遍歴少女アルチェのはからい

吉楽滔々

第一幕 エブローテ編

一話 女騎士の帰郷①

 どこまでも晴れ渡った昼下がり、リフィーリアはとぼとぼと山道を下っていた。

  

 鎧を着ていないのに足は重く、天気とは裏腹に気は滅入る一方だ。帝都を出て四日経つが、道中ため息ばかりを道に落としてきた気がする。自分らしくないとわかってはいたが、とうとう持ち直せないままこのエゼッテ山まで来てしまった。

  

 ———だって今さら……あまりにも、今さらじゃないか……

  

 胸中で繰り返されるぼやきは、嫌な熱を帯びて身の内に積み上がったままだ。吐き出せば少しは楽になるのかもしれないが、一人旅のわびしさで話す相手もいなかった。

  

 ———もういっそ、落石でこの先の道が永遠に塞がってしまえばいいんだ。

  

 そうすれば、帰りたくもない実家に帰らなくてすむ。投げやりにそんなことを考えた時だった。

  

 ふいに右手の急斜面から、小石がパラパラと落ちてくる。反射的に顔を上げたリフィーリアはぎょっとした。願いが聞き届けられたのか、はたまた不謹慎なことを考えた罰か。傾斜に連なる木々の向こうから、なにか大きなものが勢いよく近づいてくる音がする。

  

 ——……っ……岩か!?熊か!?

  

 咄嗟とっさに剣の柄に手をかけて後ろに下がりかけ、しかし踏み留まった。声だ。悲鳴のような微かな声が、確かに聞こえた。

  

 リフィーリアは前方に転がり落ちてくる緑色の塊に向かって思い切り踏み込み、必死で手を伸ばす。

  

 ———届いた……っ!

  

 ずしりとした手ごたえ。布がビィッと裂ける嫌な音。予想以上の勢いに、狭い山道から危うく飛び出しそうになる。

  

「……っぐ……っ!!」

  

 左は崖だ。落ちれば命はない。リフィーリアは咄嗟に腰を落として踏ん張り、全体重をかけて重石おもしになった。道の端ぎりぎりまで砂利を跳ね散らかして引きずられたが、なんとかこらえきる。

  

 バラバラバラ……と砂や小石がはるか崖下へと落ちていき、後には静寂と二人分の荒い息づかいが残った。

  

「……」

  

 すんでのところでリフィーリアが掴んだは、岩でも熊でもなく、明るい緑色の服を着た黒髪の少女だった。おそらく、十代半ばくらいだろうか。

  

「……あ、あの……危ないところを……ありがとうございました……」

  

 ほぅと安堵のため息をついた彼女は、震える足で果敢にも立ち上がってリフィーリアに深々と頭を下げる。

  

「いや、無事でよかった」

  

 顔を上げた少女の目は、鮮やかな夕焼け色だった。正面から見て初めて気づいたが、その黒髪の右側にも、瞳と同じ色のひと房が混じっている。リフィーリアは所属していた騎士団で様々な地域出身の人間を見てきたが、このような色味を見たのは初めてだった。

  

「ああ、これは痛そうだ……それにすまなかったね。服を掴んだから、破れてしまっただろう?」

「いえ、崖下に叩きつけられることを思えば、これくらい大したことありませんよ」

  

 細身の体は怪我だらけでそこかしこに血が滲み、服も豪快に破れてたが、彼女はさほど気にする様子もなくそう笑った。最初の印象にたがわず、かなり肝が据わっているらしい。もう足も震えていなかった。

  

「ここから少し行ったところに、確か山小屋があったはずだ。そこで手当てと、応急処置程度だが破れたところをつくろおう」

  

 リフィーリアはそう誘い、有無を言わせず共に歩き出す。というのも、このまま別れてしまうにはあまりにも気がかりなことが、その少女にはあったからだ。

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