第二三章 今度は魔物退治に行こう!
「シンプルにキモイわね……」
アームカールをしながら男泣きする俺の姿に、ラシェルはドン引きしていた。
だが、いずれ彼女も自ら望んでダンベルを振り回すようになるだろうことを俺は確信している。
筋トレは底なし沼のようなものなのだ。
ハマれば最後、決して逃れることはできない。
「お前さんがそれを使うのに必要だと言っていた椅子も用意しておいた」
ガストンが歩み寄ってきて、壁に立てかけられている板のようなものを指さした。
よく見ると、それは折り畳み式のアジャスタブルベンチのようだった。
壁から下ろしてベンチの土台となる部分を床に下ろす。
背もたれの後ろに接合された可動式のバーと、土台部分についたフックが噛み合うようになっていて、それによって座面の角度を調整できるようになっているようだ。
座面と背もたれは木の板になめした皮を貼りつけただけのシンプルなもののようで、固くはあるが滑りにくく、しっかりと体を固定することができる。
土台は鉄製だとばかり思っていたが、よくよく観察してみると鋼鉄製のようだ。
そのような注文をした覚えはないから、高重量でのトレーニングにも十分耐えうるようにとガストンが気を利かせてくれたのかもしれない。
何と素晴らしき職人魂だろうか。
俺はラックから40kgのダンベルを持ちあげると、ベンチの座面に腰を下ろし、一旦膝の上にダンベルをおいた。
そして、地面を蹴り上げる勢いで高くダンベルを持ちあげると、そのまま三十度ほどの角度に傾けたシートに上体を預けてインクラインダンベルプレスを行う。
素晴らしい!
まさに一年ぶりのウェイトトレーニングだ!
基礎ステータスの影響で40kgでもまだ少し余裕を感じられたが、脇を開いてフライプレス気味にすることでかなりしっかりと大胸筋の伸長刺激を感じることができた。
俺はプレス動作を終え、ダンベルをラックに戻しながら今一度泣いた。
「どんだけ感動してんのよ……」
げんなりと肩を落とすラシェルは無視してガストンのもとまで駆け寄ると、俺はその手を固く握りしめた。
「ありがとう、ガストン! あなたは俺の魂の救済者だ!」
「あ、ああ、礼にはおよばん。貰うものは貰っておるしな」
ガストンもちょっと引いていた。何故だ。
——と、不意にガストンの顔が神妙なものになり、俺の手をやんわりと解きながら口を開く。
「もしお前さんがそこまで恩に着てくれるのであれば、少し頼まれてはくれんか」
ふむ、ガストンが頼みごとか。
彼があまり他人を頼るような印象はないので、よほどのことかもしれない。
ここまで立派なダンベルとベンチを用意してくれたのだ。
俺にできることならば何でも協力したい。
「遠慮なく言ってくれ」
俺が力強く答えると、ガストンは少し思案するように顎髭を撫でてから言った。
「うむ。実はそろそろ娘を嫁入りさせたいとおも」
「ダメよ! ダメでーす! その頼みは聞けませーん!」
ラシェルにドロップキックでガストンの前から蹴り飛ばされた。
「キョウスケ、ちょっとこっちに来なさい」
それから俺は工房の隅っこまで引きずられて行く。
「何なの!? この村はあんた以外に若い男がいないの!? なんで婿って言葉がこんなにホイホイ出てくるわけ!? 田舎あるあるなの!?」
幾分か小声で捲し立てられる。
言われてみれば確かに、この村ではあまり若い男の姿を見ない気がする。
辺境にある片田舎の村とはいえ、旅人や冒険者が立ち寄ること自体はそこまで珍しいことではないので、そういったタイミングで見かけることがあるくらいだろうか。
以前に聞いた話では、この村には学校がないらしい。
そのため、村の若者たちは年頃になるとみんなノティラスにある全寮制の学校に行ってしまうという。
そして、ほとんどの場合はそのまま卒業後にそちらで仕事を見つけ、ノティラスに定住してしまうのだそうだ。
といっても、そのうちの半数くらいは結婚したり子どもができたくらいのタイミングでまた村に戻って来るらしく、村の総人口自体はここ数年で大きく変わってはいないらしい。
もちろん、もう随分と前に聞いた話なので、正確なことは何も言えないが。
俺たちのやりとりを遠巻きに見ていたガストンが、髭をさすりながら歩み寄ってくる。
「なんだ。おまえさんたち、ただの旅仲間か何かと思っていたが、夫婦同士だったか」
「め、めお……!? ち、ち、違います! 違いますけど! でも、でも、嫁入りはダメです!」
「ドワーフ族は男が複数の嫁を持つことも、あるいはその逆も気にしない。遠慮しなくて良いのだぞ」
「え、遠慮!? 違います! きょ、キョウスケは人間ですから! 人間族は基本的に一夫一妻なんですよ! そうよね、キョウスケ!?」
もうどうせなら俺に話を振らずにそっちで解決してほしい。
「まあいい。娘のことはついでに言ってみただけでな。実は本当に頼みたいのは裏山のことなのだ」
唐突にガストンが話の矛先を変えた。
「つ、ついでで頼むようなことなの……?」
小声でラシェルが訊いてくるが、ドワーフ族の生態なんて俺が知るはずもない。
しかし、裏山のこととはいったい何だろう。
確か新しい鉱脈が見つかったとかでアイシャが調査をしていたという話だが、その際に何か問題でも見つかったのだろうか。
「うむ。実は山頂付近に禿鷹どもが新しい巣を作っているらしくてな」
「禿鷹……」
ガストンが腕組みをして忌々しげに頷く。
禿鷹――かつて俺がいた世界では死肉をあさる食性のある猛禽類の総称として使われていた言葉だが、この世界では少し違う。
単純に魔物として禿鷹と呼ばれるものがいるのだ。
別名『ヒト喰い鷹』とも呼ばれていて、ヒトの死肉を好むだけでなく、自ら目についたヒトを襲って餌にしようとする凶悪さも持ち合わせている。
非常に危険な魔物だ。
しかも、それが裏山に巣をつくったとなれば、戦う術を持たない一般人が近づくのは命の危険があるし、たとえ結界があるとはいえ、この村も完全に安全だとは言い切れない。
「もしそれが事実なら、ガストンの頼みでなくとも放っておくわけにはいくまい」
俺が拳を握りながら力強く言うと、ガストンは珍しく少し笑った。
「ありがとう。お前さんならそう言うと思っておった。やはりアイシャの婿にはお前さ」
「ダメでーす! それは絶対にダメでーす!」
そして、俺はまたしてもラシェルのドロップキックをくらうことになった。
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