたように思い出した。
「しまった‼ せっかく買ったニクマンを置き忘れしちゃった! まだひとくちも食べてないのにー」
ブリキの旅もまた変わらず続くのだ。
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