第28話 白装


「少し、話をしませんか?」

「何?」

「いえ、アヤメさんには理解できるお話しだと思いまして」

「……」


 俺は肯定に否定もせず、ただそっと天喰に手を添えておく。実際のところ、俺はこのネヴィルという男がどのような人間なのか、はかりかねていた。


 今までの人生の経験からただ対峙するだけでも分かるものはあるが、相手の底は全く見えない。


 今まで戦ってきた貴族のように単純に俺のことを見下すのならば、話は早いが今回はあまりにも特殊な状況だった。


「アヤメさんは剣を極めたい。そして私は魔術を極めたい。結局のところ、同じだとは思いませんか?」

「同じ? 俺とお前がか?」

「えぇ」


 笑みを浮かべる。まるで友人に微笑みかけるように。


 しかし、俺はそれを否定する。


「違うな。目的は同じだが、手段が異なる。俺は他者を虐げるような手段は取らない」

「なるほど。しかし、極めるためになりふり構っているべきではないのでは?」

「俺たち人間は他者あってこそ成り立つのだ。それを否定しては、ただ孤独になり極めるという道も閉ざされる。人は人と交わるからこそ成長していくのだ」

「人と人、ね。これはもはや環境的な要因の違いでしょう。この魔術至上主義の社会は全てが魔術によって評価されます。そのために他人の命など消耗品でしかないと考えるのは、当然の帰結なんですよ」


 全くもって理解不能な思考だった。俺はもはや、ネヴィルの人間性に嫌悪感を覚える。


「当然? そのような社会を許容しては、人は滅ぶだけだ」

「技術の先に滅びがあるというのならば、受け入れましょう。世界はただ進むべくして、進んでいるのです。他人など所詮は魔術の糧になるための材料でしかありません」


 こいつは剣士を見下す貴族連中とは異なるが、それよりももっと異質な邪悪だ。そうでなければ、惨殺魔ザリッパーのような事件を起こすことはない。


 目的を果たすために手段を選ばない。無差別に他者を蹂躙し、その上で自分が先に向かう。命の尊さの理解などなく、ただ自分の欲望のままに進んでくだけの怪物でしかない。


「御託はそれまでか?」

「えぇ。ここからは戦いの中で語っていきましょう」

「……」


 天喰を構えて俺は一気に距離を殺す。一瞬の錯綜。俺の天喰の切っ先は既にネヴィルの喉元を捉えていたが、彼はスッと身を引いてそれを躱す。


「私、ちょっとした良い目を持ってまして」


 トントンと目の下を叩く。彼の目は黄金に発光していた。これは魔眼というやつだな。ただし、その目に集まる魔力濃度はエリックのものとは一線を画す。


「あなたの動きは追えていますので、そこはご理解ください」

「ならば──それを超えていくまで」


 俺はさらに剣戟の速度を上げていく。これについてこれる魔術師などいないと思っていたが、それでも彼は攻撃を避け続ける──が、隙がない訳ではない。


 俺はフェイントをかけて右腕を弾き飛ばそうとするが、それは叶わなかった。


「おっと。なるほど。魔力防御にかなりのリソースを割いてみましたが、これでも斬られますか」


 出血はしているが、これではかすり傷程度だ。確かに攻撃は浅く入ってしまったが、それでも切断するために俺は気を刀に十分に纏わせていた。


 それすらも防ぐということは俺も気力の配分を考えなければならないな。


 それにまだ、相手の魔術特性は理解できていない。魔眼をもって近接戦闘も十分にこなせることは分かったが、それだけだ。


「アヤメさん。あなたはやはり、剣聖をも上回る逸材だ。それでは、私の方も少し力を出してみましょうかね」


 周囲に出現するのは──液体だった。あれは水か? 透明度からして水のように思えるが、何か毒物が入っている可能性は捨てきれない。だが、天喰であれば斬れないものなどない。


「あぁ。これは本当にただの水ですから、毒物なんて警戒しなくていいですよ。ただし、貫通力には警戒した方がいいでしょう」


 刹那。俺の眼前に尋常ではない速度で発射された水が襲いかかる。俺はそれを天喰で何とか受けるが、あまりの勢いに後方に弾き飛ばされてしまう。


「……とんでもない魔力だな」


 完全に斬ることはできなかった。これほどまでの魔力が込められ、かつ異常なほどの圧力を持って射出された水の光線とも呼ぶべき魔術は、相殺するのがやっとだった。


「ふむ。あなたの刀は異能を打ち消すことができる。しかし、ある一定以上の密度の魔術であれば、その消す工程も時間がかかる。そうでしょう?」

「……」


 返答はしないが、正解だった。こいつは天喰の能力のことをよく理解している。


 天喰の喰らう能力は確かに、異能の質に応じて変化する。その異能に膨大な力がああるのならば、天喰であっても喰らうという作業に時間がかかる。もちろん、その分魔力を喰らえるので悪くはない。


