うちの兄・姉が過保護すぎる!
成瀬
第1話 その男手遅れにつき
放課後の空き教室。向かい合う男女が一組。
時刻は午後6時を回ろうとしていたが、夏本番を控えた夕暮れの空は明るく、窓の外は下校する生徒達で賑やかであった。
一方、校舎にいるのは、教職員ばかりで、生徒は殆ど残っておらず、昼間の喧騒とは打って変わって静まり返っていた。
「ごめんね?こんな時間に呼び出して」
「ううん。気にしないで良いよ。それで、話って何かな?」
少女が申し訳なさそうに話を切り出すと、相手の少年は特に気分を害した様子は無く、穏やかに呼び出された要件を聞き出す。
暫しの沈黙。二人の間に漂うのは、ぎこちなくもどこか甘酸っぱい空気。ここまで来れば、誰の目にも明らか。そう、少女の要件とは告白であった。
少女は幾度か深呼吸を繰り返すと、意を決した様に顔を上げ、ゆっくりと喋り出す。
「あ、あのね。今日は、私の気持ちを伝えたくて来てもらいました。すぅ〜、はー。私は、貴方のことが好きです!きっかけは一目惚れだったけど、2年生に上がって、同じクラスになって、貴方の内面を知る内にどんどん恋に落ちていきました。この気持ちは、誰にも譲れない。だから、私と付き合ってください!」
頬は薄っすらと赤く染まり、くりくりとした大きな瞳には、じんわりと涙がにじんでいる。
男が10人いれば、15人は即答でOKと返事してしまうかの様な美少女からの、初々しい告白に少年はどう返すのか。
「まずは、ありがとう。こんなに真っ直ぐな気持ちを伝えられたのは初めてで、凄く嬉しいよ。俺自身としても、君に応えたいと思ってる」
「そ、それって…」
告白が受け入れられた喜びから、少女は口元を手で抑え、潤んだ瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
だが、そこへ待ったが掛けられる。他でもない、少年の口から。
「だけど、一つだけ条件があるんだ」
「じょうけん?」
思わぬ展開に理解が追いつかず、おうむ返しに声を出すことしかできない少女。涙も引っ込んでしまったようだ。
「そう、条件。これを飲んでくれない娘とは、付き合えないかな」
少年は、少し勿体ぶった風にそう話す。一方、少女はそれを受け、
「何でも言って。私に出来ることなら、可能な限り応えるから!」と
見る人がみれば、向日葵の様な人を惹きつける魅力的な笑顔でもって、少年に返答する。
「ありがとう。でも、そんな気負わなく良いよ。とても簡単なことだから」
「本当?良かった〜。なら、安心だね」
多少雲行きが怪しくなったが、どうやら無事に恋人同士になれそうな雰囲気の二人。
だがしかし、事はそう単純ではない。何故なら…
「本当に簡単なことだよ。ほら、今年から一個下に俺の妹が入ってきたでしょ?条件っていうのは、登下校は毎日妹も入れて行くこと。基本、俺は妹の希望を最優先で叶えたいから、デートは月に1回程度が望ましいかな。もし途中で、妹から何かお願いがあった場合は、デートを切り上げて、そちらに向かうので悪しからず。俺の誕生日は祝わなくてもいいけど、妹の誕生日は毎年必ずプレゼントを贈ること。万が一、いや億が一忘れた場合はすぐに別れるので。まあ、世界で最も尊い存在である、俺の妹の生誕祭を忘れる訳ないと思うから、これは心配しなくていいよ。それから……」
全くもって、条件一つではない。
「あ、もう大丈夫です。この話は最初から無かったことにして、綺麗さっぱり忘れて下さい。さようなら」
スンッと悟った様な表情で、矢継ぎ早に言葉を捲し立て、これ以上関わりたくないとばかりに、少女はその場を立ち去って行った。
それもそうだろう。告白したその日に、この様な悍ましい事を本人の口から聞かされれば、100年の恋も大量の氷水で冷やされた後、厳重な金庫に放り込み、鎖で雁字搦めにして、黒歴史として永久に封印したいくらいだ。
「待って、話は最後まで!…って、もう行っちゃったか。まだ、半分くらいしか喋ってないんだけどな」
あれで半分か。呆れ通り越して、尊敬すらしてくるわ。
「じゃあ、いいや。代わりに、ナレーターさん聴いてくれる?」
おい、やめろ。シスコンくそ童貞。
物語のお約束を破って、ナレーターにぬるっと話しかけてくるんじゃない。
「え〜と、どこまで話したんだっけ?そうだ、俺の妹の誕生日は全人類、いや宇宙規模で祝うべきだって所からだったかな」
そんな話はしていないが?
「全く。ナレーターさん、俺の話ちゃんと聴いてた?妹は過去・現在・未来全ての時空を超越した尊い存在であるから、一度その誕生日を知れば忘れる訳がないって説明しただろう」
なるほど、さっぱり分からん。
「は〜、仕方ないなぁ。これから、猿でもわかる様に懇切丁寧に、俺の妹の存在の尊さを説明してあげるよ」
いえ、結構です。
「いいかい?まず、俺と妹が初めて出逢った時、ビックバンが発生して、宇宙が創出され……」
この聞かれてもいない事を勝手に喋り出し、謎理論を提唱する少年は「三日月蓮」。
大変不本意ながら、この物語の主人公その1である。
北欧にルーツを持つ母親譲りの艶やかな金髪、澄み切った空を連想させる蒼い瞳、細身の体格ながらも身長は178センチ、スラリとした手足には一切のムダ毛がなく、いついかなる時でも微笑みを絶やさない。
そんな御伽話から飛び出してきたかの様な容姿から、ついた渾名は学園の王子様。しかし、彼を良く知る人物からの評価はまったくの別物。
曰く、ガワだけ王子、黙ってたら完璧、てかもう喋るな、etc.《エトセトラ》
もうお気付きだと思うがこの男、重度のシスコンである。それは、もう病気と言っていいほどの。
男なら嫉妬で狂い、女なら思わず目で追ってしまう程の容姿に恵まれながらも、頭おか…失礼、厄介な病気のせいで、彼女いない歴=年齢である。
ざまあ。
「……こうして、人類が誕生した訳なんだけど、ここからは日本創世記から、現在に至るまでに妹がどんな影響を齎してくれてたかを語っていくね」
あの…、まだ続くんすか?
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