ソウルバインダー ~TCGアニメで主人公を助けるハードボイルドキャラに転生したので前世の知識を活かして鬱フラグをへし折る~
内妙 凪
ソウルバインダー・ゼロ ~残響する使命~
第1話 覚醒
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
また神様は基本的に敬称略です。ご了承下さい。
──────────────────
まず事の起こりとして、我が家にはしきたりがあった。
俺は高校を卒業したその日に、それまで立ち入りを禁じられていた、無駄にデカい自宅の最奥にある開かずの間に連れて行かれた。
その開かずの間はコンビニエンスストアが1つ丸ごと入りそうな広さで、奥には何やら見慣れぬ姿の木彫りの仏像? があった。
その仏像? はまるで文化財か何かのように古ぼけており、辛うじて人の姿をしてはいるように見えるが、けれども人のようには見えないという奇妙な姿をしていた。
何が何やらわからぬまま、怪しげな仏像の前に布団が敷かれ、俺は一晩をそこで過ごすことになる。
過ごす、と言っても気慣れない白い着物を着せられて、薬用酒? を飲まされた後、家族に見守られながら布団に押し込まれただけだったんだけど。未成年に酒飲ませるなよ!
我が家は裕福な家なんだな、と呑気に思ってはいたが、今思えば古くからある地主のような、名家と言っても差し支えないような家だった。
それがまさか退魔師の家系だったとは……。
俺は翌朝起きるまで、まったく気が付いていなかった。
父が頻繁に出張していたり、仕事中に事故にあって入院していたのってそういうことだったのか……。と、今ならわかる。
つまりこの未成年を昏倒させて怪しげな仏像の前で寝かせるしきたりは、交神の儀と呼ばれる神降ろしの儀式だったのだ。
そんなことは露知らず、俺はだだっ広い板の間で強制的に眠らされた。
そして、そんな俺の夢枕に3人の女性が現れたのだ。
当時の俺はそれはそれは驚いた。金縛り状態で動けず、その3人組とじっと見つめ合うしかなかったからだ。
3人が3人、黒髪に金の瞳を持つとんでもない美人だった。3人は瓜二つ……いや瓜三つと言っていいほどそっくりだ。三つ子の3姉妹だろうか?
古代ギリシアみたいな服装──キトーンって言うんだっけ?──ひらひらした白い布の服を着ている。
まるでイタズラするかのように笑いながら3人組の一人が俺の額にそっと指を置いた。
「ッ!?」
すると頭の中に濁流のように情報が流れ込む。
混乱する俺に手を振る3人の女たち。その微笑む姿を目に焼き付けながら、俺は情報の濁流の中で意識を手放した。
◇
薄暗い部屋に朝陽が差し込んでいる。
目覚めた俺は上半身を起こす。最初に目に入ったのは不気味な仏像だった。あまりよい目覚めとは言えない。
まだ少し痛むこめかみを押さえながら、昨夜の夢を反芻することにした。
「そういうことかぁ……」
俺は改めて自分のことを再確認する必要があった。何と言うか俺が俺でない感覚がまだあったからだ。
俺の名前は
両親は二人とも小柄な体型なのに、俺は185を超える身長だったのも、特に運動もしていないはずの俺が妙に筋肉質だったのも、妙に老け顔だったのもすべて説明がついた。
なぜならば! なぜならば俺はアニメ『ソウルバインダー』シリーズの外伝、『ソウルバインダー・ゼロ ~残響する使命~』の主人公だったからだ。
そうか~~~~~、そう言うことだったのか~~~~~~~~。
昨夜の父の沈痛な面持ちの理由。
「響がどうなっても私たちはあなたの味方よ」と言う母の言葉。
俺には伝えられていなかったが、交神の儀には精神を変容させる可能性があるとされていた。神々と心を交わらせる儀式だ。矮小な人間の精神など、容易にひん曲がってしまうと思われているのだ。
しかし実際に体験した俺はそうは思わなかった。
なぜなら前世の記憶……のようなものが、昨夜見た夢の中で俺の頭の中に流れ込んできたのだから。
前世の自分の名前や生い立ちなどは思い出せないが、ソウルバインダーのことやその他これから起こるであろうこと、そして死の間際の空中に投げ出されるような感覚だけは覚えていた。
事故で崖から落ちでもしたのだろうか? そう言えばヨシカドさんって高所恐怖症だったな……。
このような体験をした人が他にも居たのではなかろうか? そして精神が変容したと周りには受け取られた……。つまり人が変わってしまった、などと言われる結果になったのかもしれない。
「それにしてもヨシカドさんなぁ」
自らの苗字を口に出すも、どこか気恥ずかしい。まさかあのキャラクターになってしまうとは。
カードゲーム『ソウルバインダー』のアニメに登場するお助けキャラ、ヨシカドさんに……。
アニメ『ソウルバインダー』シリーズは、神々の力を宿したカードを使った戦いがコンセプトのカードゲーム『ソウルバインダー』の販促アニメだ。
アニメでは何かと世界を滅ぼそうとする数多の邪神や邪龍と戦ったり、世界を滅ぼそうとする邪悪な組織と戦ったりする。あいつら世界を気軽に滅ぼそうとしすぎである。
全シリーズに渡って主人公のピンチには颯爽と現れて助けるイケメンナイスミドルでハードボイルドな男。それがヨシカドさんだ。
そしてヨシカドさんは妙に人気が出たせいで、2作目のあとにスピンオフの短編が作られた。それが『ソウルバインダー・ゼロ ~残響する使命~』だ。
その中でハードボイルドナイスミドルキャラなのに、本編でもまだ20代だと判明。10代の頃からとんでもない老け顔だったとファンたちに散々ネタにされていた……。そんなキャラなのだ。誰が老け顔だ!