 が、相手もそんなことは既に把握しているだろう。


「これは私のオリジナル魔術の水尖線すいそうせんです。水を圧縮して放つだけですが、それは時にオリハルコンですら容易に切り裂きます。惨殺魔ザリッパーの事件はこれの実験も兼ねていたんですよ。どうです、楽しめるでしょう?」

「なるほど。だが、俺がそれに対応できないとでも?」


 俺は刀身に雷を帯電させる。水属性をメインで使ってくるならば、雷で対処するまでだ。俺は刀身から体にも電撃を流して、神経を刺激する。


 そして、俺は先ほどの倍以上の速度でネヴィルに肉薄するが、彼は周囲に水球を生み出す。ふわふわと浮くだけでそれ自体は攻撃はしてこなかった。


「電気によって神経伝達速度を高める。そして、筋収縮すらもコントロールし、肉体性能を爆発的に上げる。非常に理にかなっている能力です。おおよそ、明確なカウンターは存在しません。私も雷属性は非常に優秀だと思っているます。けれど、水が電気に弱いのは絶対的なものではありません」


 俺はネヴィルを守るようにして展開される水球を斬り裂き、そこから雷撃を流そうとするが──それは出来なかった。


「超純水か」

「ご名答。雷撃を通すことはできませんよ」

「……」


 超純水とは不純物のない水のことであり、これによって雷撃は通用しない。本来、雷撃は水の中の不純物を辿っていくからだ。


 どうやら対策は十分にしているようだな。


 そして、俺はさらに速度を上げてネヴィルへと斬りかかる。相手は巧みに水球を壁にしながら攻撃を中和し、さらに水の光線によって俺への攻撃も仕掛けてくる。


 あの鋭利な傷はこれによって生まれたものか、と俺は内心で理解する。


 確かにこの以上なほどまでに圧縮された攻撃を喰らえば、ひとたまりもないだろう。


「実はこんな使い方もできますよ」


 周囲に散らばった水が一瞬で凍りつく。そして、俺の足元に氷が広がっていき、一瞬だけ身動きが取れなくなる。


 そして、俺の全方向から水尖線すいそうせんと呼ばれる魔術が襲いかかってきた。



「ははは! 流石にこれは防ぐことはできないでしょうっ!」



 高らかに笑っている。俺は水尖線すいそうせんを斬って防ごうとしたが、軌道を逸らすのがやっとだった。体には幾つも線のように抉られた傷が残る。血が滴り、徐々にその血液が広がっていく。


「アヤメさん。実力差は明確です。ここで諦めるのならば、痛みなく殺して差し上げますよ?」


 まるで慈悲を与ようとする言葉だが、俺はこの程度で諦める器ではない。


「俺の人生は──苦難の連続だった」


 ボソリと語り始める。これまでの人生の足跡を。


「絶対に勝つことはできない。自分よりも強い。そんな思考を持って戦ったことは一度もない。それに、どんな技術であっても完全完璧なものなどありはしない」

「いいえ。私の魔術は完璧です。そして神の領域へ踏み込むのです」

「神……か」


 そう言えば、神なんて存在が俺をこの世界に転生させたんだったか。その神は俺が人の領域を超えたとか言っていたか? 今、彼が神に言及したことでそんなことを思い出していた。


「人は完璧ではない。だからこそ、強くなれる。そして、お前の魔術も斬り伏せて見せよう。完璧な魔術を俺の剣でな」

「虚勢はそこまでです。あなたには攻略できる術はありません。では、さようなら」


 再び射出される水尖線すいそうせんだが、俺はそれを避けた。


「──何っ!? 人間が反応できる速度ではないはず──!」

「不思議とこの世界に来てから、本気を出すことを躊躇っていたんだ」


 俺はゆっくりと歩みを進める。


 そう。俺は一度たりとも、この世界に来てから本気を出したことはない。なぜならば、俺が本気を出せば相手は一瞬にして死んでしまうと思っていたからだ。


 エリックもグレアも加減をした上で倒してきたが、どうやらネヴィルには本気を出しても良さそうだな。


「天喰──白装はくそう


 天喰の奥の手である秘奥義を解放する。刀だけではなく、俺自身の姿をも純白に染まっていく。


「──さぁ、推して参る」

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