九 家宅改めと吟味

 神無月(十月)九日。

 曇天の午前。

 鍼医室橋幻庵の葬儀がすんだ。


翌日神無月(十月)十日。

 晴れの、朝五ツ(午前八時)。

 町方と特使探索方が室橋幻庵の家に現われた。

「幻庵先生の葬儀がすんだばかりにあいすまぬ。おさきさんと和磨さんと家の者たちに訊きたい事がある」

 与力の藤堂八郎はおさきに奉行所の書状を見せて、家に上がった。



 奥座敷で藤堂八郎はおさきに、簪をいくつ持っているか尋ねた。座敷の隅には特使探索方の日野徳三郎と唐十郎が控えている。

「二本でしたが、金の平打簪を無くしてしまいました。

 この夏、幻庵が、金の蝶の平打簪と、金の瑪瑙の玉簪を買ってくれたので、古い物は小間物屋の与五郎さんに引き取ってもらいました」

 藤堂八郎は与五郎から、おさきが処分した簪の裏は取ってあった。与五郎は幻庵に簪を六本売っている。あと四本の簪がどこにあるか、藤堂八郎はおさきに尋ねた。

「私のもとに金の平打簪と玉簪の合せて二本。和磨の許嫁に金の平打簪と玉簪が合せて二本。私が知るかぎり、幻庵が私と和磨に渡した簪はこの四本です」


「そうか・・・」

 これで、藤五郎が銀の簪を二本持っていた理由がわかった。あの銀の簪は、幻庵が藤五郎に頼まれてそろえた物だ。小間物売りの与五郎も、藤五郎の銀の簪を、幻庵に売った簪の二本だと認めている。

 幻庵は、銀の簪が血で変色するのを知って、藤五郎に銀の簪を渡した・・・。

 唐十郎はそう思った。


 藤堂八郎はおさきに、吉田屋吉次郎から使いが来て幻庵が往診へ出かけた夜、和磨が家に居たか尋ねた。

「和磨は臥所にしている座敷の褥にいました。それは、私が確認しています」

 幻庵が往診へ出かけた後、おさきは和磨の臥所を覗いた。和磨は褥に居た。有明行灯の明りだが、それをはっきり確認している。


 藤堂八郎は、六助が亡くなったと思われる夜と山形屋吉右衛門が亡くなったと思われる夜、幻庵がどこに居たか尋ねた。

「六さんが見つかった前の夜、幻庵は牧野豊前守様の上屋敷から戻って、そのまま厠にこもりました。牡蠣に当ったといって、翌日も厠と臥所を行き来する二日間でした・・・。お梅が手水ちょうずを用意しましたから、お梅も知っています」

