二十五話 国崩しの孫娘②

「……ルーオン様が女神ロティナリーですって……!?」


 浄水局の副局長が〝意味がわからない〟という顔で声を上げ、自分の上司と調査人の間で視線を行き来させている。当のルーオンは黙ったまま、ただアルチェを見つめていた。


「もちろん、皆さま同じように〝一体なにを言い出すのか〟と思われているでしょうから、順を追ってお話し致します。……そもそもなんですが、ひょんなことからこの地を訪れた私がまず違和感を感じたのは、このエブローテが古い時代から長きに渡って貧しい土地だと思われていたことでした」


 ひとまず水の司から視線を離したアルチェは、大きな円卓を囲った人々の前で話し始める。


「と言いますのも、この辺りは植生や土壌にこそ多少の差異はあれ、カルセンテ公国のエルパルドなどに地理的条件が近しいからです。皆さまご存知の通り、あの土地は大変豊かな場所として知られております。ここも適切なものさえ選べば、本来は大変に実り多き地なのです」


 この地に長く住んできたであろう領内のまとめ役たちは、ひどく困惑したような眼差しでアルチェを見つめていた。突然、実はあなた方はずっと宝の上に住んでいたのだと言われても、半信半疑がせいぜいだろう。


「ですが、領主様に以前の領内の生産品や特産物などをお尋ねしたところ、をわざわざ選別したとしか思えない……どこか不自然な状態になっていました。先代様の代で手を入れた部分だけが、この地に最適化していたんです」


 今度は監査官たちの方に視線を移し、アルチェは続ける。


「そして途中で立ち寄った町やエブローテの市場で、土地の人々の間に深く根付いている女神ロティナリーの伝承を耳にしました。簡潔に申し上げますと、作物が育ちにくいこの土地に黒麦やロロ芋などを伝えたその女神は、伝統を破ると災いを起こすのだそうです。彼女は新たな作物を嫌い、領地改革が行われれば領主やその家族に病や死が襲いかかり……また一説によると、レグピオン山の洞窟も大昔に女神が怒ったことであのようになった、といういわれがあるそうです」


 アルチェはそこでひと息つき、領内のまとめ役たちの方に視線を戻した。


「ただ、私が実際に山に入って確認したところ、そもそもレグピオン山は死の鉱脈筋などではありませんでした。私は本物のジャルト鉱脈を見た人に話を聞いたことがあるのですが、明らかに周辺の植生が違うんです。今あの山に豊かに茂っている草花は、ジャルト鉱床の影響下で生きられるものではありません」

「ちょっと待ってくれ。そうは言っても、あの洞窟には確かにジャルト鉱が群生しているぞ?私も実際に見たことがある」


 警吏院のエブローテ地区長が疑問の声を上げる。


「仰る通りです。間違いなく存在はしています。ですがあの鉱石は、あの洞窟内で育ったものではありません。されたものなんです」

「……移植、だと?」


 彼は唖然とした顔で呟いた。


「はい。鉱石を気をつけて見れば、接着した痕跡が確かにありました。とはいえ、どこかから持ってきたところで、ここはジャルト鉱の成長に適した土地ではありませんので、鉱石は非活性状態になります。そうなると内部に蓄えられていた毒は少しずつ少しずつ発散していき、経年と共に無毒化が進む白化現象というものが起きます」


 アルチェは簡略な洞窟の図を円卓の真ん中に置き、指で示して説明する。


「入口あたりは定期的に移植作業が行われていたようで、毒性が強いものばかりですが……危険性が認知されるにつれて人も近寄らなくなったので、手前側だけの再移植になっていったのだと思います。……ちなみにこの辺りから最奥部のものは、このようになっていました」


 防毒手袋をしたアルチェは、袋から出した真っ白な結晶を机に置いた。


「ほぼ無毒だとは思いますが、念の為素手では触れないようにお願いします。現場には山守りのヴァスティンさんと共に行きましたので、洞窟内の状況については彼が証人になります」

「……中は本当にそのように?」


 監査官の問いかけに、ヴァスティンは緊張しながらもはっきりと頷く。


「はい、奥に行くにつれてどんどん色が薄くなっていき、一番奥のあたりは白くなっていました。お望みとあらば、洞窟内に入るための装備の用意もありますのでご案内できます」

「そうか。では後で見せていただこう」


 監査官はそう頷き、他の面々は手袋越しに白い鉱石を持ったり、興味深げな目で見つめている。


「しかし、誰がそんなことを……」

「恐らくですが、代々の山守りが何者かに命じられ、その役目を担っていたのだと思います。新月の夜に鉱石が急成長して危険になるという警告で人をあの山から遠ざけ、密かに移植作業を行っていたのかと。ですが、先代の山守りの個人的な決め事か、あるいは背後にあるものの都合か、ヴァスティンさんにはその役目が継がれていません」


 人々の視線を受けて、当代の山守りははっきりと頷いて肯定した。


「……だが、なぜ毒の石をわざわざ移植など……」


 そう呟いたまとめ役の一人が、ハッとしたように自ら付け足す。


「そうか……それが最初に言っていた水に繋がるのか」

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