鍛冶

  家に帰った誠也は工房に向かっていた。

 工房の中はいくつもの道具があり、使い込まれた大きなかまど―――鍛冶炉が置いてある。


 ここに入るのは久しぶりだな。

 タイムリープ前の俺は……数回しか入らなかったっけ。

 すごい武具や防具を作る両親を見て、劣等感を抱いて……鍛冶をしてこなかった。

 あの時……両親に鍛冶のことを教えてって言えなかったのが俺の後悔の一つだ。


「ネガティブな事を考えるな、俺……今、やらないといけないのは武器作りだ」


 机の上にコボルドの爪と毛皮、そして倉庫から取ってきた鉄。

 これで誠也は武器を作ろうとしていた。


「父ちゃんと母ちゃんがいないうちに作らないとな」


 誠也はるつぼの中にコボルドの爪と鉄を入れ、溶かす。

 溶かした後は砂型に流し込む。

 冷えて固まった後は、砂型から金属の塊を取り出す。

 黒く焦げたような色をしている金属の塊。

 それを熱く燃え上がる鍛冶炉の中に入れ、熱する。

 金属の塊は赤熱化していく。

 赤熱化している金属を取り出した後は、金床に置く。

 そしてハンマーで叩いた。

 叩く度にカンカンと金属の音が鳴り響き、火花が飛び散る。


 汗を流しながら、誠也はハンマーを振るい続けた。


「絶対に……未来を変えてやる」


<>


 スーパーで買い物を終えた創造圭と創造結衣は、食材が入ったビニール袋をぶら下げながら家に入ろうとした。


「ん?」

「どうしたんですか、結衣さん?」

「誰か工房にいるな」


 家の隣にある鍛冶工房から金属を削るような音が聞こえていた。


「本当ですね」

「誰が……まさか泥棒どろぼうか?」


 指をゴキゴキと鳴らしながら結衣は工房の扉を開け、中を覗き込む。圭も工房の中を見る。


「な……!」

「うそ……」


 二人は目を見開く。

 今、彼らは信じられないものを見ていた。

 圭と結衣の視界に映っていたのは、刃物研磨機(研磨加工を行うための装置)で短剣を研磨けんましている誠也の姿。

 息子が鍛冶をしていることに結衣と圭は驚愕する。


「誠也が……」


 結衣は心から驚いていた。

 誠也に一度も鍛冶の知識を与えていない。


 息子には自由に生きてほしい。


 そう思ったから結衣は誠也に鍛冶師の教育をしてこなかった。

 だが誠也は鍛冶をしている。

 武器を作っている。


 それは鍛冶師であり、母でもある結衣にとって嬉しかった。


「圭。誠也に鍛冶を」

「教えていないよ」

 スキル【鍛冶師】があるからといってすぐに防具や武具を作ることはできない。

 ある程度の修行と教育が必要だ。

 だというのに誠也は作っている。まだ五歳児なのに。


「……決めた」

「結衣さん?」

「あの子を……立派な鍛冶師にする」


<>


「で、できた……」


 顔に浮かんだ大量の汗を腕で拭い、誠也は吐息を吐く。

 彼は作った片刃の短剣を眺める。

 コボルドの爪と鉄で作った刃は、白く輝いていた。


 これが今、俺が作れる最高の武器ってところか。

 でも父ちゃんと母ちゃんが作った武器と比べたら平凡な短剣だ。

 デザインがシンプルすぎる。

 ただよく斬れ、頑丈な剣。


 昔からカッコいいデザインの武具や防具を作るのが苦手なんだよね~。

 俺は性能がいいだけのものしか作れない。

 シンプルなデザインしかできない。

 デザイン性が……ないんだよな。

 だからタイムリープ前は、お客さん……少なかったんだよなちくしょう。


 でもしょうがないじゃん。

 教えてくれる人、いなかったし。

 独学でやったんだし。

 それに俺、凡人なんだから才能ある人よりも限界あるし!!


