第12話 復讐の相手は?


 まひるとの約束の日になった。


 まひるを車に乗せると、嬉しそうに何かの本を開いて俺に見せてくる。どうやら、情報誌で行きたい店をピックアップしていたようだ。


 「これ、一緒に行きたいと思って……」


 俺は手を振り、それを制する。

 すると、まひるは両手を膝の上で握ると、下唇を噛んで俯いた。


 「……ごめんなさい」


 そのあとは、俺は有無を言わせずホテルに直行し、きっと今日のために一生懸命選んでくれたであろうセンスの良い服を乱暴に剥ぎ取る。


 そして、シャワーを浴びたがるまひるを制止すると、ネックレスやピアスをつけたまま、前戯もなしで犯すように雑に扱い、当然の様に中に出した。


 ……痛かったのだろう。

 まひるが眉を歪ませる。俺の様子がいつもと違うと思ったのか、視線を外し、少し怯えるような目をしていた。


 「……何かイヤなこととかあった?」


 おれは不機嫌そうに答える。


 「あぁ」


 すると、まひるは俯いて何かを小声で囁くと、意を決したようにこういった。


 「いいよ。わたしのからだを好きにして。そしたら、優しいおにいちゃんに戻ってくれるかな」


 俺は何も答えずに、まひるを犯すための道具のように扱った。

 

 まひるが従順すぎて。

 逆に腹がたった。


 俺は左手でまひるのヒップを鷲掴みにして、そこに無理に指を入れる。


 「っ……」


 すると、まひるは眉間に皺を寄せた。

 まひるは俺を見下ろすような体勢で言った。


 「いいよ。でも。その。初めてだから、そこは……、優しくして欲しいです」


 むろん、俺にそんな趣味があるわけじゃない。ただ、まひるを痛めつけたかっただけだ。


 『こいつは、これでさえ受け入れるのか』


 俺のイライラはピークに達した。


 俺は指を抜くと、まひるの首を締めた。

 本気で危害を加えるつもりはなかった。


 きっと、心のどこかでは、ここまですれば俺を拒むだろうと思ったのだ。俺を裏切った薄汚い本性をさらけ出すと思ったのだ。


 俺はギリギリと腕に力を込める。

 手のひらには、握り込んだ頸椎の感触が伝わり、鎖骨の上に当てた親指からは、頸動脈を流れるまひるの命の脈動が、熱を伴って伝わってくる。

 

 きっと、もう相当に息苦しいはずだ。

 次第にまひるの身体から力が抜けていくのが分かった。


 だが、まひるの反応は、俺の期待するものとはまるで違った。まひるは、力なさげに俺を慈しむような目で見つめたのだ。


 「……いいよ。それで気が済むのなら」


 そう言うと、まひるは目を閉じた。



 ———なんなんだよ、コイツは。


 その瞬間、我に返った。


 俺は、まひるの首から手を離した。

 まひるは咳き込む。


 ……俺はなんてことをしているんだ。

 

 俺は呟くように言った。

 「……ごめん」


 俺はベッドの端に腰かけると、右手で口を押さえた。胸の深いところが苦しくなって、しゃっくりのような嗚咽おえつが漏れてくる。


 ……俺は泣いているのか?


 なんで?


 マヤの事は許せないくせに、まひるに罪悪感を感じているのだろうか。


 すると、まひるは両手で俺の頭を抱きしめた。

 顔に胸があたり、心地の良い心臓の音が聞こえてくる。


 まひるは目を閉じていった。


 「いいんだよ」


 その声を聞くと、引っ込みかけていた嗚咽がまたぶり返してくる。


 それを見たまひるは、少し微笑むような顔になり。


 「もう、泣き虫なんだから。悪い子にはお姉さんが悪戯しちゃうぞ〜」


 そういって、毛布の中に潜り込んだ。


 「ちょっと」

 俺は制止しようとする。

 

 だが、まひるは顔をぴょこっと出して舌をぺろっとする。


 「元気出さないと、お姉さんが無理にでも元気にさせちゃうんだから」


 そういって、俺にまたがってきた。

 もう身体が馴染んでいるのだろうか。


 俺の意思とは関係なく、難なくまひるの中に入った。すると、まひるは俺の頭を抱きしめて穏やかに前後に動きはじめる。


 「ほんとはさっきは怖かったよ。でも……。アン。おにいちゃんのがわたしの中で、ジワッて広がって暴れてる。おにちゃんの気が済むまで。わたしをぐちゃぐちゃにして。このままもう一回、中に……」


 俺は我慢できずに、そのまま出してしまった。

 俺は上を見上げるが、まひるが俺の頭を抱きしめているから、その表情は見えない。


 だけれど、胸から伝わる息遣いは苦しそうで、まるで声を抑えて泣いているみたいだった。


 その様子を見ていると、まひるをこれ以上責める気になれなかった。

 ……今、目の前にいるまひると過去のトラウマのマヤは別人すぎて、まひるを泣かせても、きっと俺の気持ちは解消しないのだろうと思えた。


 気づけば、まひるは俺の頭をなでなでしている。ってか、まひるに慰められてるし……。


 まひるが聞いてくる。

 

 「ね。何かお願い聞いてほしいことある?」


 そうだな。

  

 「じゃあ、これから俺のことを『ご主人様』と呼ぶように」


 これは、まひるに慰められほだされてしまった俺のささやかな抵抗だ。

 すると、まひるはちょっと驚いた顔をする。


 「ふぅん。おにいちゃん、そういう趣味あったんだ」


 俺はちょっと気恥ずかしくなった。


 まひるはニコニコすると、床に正座のようにペタンと座って、ベッドに腰かける俺を潤んだ瞳で見上げてきた。

 

 「いいよ。ご主人様。わたしは貴方の従順な奴隷です。色んなエッチなお願いしてくださいね?」


 どうやら俺のお願いはエッチなことと特定されているらしい。

 まぁ、否定はしないが。




 チェックアウトの時間になり、まひるがお財布を出す。


 「いいよ、俺が出すから」

 

 ホテル代、さすがに学生には出させられないよな。これは、マヤに優しくしてるわけではなく社会人の常識だ。おれは結局、自分が出すことにした。


 あ、その代わりと言ったらなんだが、いいこと思いついたぞ。


 「まや、お前、これから時間あるの?」


 すると、まひるが目を見開いて『えっ』という顔をする。


 「……それ、わたしの本名……」


 やばい。ミスった。

 俺は咄嗟とっさに嘘をつく。


 「いや、まひるの家の表札に名前が書いてあったからさ」


 セーフ……かな?


 まひるは腰に手を当てると、目を細めて下から俺を見上げる。


 「ふ〜ん……。それで、時間あるよ」


 おれは咳払いして、話題を変える。


 「そうそう。これから俺の家に来れない? 夕飯作って欲しいんだけど」


 まひるはちょっと考える。

 

 「ご主人様の命令だし、いいよっ。じゃあ、一緒にお買い物して帰らないとね」



 まだ全部を許せた訳じゃないけれど、いまは。今は、まひるとのこの時間を楽しみたいと思った。

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