双竜使いの無能乙女
夜狩仁志
第1話前編 守護精の卵、未だ孵化せず
「リーナって、まだスキルが開花しないの?」
「その年で孵化してないのは、貴女だけよね」
「もう諦めたら?」
「腐ってんのよ、きっと」
大声で笑いながら、
もう何度も受けてきた嫌がらせや悪口でも、決して慣れることはありませんでした。
私は反論することも出来ずに、ただその場でじっと立ちながら、奥歯を噛み締めることしかできません。
なんで私だけ?
もう何度も繰り返したであろう言葉。
今日もまた自問自答するのでしたが、いつまでたっても答えは帰ってきません。
取り残される孤独感と劣等感。
焦りと不安で潰れそうな毎日が続くのでした。
この世界で私達人間は、卵を一つ抱えながら誕生します。
それは神様からの
守護精によって人は
そのため私達は己の心身のみならず、卵を守り大切に育て、孵化させようと勉学に励むのでした。
もちろん、この私も一握りのエメラルド色の卵を抱きながらこの世の誕生しました。
両親は一人っ子だった私と卵を大切に育ててくれました。
私が物心がつくころ、お母様から卵の説明を何度も受けました。
「リーナ、この卵はとても大切なものなの」
「たいせつ?」
「そう、の運命を左右するほどのもの」
「?」
「これによって人間の才能が決まってしまうのよ」
「さいのう……が?」
「命と同じくらい大事にしなさいね」
「はい!」
子どもながらに、この卵は無くしてはいけないものなのだと感じ、もう一つの命のように扱い、肌身離さず持ち歩いていました。
寝る時も枕元に。
散歩する時は胸の中に。
食事をする時は隣の椅子に。
割らないように。
失くさないように。
奪われないように。
私の大切な
何が産まれるのだろう?
きっと奇麗で、
大きくて、
強くて、
可愛くて……
ベッドで卵と添い寝する私は、期待と希望を抱き、明るい将来を夢見て眠るのでした。
卵はある一定の期間を迎えると自ら割れて、中から守護精霊が誕生します。
その姿は様々で、妖精の姿をしたものや、可愛らしい小動物のような姿。
または、ガスや霧状の物や、禍々しい悪魔のような姿……
実態や自我を持たない精霊は、その後宿主である人間に一生寄り添い続けます。
お父様の守護精は、手のひらに乗るような小人の姿をしておりました。
いつも左肩に乗って、じーっとしているのです。
その守護精は金細工のスキルがあったようで、そのためお父様は小さな装飾店を営んでおりました。
お母様は、蝶のような羽を生やした守護精を、頭の髪の毛の中にいつも潜ませておりました。
スキルは植物の才能でした。特に薬草を見極める能力にたけておりました。
私たちから見たら、道端に生えているようなただの草でも、体に有益かどんな効果があるのか。毒を含み食用に適さないかを瞬時に判断できるスキルでした。
そのため家には草木が置かれ、毎日たくさんの草花に囲まれて生活していました。
そんな幸せいっぱいの、両親から愛情を注がれて育った私。
私もお花を綺麗に咲かすスキルだったら、いいなー
お父様のように、宝石を見極める能力も素敵ね!
幼い頃の私はそんなことを夢見て、毎日卵を大切に温めるのでした。
良い守護精を孵化させるためには、努力も必要です。
もちろん心身共に健康を維持し、勉強も頑張らなくては、守護精の誕生に悪影響を及ぼします。
そのため、同年代の子達と共に学舎に行き、様々なことを学びました。
しかし……
走っても、
数式を解いても、
魔法を勉強しても、
裁縫も、料理も、馬術も、剣術も、絵も、音楽も、錬金術も、歌も……
私は何をやっても
一日中一緒にいても、卵のまま。
朝起きても、卵のまま。
「お母様……」
「焦ることは無いわよ。心の不安は卵にも影響しますからね」
最初の頃は、こんな私でも周囲の人達は励ましてくれていました。
しかし、お父様やお母様の卵が孵化した年齢に達しても、なにも変化はなく……
同い年の子達は次々と孵化して、守護精が誕生しスキルを手に入れ始めていました。
お隣の子も、道具屋の子も、一緒に遊んでいた近所の年下の子どもたちも……次々と……
「ねぇ、リーナ見て! 私の守護精様、可愛いでしょ。私ね、ダンスの素質があったみたい!」
「素敵ね、似合ってるわ」
「俺の卵が昨日孵化してさ! 体術の才能だったぜ」
「おめでとう。毎日稽古、頑張っていたものね」
回りの子達は、嬉しそうに報告してくれました。
私も心から歓迎し、祝福していました。
その裏で、いつか自分も、という願いと焦りの混じった期待感で、人知れず背中が押しつぶされそうになっていきました。
みんなはもう……
でも私だけ……
もう18歳を迎えたというのに、卵のまま……
このまま才能がないまま、一生を終えてしまうの?
こうして近所でも学舎でも私だけ取り残され、いっこうに才能が開かない私。
ついに呆れられ、見限られて、周りからは白い目で見られる日々。
卵が孵化しない者。
卵を紛失したもの、事故などで割れてしまったものは、能無しと蔑まれ、奴隷のような扱いを受けます。
その者の未来は、社会的な死が待っているのです。
そういった人たちは、不運なことに稀に存在するのです。
ある人は家を追い出され、街を離れ、国を追われて、年老いるまで孵化することのない卵を抱えたまま、人知れず山奥でひっそりと一生を終える者。
自分の不注意で卵を潰してしまい、職も持てず、結婚もできず、奴隷のようにこき使われる者。
このままでは、私も能無しに……
毎日、明るい将来を夢見た夜も、今では朝を迎えるのが怖くて眠れない。
もし朝になって目を覚まして、卵が潰れてたら……
そんなある夜、この日も眠れずにいたところ……
こんな遅い時間にも関わらず、お父様の部屋に明かりがついていました。
どうしたのかしら?
と、部屋の中をこっそり覗いてみると、お父様とお母様が、なにやら深刻な表情をしながら話をしているのでした。
「リーナには、どうしたものか。もしかしたら、もう……」
「あなた?」
「もう18だぞ。少し異常じゃないか?」
「……20歳に孵化した例もあるって言いますし」
「このままでは、世間が許さんだろ」
「それは……」
「能無しの娘がいる店に、誰が来るって言うんだ!?」
「……」
「スキル無しなんて、嫁ぎ先もないだろ」
「……」
「幸い、お前に似てブロンドの美しい髪と、整った容姿顔立ちだ。器量もよい。だから……」
「あ、あなた!?」
「王宮に仕様人として奉公させるしか……運よく貴族の寵愛でも受ければ……」
「なんてことを!」
「それなら早い方が……若い方が良い。まだ間に合うだろう」
「でも、あの子が! あんまりじゃないですか!?」
「スキル無しなら、
「…………」
うそ!!
卵が孵化しない私が!
身売りに!?
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