第5話 クズ先輩、我に力を。


 「あ、はい、うなぎです」


 すると、まひるは口角を上げて幸せそうに笑う。

 

 眩しい。

 俺は胸の中が温かくなるのを感じた。

 人を幸せにするタイプの笑顔だ。


 「あの。みんな居て、うなぎさんってちょっと言いにくいので、ナギさんでも良いですか?」


 いや、待て。

 それ俺の本名だから!!


 「ごめん、それはちょっと」


 すると、まひるは顎に指をあて、上半身を左右に振って少しだけ考える素振りをする。


 「じゃあ、おにいちゃんで。良いかな? うなぎさん一つだけど年上だし」


 この子、俺が絶賛していたブラコンアニメを見てくれたのか。

 まじで尊いぞ。


 俺は髪の毛をいじりながら、まんざらでもないことを悟られないように答える。


 「ま、それでいいよ」


 それにしても、妹属性まで追加されて。

 ますますホテルとか言い出せんよ、俺。


 「まひるちゃん、ご飯は食べた?」


 まだだというので、とりあえず、軽く食事をすることにした。

 お酒を飲めば、俺の中のクズ先輩が力を貸してくれるだろう。


 道すがら、さっきのことを聞く。

 すると、まひるは人懐っこいネコのように、俺の周りを、左右へウロウロとまとわりつくように歩く。


 「ごめんなさい。あれから道に迷っちゃって。目の前におじいちゃんに道を聞いたら、違う銀行に行っちゃったんです。本当に焦りましたよ。でもね、5分くらい前から、あの場所に居たんですよ? お互いに気付きませんでしたね」


 まじか。

 俺は、可愛すぎる別世界の人間を認識できていなかったらしい。


 ってことは、自分に酔って孤高のヒロインしてたのも見られてたのか?

 恥ずかしすぎるんだが。


 まひるは屈託なく話す。

 本当に明るい子だ。


 だけれど、すごく仲良さそうなカップルとすれ違った時に、俺の服の端をぎゅっと握って少しだけ言葉を止めた。


 カップルが見えなくなると、まひるが話かけてくる。


 「腕組んでもいい?」


 まひるはそっと腕を組んでくる。

 すると、ふわっと良い匂いが漂った。

 おいおい、あまり思わせぶりだと、おじちゃん勘違いしちゃうよ(一歳差だが)。



 5分ほど歩き、あらかじめ見繕みつくろっておいた店に入る。

 そこそこオシャレだが、フルーツ系の甘いお酒もあって、大学生でも出せるくらいの予算の店だ。


 もちろん、社会人の俺がおごるつもりだが。

 あまり気を遣わせたくはなかったので、この店にした。


 俺はビール、まひるはカシスソーダで乾杯をする。

 ここは居酒屋なのに窯焼きのピザが売りらしく、マルゲリータを頼んだ。


 窯焼きだけあって、まひるが手に取っただけで芳ばしい匂いが、こちらまで漂ってくる。バジルソースにモツァレラチーズ。


 まひるは、チーズを伸ばしながらピザを頬張ると、頬を右手で押さえてニコニコする。


 「すっごく美味しい!!」


 そして、大学のことを色々と話してくれる。

 俺が通えなかった、憧れの世界。


 まひるは法学部で、成績も良いらしい。

 本当に警戒心がなくて、大学の最寄りと思われる駅の話が、ちらほら出てくる。


 俺は不動産系の会社員なので、駅と国立というワードで大体の目星がついてしまった。都内の国立大って、いくつかしかないからね。


 まひるは嫌味なところがなく、話を聞いていて不快感は覚えなかった。


 さて、話しが楽しくて長居しすぎた。

 


 そろそろ切り出すか。

 なんだか、良い子すぎて罪悪感を感じるんだが。


 「まひるちゃん。そろそろ終電も近いけれど、時間は大丈夫?」


 「あの。大丈夫です。今日は友達の家に泊まるって言ってあるので」


 会計をしようとすると、まひるがお財布を出す。

 ちゃんと広げてジャラジャラして、「ん〜」と悩むと。


 「キャッシュレスでもいいですか?」と聞いてきた。


 ……ごめんよ。少し高かったね。


 俺は、しつこくお金を払いたがるまひるを静止し

 「お兄ちゃんに、少しくらい格好つけさせて」と言った。


 すると、まひるは悩んだ挙句。

 こちらを見つめて、上目遣いで口角をあげる。


 「ありがとう、おにいちゃん」


 お主、わかっているな。

 やっぱり、男慣れしてるのかな、この子。




 店を出ると、まひるの手を握る。

 まひるの手を引いて歌舞伎町の方に向かう。


 まひるは無口だったが、手にすごく汗をかいている。

 緊張しているのかな?


 「まひるちゃん。汗すごいね」


 「ごめんなさい。わたし汗っかきで。恥ずかしい」


 まひるは手を放そうとするが、させない。

 ぎゅっと手を握り、引っ張り続けた。


 やがて、ラブホテルの前についた。

 ケバケバしくはなくて、比較的に普通のホテルっぽいデザインだ。


 正直、初対面の女の子をこんなところに連れてくるのは気が引けた。

 でも、ここでやめたらこれきり会えなくなる気がした。


 俺は、まひるの方に向き直し、確認する。


 「ここでいい?」


 すると、まひるは、俺と目をあわせるのを避ける様に少し視線を泳がせると、小さく頷いた。

 


 

 

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