スピンオフでは高校を卒業したばかりの若かりしヨシカドさんが事件に巻き込まれ、その力を目覚めさせながら邪龍の復活を阻止する……。そんな物語だった。のちにコンシューマーゲーム化もしていた。
まさに先日、高校を卒業した俺は近く家業の手伝いをする予定であった。
これから美門家の退魔師としての仕事を叩き込まれる……。そのはずだった。
「バインダーオープン!」
言葉に出すとこっ恥ずかしいが、こう言わなければ開けないのだからしょうがない。死に装束みたいな格好で朝から布団に入ったまま何をやっているんだ、と思わないでもないが、この世界ではこれが普通なのだ。慣れよう。
亜空間の中からカードの束をドサドサと取り出す。バインダーと呼ばれる能力者は皆これが出来る。慣れよう。
「やっぱ……そうだよな?」
すべてではなかったけれど、取り出したカードたちには見覚えがあった。俺が前世で所持していたカードたちだ。ただ違うのは、この世界では本当に神々の力を宿しているということ。
だからなのだろうか? その神たちとの繋がりがないと力を発揮しないようなのだ。つまりデッキに入れられないのだ。
その中から1枚のカードを取り出す。そのカードには一柱の女神が描かれていた。黒い髪に金の瞳、キトーンをまとった美しい女神。そしてこの神との繋がりを感じられた。
昨日俺の夢の中に出てきた、その神である。
「ヘカテー!」
俺がカードを指に挟むと、体が自然とかっこいいポーズを取り、腕を前に突き出す。……な、慣れよう……。
呼び出したのはヘカテー。ギリシャ神話で月と魔術やら何やらを司る女神様だ。ギリシャ神話の神様は一柱が司るものが多すぎなんだよなぁ……。
風が巻き起こり、俺の目の前に、昨夜見た女神が一人現れる。驚いた顔で俺の寝ていた布団に降り立った。
口元を手で押さえ、えぇ~!? と言わんばかりの顔をしている。ソウルバインダーの世界では神々とは基本的に会話が出来ないのだ。一部出来る人たちも居るのだが。
神と会話なんかしたら発狂するって相場が決まってるからな。一部の頭がおかしい人しか出来なくて当然なのである。
けど俺、ヘカテーさんの気持ちもわかるよ。原作じゃ修行パートを経て、父とのバトルを乗り越えて、やっとヘカテーとの絆を目覚めさせるのだから……。なんかごめんな。
「これからよろしく」
俺はそれだけ言うと、カードを仕舞う。何か言いたげな表情のまま、ヘカテーは消えていった。
なぜ呼び出したかと言うと、一度このようにカードの力を開放しておかなければ、その神に類するカードの力が使えないからである。
これで俺は魔術系のカードや、その他ヘカテーと繋がりのある神々──世間的には悪魔や妖精、妖怪などと呼ばれているものも含む──の力を得られたのだ。
ちなみに繋がりを得る方法はそのカードを手に持ち、名前を呼ぶだけである。神々と繋がりができると自らのバインダーの中にそのカードが勝手に出現するのだ。慣れよう。
他にもぶっ倒すと繋がりが得られるぞ! 時に暴力はすべてを解決するのだ。
とにかくこれでデッキを組むことが出来る。
アニメ本編では主人公は熱血キャラで力で敵をねじ伏せるタイプのデッキを使う。そしてライバルはスピードを重視したデッキを使うクールなキャラ。ヒロインは癒しをテーマにしたデッキを使う美少女。そんなパターンが多かった。
そして俺ことヨシカドさんは初期は魔法を主体にした絡め手を使ったデッキを使っていた。ただし、シリーズが進むにつれて段々とデッキも変化していき、最終的にはゴリゴリの脳筋デッキになっていたが……。
ちなみに俺が前世で使っていたデッキはまだカードの力が開放されていないので使うことは出来なかった。
今はヨシカドさんが原作で使っていたデッキを思い出しながら作っていくことにしよう。
気付けば1時間ほどデッキをいじっていた。やはりカードゲームはこの瞬間が一番楽しい。神々との繋がりが必要じゃなければもっとデッキを組めるんだけどなぁ……。
俺が完成したデッキを片手に物思いに耽っていると、開かずの間の引き戸が静かに開いた。
「響! 大丈夫か?」
「大丈夫なの?」
父と母がドタドタと俺のもとにやってくる。俺はデッキを手に取り、二人に笑いかけた。
「大丈夫だよ。じゃあ父さん、勝負してくれる?」
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