第11話 対峙


「私はライトと言います。あなたは?」

「アヤメだ」

「アヤメさん。まずは残念なお知らせがあります」


 剣聖ライトは俺に真っ直ぐ視線を向けてくる。


「現在、怪我をしていまして。あなたが望むような立ち合いはできないでしょう」


 彼は右手を軽く上げる。包帯が巻いてあるのは気がついていたが、怪我か。それならば、無理強いはできないな。非常に残念ではあるが。


「先生」


 彼の隣にいた少女が剣聖に話しかける。


「何かな?」

「その立ち合い。私が代わりにしてもよろしいでしょうか?

「構わないけど。おそらく、彼は達人だよ」


 やはり、剣聖側もある程度の俺の実力は見抜いていたか。慧眼であるのは間違いなさそうだ。


「分かっています。しかし、私も自分の実力を確かめたいのです」

「……焦る気持ちは分かる。君を取り巻く、も。本当は反対したいところだけれど、彼と立ち会えるのはいい機会かもしれない」


 どうやらあの少女と立ち合いをすることになりそうか。


「アヤメさん。すみません。彼女との立ち合いでよろしいでしょうか」

「構わない。剣の道を進む者であれば、拒む理由はない」

「ありがとうございます」


 相変わらず、剣聖は物腰丁寧だった。俺たちの世界の達人は誰もが鋭い雰囲気を纏っていたが、彼はそうではないらしい。


「アヤメだ。よろしく頼む」

「……リアナです。よろしくお願いします」


 依然として深く頭巾を被っているので、顔はしっかりと見えない。が、声色はとても澄んでいて美しい。一連の所作も無駄がなかった。


「では、両者見合って」


 俺は天喰を抜刀して構える。もちろん能力の解放はしない。


 これは模擬戦であり、決闘ではない。


 真剣での打ち合いにはなるが、傷つけることはしない。


「……ゴクリ」


 彼女が緊張している様子が窺える。その目もどこか真に迫っているような気がした。先ほどの会話から察するに、色々と事情を抱えているのかもしれない。


「では──始めッ!」


 剣聖の覇気のこもった声と同時に、彼女は一気に距離を詰めてきた。


「ハアアアアアアア!」


 悪くはない。だが、実力は全て把握した。


 俺は上段から降り注ぐ剣閃を軽く受け止める。


「ぐ……っ!?」

膂力りょりょくでは勝てないぞ」

「それでもっ……!」


 激しい鍔迫り合いになるが、急に彼女の剣の重みが増す。単純に身体強化の魔術を使用しているだけではなく、剣そのものが重くなった感じだ。


 これは魔術の対象を剣にしているのか。なるほど。そのような使い方もあるとは、勉強になるな。


「なるほど。そういう使い方もできるのか」


 感心しながらも、俺はその重みのある剣を軽く弾き飛ばした。


い。もっと打ち込んでくるといい」

「やあああああっ!」


 声を荒げ、彼女はさらに剣を打ち込んでくる。


 努力の足跡が容易に見て取れる。一体どれだけの努力をすれば、この若さでこの剣を身につけることができるのか。


 俺は一通り彼女の剣を受け続け、最後に相手の剣を上に弾き飛ばす。


 剣を手から離すことはなかったが、胴体がガラ空きになる。


 そして、喉元に刀の切先を突きつける。


「……ま、参りました」


 彼女が降参をしたので、俺は天喰を納刀する。


「いやぁ、素晴らしい腕前でした。リアナくんも悪くはなかったですよ」

「先生。ありがとうございます。アヤメさんもありがとうございました」


 リアナと呼ばれる少女は頭を軽く下げた。


「あの。それほどの剣、一体どこで身につけたのですか?」


 リアナから質問をされるので、俺は素直に返答をする。


「戦場だ」

「戦場……」

「しかし、君の剣は純粋な剣技ではないように感じだ。おそらく、まだ本領は出していないのだろう。推察するに、魔術と組み合わせた剣技だろうか? 剣に魔術を付与していたが、本来はもっと魔術を展開できるだろう」