 そうであったかといって藤堂八郎は、おさきの説明は事実だろうと思った。


 藤堂八郎は、つかぬ事を訊くが気を悪くせんでくれと断って、和磨の父親が誰か教えてくれと尋ねた。

「幻庵です。亀甲屋に奉公している私を幻庵が見初め、和磨ができました。

 和磨が藤五郎の子供だと噂になりましたが、藤五郎は女に興味が無く、金儲けだけを考えていました。

 幻庵も私も和磨が実の子だと話しましたが、和磨は巷の噂を聞いて、考えこんでいました。

 幻庵は、和磨が大きくなるに連れて幻庵に似てきた事から、いずれ真実を理解するだろうと思っていました・・・」


「いろいろすまぬ。また控えていてください」

 藤堂八郎はおさきにそういって、同心の岡野に、下女のお梅を連れてくるよう指示した。 岡野はおさきを連れて別室へ行き、下女のお梅を連れて戻った。

 藤堂八郎の問いにお梅は、幻庵先生は腹を下して二日間、厠へ出たり入ったり、寝たり起きたりの日々でしたと話して、おさきの説明を裏付けた。


「岡野。和磨さんをこれに」

 岡野はお梅を連れて退室し、和磨を連れて戻った。



 和磨が、藤堂八郎が座っている書物机の前に正座した。藤堂八郎は、六助と山形屋吉右衛門が亡くなった夜、幻庵がどこに居たか知っているか、と和磨に尋ねた。

「父は、六助と吉右衛門が亡くなった思われる夜、出かけていたようでした。夜、臥所を確かめました。父の臥所は空でした。そんな事が二晩続きました・・・」

「その事をどう思ったか話してくれ」

 そう訊きながら、藤堂八郎は和磨の話しぶりに、幻庵の子息だけあって腹が座っていると思った。


「父が小間物売りの与五郎さんから六本の簪を買ったのは知っていました。母に渡ったのは金の二本でした。私が許嫁に渡したのが金の二本。残りの銀の二本は父が持っていたはずでした。

 二本軸の簪は特別な用途に使えるのを父から聞いていましたから、毎月一日に六さんが届けていた薬入りの菓子の関係で、父が二本軸の簪で、六さんと吉右衛門を手にかけたと思いました・・・」

 和磨は、菓子折りの菓子から痛み止めの薬湯のような匂いがした、と話した。


 藤堂八郎は、筋の通った和磨の話しぶりを幻庵と話しているよに感じながら、薬入りの菓子について和磨の知る限りを話してくれ、といった。

「はい。毎月一日に六さんが届けた風呂敷包みの桐箱に入った菓子で、痛み止めの薬湯のような匂いでした。阿片ではないかと思いました」


「そうか・・・。

 ところで、六助と吉右衛門が亡くなったと思われる夜、幻庵先生は腹を下して、ずっと厠にこもっていたとおさきさんが話した。お梅さんも認めておる。

 二日間、鍼治療は休みだったのであろう」

「それは・・・、そうでしたが・・・」


 藤堂八郎の問いに和磨の顔色が変ったのを、唐十郎は見過ごさなかった。


「それに、幻庵先生が与五郎から買った二本軸の銀の平打簪と玉簪が亀甲屋の藤五郎の部屋から見つかった。与五郎が、幻庵先生に売った銀の簪の二本だと認めた、

 簪は軸が黒く錆びていた。以前から人を刺していたのであろう。

 幻庵先生は、銀の簪が血で変色するのを見越して、殺害の証拠になるよう、二本軸の銀の平打簪と玉簪を藤五郎に渡したのだと思う。

 また、目撃者の証言から、六助と吉右衛門の両名は、殺害された夜中に藤五郎とともに居た事が判明している。藤五郎が両名を殺害したのはまちがいない」


「・・・」

 和磨は言葉を無くした。正座した袴の膝頭に置いた手を強く握りしめ、気持ちをおちつかせた。

「幻庵先生が発見された朝、大伝馬町の自身番でおさきさんが、

『幻庵先生が亡くなった夜、先生は吉田屋を往診したあと亀甲屋へ行くといっていた』

 と話したが、亀甲屋の奉公人は幻庵先生が尋ねてきたのを知らなかった。

 和磨さんは、先生がどこへ行っていたか知っていたか」

「いいえ。知りません」

 和磨は藤堂八郎の眼差しを避け、藤堂八郎の眉間を見てそう答えた。


「和磨さんは六助と吉右衛門の検視現場を見ていた。

 ふたりの後頭部の鍼痕が鍼治療とは異なることに気づいたはずだ。

 違うか・・・」

 藤堂八郎は、二人の検視現場を見ていた野次馬の中に、和磨の姿を確認している。

「はい。鍼治療の鍼痕ではありません。もっと太い鍼によるものです」

 和磨おちついてそう答えた。


「幻庵先生が藤五郎に簪を渡したのを知っていたか」

「いえ、知りません」


「岡野っ。人払いしてくれっ」

はい、といって同心たちが町方と家の者たちを連れて隣の座敷から出ていった。

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