八話 雨と図書室②
エブローテにおける不可思議な点は、いくつもある。
まずひとつ目として、なぜこの領地では長らく黒麦の耕作が主体になっていたのか、ということだ。
リフィーリアと共に立ち寄った町々で食べたパンは、リヴァルト王国でも時折使われるテテ麦という品種で作られたものが多かった。地域色を売りにしている店で昔ながらの黒麦のパンを見ることもあったが、全体を見れば少数派だろう。
エブローテの農業に言及した文献によれば、およそ十年前、先代子爵のディフィゾイが爵位に就いてすぐの頃に〝推奨作物〟のお触れを出し、その品目のひとつとしてテテ麦が入っていたらしい。エゼッテ山で出会ったばかりの頃に、リフィーリアが土地の作物として黒麦やロロ芋を真っ先に挙げたのは、彼女が子どもの頃はまだそれらに頼っていたからだろう。
導入されたテテ麦は、育ててみれば黒麦よりも断然育ちが良く味もよかった。それでこの十年の間に、あっという間に主力交代となったらしい。アルチェにしてみれば、それは至って当然のことに思えた。
———そもそも黒麦は、降雨量の少ない地域に適している品種だし……
ルギオラ帝国の南には、ノファルト連山と呼ばれる山脈が南北に伸びている。エブローテ領はその西側に位置していた。この地形であれば山脈が流れを
そしてそこに、エブローテの不可思議な点ふたつ目が関わってくる。
死の鉱脈———ジャルト鉱床の存在だ。
この不吉な呼び名をもつ鉱石は、非常に毒性が強かった。リフィーリアが言っていた通りジャルト鉱脈にほど近いのであれば、その影響下にあって実ることができる作物はそう多くない。そのため、実るのが黒麦だけだというのなら納得できた。黒麦は渇水にも汚染にも強い救済作物だからだ。
しかしここで問題が出る。そのような土地ならば、どう頑張ってもテテ麦はうまく育たないはずなのだ。鉱脈の範囲がごく狭ければ可能性はあるのかもしれないが、それも確認してみないことにはなんとも言えなかった。
つまりエブローテ領は、テテ麦が育つような良質な土地柄であるにも関わらず、どう考えても最適解ではない作物に頼って長年生活を営んできたことになる。
単純に歴代の領主にそういう知識や領地を豊かにする意欲が欠けていて、慣習に従うばかりだったという可能性もなくはない。けれど、エブローテの不可解な点のみっつ目である女神の祟りが、事態をよりきな臭くさせていた。
———それに、じじ殿から教わったジャルト鉱脈の分布には、ルギオラの南部は入っていなかったはず……規模がごく小さいところはスルーしたってことなのかなぁ……
一応探してはみたのだが、この図書室には残念ながらジャルト鉱について触れている本はなさそうだった。ものがものであるため、ルギオラ帝国内では一般的には伏せられているのかもしれない。
———領内のジャルト鉱脈のこととか、もっと突っ込んだ内部事情をリフィーに聞くのは、もう少し確証を得てからの方がいいだろうな……何かありそうとは言っても、まだ表面的な情報を見た憶測に過ぎないし……
そんなことを考えながら手慰みにパラパラと本のページをめくっていると、大きく絵が描かれたページが現れた。どうやら年代不明の遺跡群がエブローテの町の近くにあるらしい。
———とりあえず、雨が上がったら一度町を見に行ってみよう。
アルチェがそう決めたところで、頃合いよくグラムスが昼食に呼びに来た。
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