「せめて先生がいればな……」


 タイムリープ前の誠也は……師に巡り合えなかったな。

 というか両親を失った後は生きるために彼は働いていた。


 あの時は大変だったな……。

 大学には行かず、安月給のブラック会社で働いていたからな~…あの時は。

 もう死ぬかと思ったよ。

 毎日、徹夜徹夜徹夜。

 何度もぶっ倒れて、病院に行ったよな……よくあの時、死ななかったな俺。


 誠也が鍛冶師になろうとしたのは、社会人になってから。

 だけど鍛冶師としては平凡で、誠也が作ったものはなかなか売れなかった。


 一流の鍛冶師の息子でありながら、いいものを作ることができない。

 情けないよな~…本当。

 俺はどれだけ努力しても両親には届かない。

 だけど。

 だけど……もしタイムリープする前の時、


「誰か鍛冶を教えてくれる人がいたら」


 変わっていたのかな?


 誠也がポツリと呟いたその時、


「私達が教えてやる」


 声が後ろから聞こえた。

 振り返るとそこには両親である結衣と圭の姿が。


「母ちゃん、父ちゃん!いつのまに!?」

「誠也」

「は、はい」

「その短剣を見せろ」

「え?あ……はい」


 誠也は結衣に短剣を渡す。


 あ、あれ?てっきりかってに工房を使ったことで怒られるかと思ったんだが……なんで、俺の短剣をじっくり見ているんだ?


「うむ……いいできだ」


 え?今、なんて言った?

 いいできだ?

 もしかして……母ちゃん、褒めてくれたのか?

 嘘だろ。

 なにかの冗談だろう?


「い、いやいや母ちゃん。そう言ってくれるのは嬉しいけどその短剣は平凡な武器だぜ?どこにでも売っているような」

「どこにでも売っている?そんな訳ないだろう」


 結衣は真剣な表情で言葉を続ける。


「デザインはシンプルだが性能は普通の剣よりはいい。地道にコツコツ努力したのが分かる。そこらへんの鍛冶師では作れない短剣だ。短剣の達人なら絶対に買っているだろう」


 誠也はポカーンと口を開けて呆然とする。

 まさかここまで母親が褒めてくれるとは彼は思わなかった。

 しかも結衣はお世辞で言っているのではなく、本気で言っている。


 そういえば俺が作った武具や防具を狩ってくれる人は多くなかったけど、見るからに達人や歴戦の戦士の人が買ってくれたっけ。

 ちくしょう……泣きたくなるぐらい嬉しいな~。

 一流の鍛冶師である母ちゃんに褒めてくれるなんて……こんな嬉しい事ねぇよ。


 泣きたくなるのを、誠也はぐっと堪えた。


「誠也。お前はいい鍛冶師になれる。そんなお前に私達の技術と知識を教える」

「!いいの」

「ああ」


 創造結衣は鍛冶師として有名人だ。

 そして彼女の夫である創造圭も天才鍛冶師と言われるぐらい一流の鍛冶師だ。

 二人は多くの一級品の武具や防具を作ってきた。

 そんな二人から学べる。

 それは誠也にとって願ってもない事だった。


「教えて。俺……母ちゃんと父ちゃんみたいな鍛冶師になりたい!」


 タイムリープ前の時は言えなかった言葉を。

 死んでいなくなった両親に言えなかった言葉を。

 ずっと…ずっと言いたかった言葉を。


 今、俺は伝えた。


「……そうか」


 結衣はどこか嬉しそうに微笑む。


「では明日から教えよう」

「うん!」


 明日から母ちゃんと父ちゃんから鍛冶のことを教えてもらえる!

 これで強力な防具や武具を作ることができるぞ!


「ところで誠也」

「なに?」

「この短剣……コボルドの爪で作られているようだけど、どこで手に入れたんだ?」

「え……え~と」


 目を逸らしながら、口ごもる誠也。

 そんな息子を見て、結衣は目を細める。


「まさか……狩ってきたとかじゃないよな?」


 誠也は扉に向かって全速力で走った。


 うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!あと少しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 

 あと一歩で外に出られる。

 だがその一歩が届かず、誠也は結衣に捕まってしまう。


「誠也……」


 ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!助けてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 母ちゃんの目が赤く光ってるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!

 口から変な白い煙が出てるよ!!



「父ちゃん!助けて!」

「ごめん、誠也。僕、昼ご飯を作らないと」

「いや、マジで一人にしないで!お願い!!」


 離れていく。

 俺の父が……希望の光が!

 お願い、行かないで!

 この化物母ちゃんをなんとかできるのはあなたしかいないんですよ!?


「誠也……お仕置きだ」

「いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 鍛冶工房で誠也の悲鳴が響き渡った。

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