「……っ! そこまで、分かりますか?」

「立ち回りが特殊だと思ってな」


 彼女の剣は確かに素晴らしいものだったが、純粋な剣士であるかと問われれば、違うと俺は答える。


 時折混ざっていた魔術の兆候。発生は速く、精度も高い。先日決闘をしたエリックよりも、上回っていた。


 おそらく彼女は魔術の方が得意なのだろうが、なぜ魔術師が剣を使うのかは分からなかった。


「アヤメさん。利き手ではない左手一本にはなりますが、私ともしますか? あなたが望むものではないかもしれませんが」

「そうだな。一応、それでも見ておきたい」


 怪我をしているとは言え、相手は剣を極めた剣聖。俺は彼の実力の片鱗に触れたいと思った。


 互いに剣を構える。剣聖は左手一本だが、それでも隙は見当たらない。


「では、始めっ!」


 リアナの声と同時に、模擬戦が始まったが──両者共に動くことはない。


 微かに移動しながら、お互いの様子を窺っている。


 掴めないな。こうして向き合えばある程度は分かるものだが、俺は剣聖の底を見通すことはできなかった。


 転瞬。彼はいつの間にか距離を詰め、俺に肉薄していた。


「やるな……」


 ぼそっと俺は呟く。彼はおそらく、俺の瞬きの間に距離を詰めてきたのだろう。


 けれど、それに反応できないわけではない。すぐさまその攻撃を躱すと、俺もまた反撃に出る。


「──驚いた。今のを受けるのではなく、避けますか」

「そちらこそ、凄まじい速さだ」


 これが左手だけで行われているのだから、驚愕するのも無理はない。剣聖はまるで演舞のように俺の攻撃を躱し、器用に左手だけで剣を操る。


 何度か剣を受け止めたが、重い。リアナのような魔術的なものではなく、純粋な膂力りょりょく。あの細く見える身体からこの重さ。おそらくは天性のものだな。


 だが、流石に戦いは拮抗することはなかった。俺は彼の剣を弾いてから、刀を突きつけて立ち合いは終了した。


「参りました。いやぁ、凄まじい剣ですね」

「いや、そちらこそ素晴らしい剣だった。いつか万全の状態で立ち合いたいものだ」


 仮に剣聖が万全だったのなら、俺と肉薄した試合をすることができただろう。俺はそれほどまでに彼の才能を認めていた。


「極東のサムライですか。伝聞では存在を認知していましたが、世界は広い。自分もまだまだであると痛感しましたよ」

「剣聖殿の年齢は如何ほどだ?」


 俺は気になったことを素直に尋ねてみることにした。


「私は二十八歳ですよ」

「……なるほど。二十代でその領域か。まさに天才だな」


 現状、万全であったとしても俺の方が実力は上だろう。けれど、俺は膨大な人生の時間を剣に捧げてきた。一方で彼は、まだ齢二十八。その若さこの強さ。


 努力では説明のつかない、天賦の才が宿っているとしか思えない。


「天才ですか。確かに私はあまり剣術の理論的な部分が分かりません。感覚で剣を振っているところがあります」

「それでいいと思う。剣聖殿は変に理詰めをしないほうがいいだろう」


 天才は凡人では理解できないからこそ、天才なのだ。そこに不純物は必要ない。



「失礼な言葉になりますが、逆にあなたの剣からはあまりを感じませんでした」



 その言葉にルナとリアナが反応する。


「え……?」

「あれほどの力量があって?」


 額面通り受け取れば、侮辱に聞こえるかもしれない言葉。

 

 だがそれは事実であり、そこまで見抜いた剣聖はやはり傑物だな。


「その通りだ。俺は才能に乏しい人間だった」

「あなたの剣は膨大な努力と経験値に裏付けされたものだと思いました。しかし、それは天才が辿り着ける域すら超えているでしょう。もはや修羅の道。あなたのような人に出会えて良かった。私もさらに精進します。あなたのような気高い剣士になれるように」


 握手を求めてくるので、それに応える。達人同士が剣と剣を交える。それは対話にも近い。


 彼は俺の今までの人生の足跡を、剣から感じ取ったのだ。


 彼の言う通り、俺に剣の才能はさほどなかった。けれど、努力だけは得意だった。


 ある日妖刀を手にして、俺はその使い方を学んだ。これはまさに自分に適している刀であると。


 そして、人生の全てを剣に捧げた。気がつけば史上最強の剣豪と呼ばれ、あらゆる戦場で不敗だった。そんな俺だからこそ──才能がないからこそ、俺の剣は磨かれてきたと自負している。


「こちらこそ、急な提案にもかかわらず、立ち合いを了承してくれて感謝する」

「あなたほどのオーラを纏っている剣士の立ち合いを断る理由はありませんので」


 そして、彼は唐突に予想もしない言葉を発する。


「アヤメさん。急な提案になりますが、よければリアナさんをみてくれませんか?」

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