rab_0605

@rabbit090

第1話

 マイナスの感情を抱くのは、きっとあなたが好きだから。

 ぼんやりとした子だなあ、とは思っていた。なんか、何も考えてないっていうか、そういう所が気になったんだけど。

 「真理まりちゃん、聞いて。」

 「なに?」

 「あたしね、引っ越すことになったの、ごめんね。」

 「…ふうん。」

 「しかも、明日なの…。お父さんが急に、行くって聞かなくて。」

 路子みちこは、本当のことしか言わない、態度ですら、本当だけを表す。

 すごく、だから悲しかった。

 だって私、路子のことが好きだから。

 「それ、かわいいね。」

 ありきたりな話だけど、路子は私が家族からお土産としてもらったうさぎのキーホルダーを見て、そう言った。

 転校生だった、すごくとろ臭そうな子で、正直女の子はみな、あまり関わりたがらなかった。

 私も、そんなに関わりたいとは思えなくて、全然、話したこともなかったのに。

 「そう…ありがとう。」

 なんか、近くで見ると、すごくかわいくてたまらなかったのだ。長いまつ毛に、くっきりとした二重、一軒モサッとして見えるけど、本当はお人形みたいっていうか、そんな感じで。

 それ以来、少しずつ話すようになった。

 そして、随分仲良くなったなあ、と思う。

 なのに、

 「あたしね、前も、お父さんの都合で転校してるの、何度も。だから、今回も、なんだけどあたし、真理ちゃんと離れたくない。」

 路子は、正直にそう言いながら、泣いていた。

 私は、そんな路子をとても愛おしく思っていた。

 好きだった、中学生だけど、でも多分、恋心だ、と理解していた。

 胸に突き刺さるような、そんな感覚。

 私は、どうかしているのだと、焦っていた。

 「…じゃあ、また明日。せめて明日、一緒に遊んでくれる?お願い。」

 「うん、分かった。じゃあ放課後、遊ぼう。」

 「うん!」

 子どものようなはしゃぎようで、路子はいなくなった。

 私は、どうすればいいのか、分からない。

 だって、私は女だ、そして、路子も女。

 男の子を好きになることだってある、けれど、路子に恋をしていた。

 「はあ…。」

 気を紛らわせたくて、走った。

 家まではすぐだというのに。


 「えー、浅田さんですが、急に転校しなくてはいけないということで、今日の予定だったですが早まって、挨拶もできずに去るそうです。一応、手紙を受け取っているので、代読します。」

 「今までお世話になりました…短い間ですが楽しかったです。」

 「残念ねぇ。」

 「そうだなぁ。」

 クラスには、しっとりとした空気が漂ったけれど、私は、席を立った。

 耐えられない、なんで。

 路子、路子ってば。

 

 結局、会えなかった。

 家も、すでにもぬけの殻だった。

 私は、もう大人になったけれど、未だにそのことを忘れられないでいる、これは多分、初恋なのだ。

 どろりと落ちるような恋をしたのは、これが初めてだったのだから。

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