第26話 邂逅

 

 私は急いで王立図書館へと駆け出していた。


 今まで疑問に思っていたことが氷解していく感覚を覚える。惨殺魔ザリッパーの件は個人的にもおかしな点があると思っていた。


 どうしてここまでバラバラの場所で犯行に及ぶのか。どうして時間もバラバラなのか。しかし、それはただの愉快犯のものではないと私は直感的に思っていた。


 どこかに有機的な意味があると。


 そう思っていたからこそ、私は真実への糸口を見つけたかもしれないと思って今走っている。


「ルナちゃん! 何か分かったの……!?」

「多分……! 私の推測がハズレじゃ無い限り!」


 後ろからリアナちゃんが声をかけてくる。そして私たち二人は急いで王立図書館へと入っていく。


「えっと。古い魔術書は……」


 王立図書館には古代の魔術書から最新のものまで全てが揃っている。それに論文なども閲覧することができる。


 私はこの図書館で魔術の勉強をよくしていたが、確か私が思い描いているはずの魔法陣は古い魔術書にあった気がするのだ。


「古い……古いやつ」

「どれくらいの年代のやつなの?」

「一番古いやつかな」

「これじゃない?」

「あ! ありがとう、リアナちゃん!」

「声が大きいよ。静かにしよ?」

「う、うん……」


 リアナちゃんがそっと人差し指を口の前に立てる。私はあまりの興奮で声が大きくなってしまっていた。そして、目当ての魔術書を取り出すとそれを読み始める。


「確か……あった。これだ」

「似てるね。でも、多重構造では無いよね?」

「うん。でもやっぱりベースはこれだと思う……」

「これが本当だとしたら、大変なことになるね……」


 リアナちゃんは神妙な面持ちでそう言った。今、目の前に写っている魔法陣は禁術とされているものだった。人間の魂をエネルギー源として魔術に転用するものだ。


 人間の存在というものはそもそも魔力の塊のようなもので、非常に高密度なエネルギー源になる。それに着目した古代の魔術師はその禁忌の魔術を完成させようとしたが、理論的に上手くいかなかった。


 この魔術書にはそのように記述されている。


 同時に私は最近読んだ論文を思い出していた。


 完全に私の中で点と点が繋がっていた。


「リアナちゃん。論文を見にいこう」

「論文? どうして」

「最近発表された論文で魔法陣の多重構造理論をテーマにしたものがあるの」

「もしかして──」


 そこから先の言葉は憚られた。


 この惨殺魔ザリッパーの事件の真相は──古代に完成しなかった魔術を完成させることにある。


 私はそう確信していた。


「あった。これだ」


 ちょうど一週間前に発表された論文。テーマは、多重構造理論と魔術の可能性について。


 要約すると、魔術式を二重にすることで複合的かつ強力な魔術が発動できるというものだった。その理論は過去にも研究されていたが、魔術式を二つ重ねるのはあまりにも複雑なため、不可能とされていた。


 ただしこれには、その不可能を可能にするかもしれない内容が書かれていた。


 昨今、魔術テーマの流行は脳についてであり、このようなテーマはあまり見向きも知れない。実際に、魔術学会でも話題になっている話は聞かない。


 けれど私がこれを知っていたのは、アヤメさんのように立派な人間になりたいと思って、あらゆる書物を読み込んでいたからだ。


 アヤメさんと出会うことがなければ、きっと真実に辿り着くことはなかっただろう。


「色々と分かったけど……どうしよう」

「アヤメさんにまずは報告すべきじゃない?」

「確かに。そうだね」


 私たちはそうして王立図書館を後にしようとするが、図書館を出た瞬間に足元に魔法陣が展開された。


「これは──!?」

「転移の魔術……っ!」


 気がつけば私たちはダンジョンの内部へと転移させられていた。見渡す限り真っ白な空間で、微かに外灯が灯っている。


 そして、私たちは気がつく。


「ひっ」

「あれは……」


 魔物の死体だった。五つの首がある巨大な蛇。あれはヒュドラと呼ばれるSランクの魔物だ。ということは、このダンジョンフロアのボスということだろうか。


 けれど、頭部は全て切断されており、そこには緑色の血液が広がっていた。


 それはまだ鮮やかな色をしており、時間経過で生じる血液凝固の反応はない。つまり、このヒュドラを倒した存在はまだ近くにいる。


「お。もうやって来ましたか」


 視線の先。そこから歩いてくるのは、一人の男性だった。見た目は若く、上質なスーツを着込んでいた。そこには微かに緑色の血液が付着しており、この人がヒュドラを倒したのだと分かった。


「……ネヴィルさん?」

「あぁ。お久しぶりです。リアナ様。立派に成長されたようで」


 まるで昼下がりのティータイムのように、彼は平然と話かけてきた。私はそれを何処か不気味に感じた。


「どうしてあなたがここに?」

「ふむ。ここに来れたと言うことは真実に辿り着いたのでは? 一応、魔術書と私の論文には細工をしておきましたから」


 そう言うことか。あの魔術書と論文を読み、図書館から出ていくと発動するように魔術条件を組み込んでいたのだ。


「ただあれは貴族育ちの人間ではたどり着けないはず。リアナ様ではなく、あなたですね。真実に辿り着いたのは」

「……はい」


 私は彼と会話を交わす。背筋が徐々に凍りついていく感覚を覚える。


「お名前は?」

「ルナです」

「ルナさん。あなたはとても聡明です。あの事件の真実に辿り着いたのですから。心より、祝福致しましょう」

「……」


 パチパチと拍手をするが、私は手放しで喜ぶことはできなかった。だって、相手は大量殺人鬼なのは間違いないのだから。


「どうして、こんな事件を?」

「簡単な話です。魔術臨界を突破するためですよ」

「魔術臨界……現在、魔術という技術は上限に達している。その臨界点を突破しようということですか?」

「えぇ。理解が早くて助かります」

「人を犠牲にしてまでそれは成し遂げることなんですか……っ!?」


 私は糾弾する。確かに、この魔術至上主義の世界は歪なものではある。けれど、そこまでして技術を求める精神性が私には理解できなかった。


「私は幼い頃から、疑問に思っていました」


 彼はどこか遠くを見据えながら、まるで語るかのように話を続ける。


「どうして魔術とは存在するのか。この超常現象の先には何が待っているのか。皆は神が人々に与えた恩恵だと言っている。ならば、魔術の先には神が待っているのではないか。別に、魔術師が憎くて殺したわけではありません。私にとって、魔術師だろうが、剣士だろうが、人間はすべからく同じ命です。ただ私には全ての優先順位は、自身の知的好奇心が上だった。それだけですよ」

「……」


 あぁ。分かってしまった。


 丁寧な言葉遣いで態度も私たちを軽んじているわけではない。ただ彼は私たちと生きているステージが違うのだと。


 この純粋な邪悪とも呼ぶべき人間性はきっと、この世界が産み落とした闇の一つなのだろう。


 私は臨戦態勢に入る。


「おや? 戦うのですか?」

「あなたの蛮行は止めなければならない」

「ネヴィルさん。幼い頃から、あなたは私に優しくしてくれました。あなたは他の貴族とは違い、剣士を見下すようなこともなかった。全てに等しく優しい。そんなあなたのことを尊敬していました。けれど、それは違います」


 リアナちゃんも私の真横に立って、そう言ってくれた。


「正しい、正しくない。これはそのような問題ではありません。私は自己の内側にある本能に従っているだけ。しかし、分かっています。普通の人間であればこれは許容することはできないことであると。ならば──障害は取り除きましょう。魔術の先へ、神の元へと辿り着くために」

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