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「ねえ、そろそろ家に帰りたい?」
一日の終りに、わたしはこの質問を必ずするようにしている。ムツミに慈悲を与えているのではない。ただの戯れ。どう答えても、帰すつもりなんて毛頭無い。
それなのに、答えはいつも決まっている。
ムツミはゆっくりと首を横に振る。優しく慈愛に満ちた、とても人間らしい笑みを湛えて。その表情を見ていると、わたしは無性に腹立たしくなってしまう。
アズキが死んでから、わたしは何も手につかなかった。火葬だったり、埋葬だったりと手続きはあっただろうに、それを全てお母さんに丸投げして自分のためだけに悲しみ続けた。自分ひとりだけで精一杯だった。
それなのに、ムツミはわたしのために身を捧げられる、人間らしい自分を友達のために犠牲にする余裕がある。
明確に、今のわたしはムツミより下だ。あのわたしより頭の悪いムツミより。わたしがいないと他人と関われない、何も出来ないムツミより。
「嘘吐かないでっ」
わたしは余裕に満ちたムツミの顔を引っ叩く。軽い破裂音とともに、ムツミの身体がよろめく。
「帰りたいに決まってるでしょっ。こんな犬の真似事なんてさせられて。頭おかしいんじゃない?!」
自分がさせていることを棚に上げて、わたしは叫ぶ。友達に言われて犬になる人間と、友達を犬として扱う人間のどちらのほうがおかしいんだろう。
向き直ったムツミはなんだかとても哀れなものを見るような目をしていたので、更に頭に血が上ったわたしは拳を握りしめて頭を殴ってやった。
「そんな目でわたしを見るなっ」
「うぐっ」
犬の出してはいけない声で呻いてから、ムツミはもう一度こちらを見上げる。唸りながらわたしを睨みつける。まるで獣みたいに。
歯を剥き出して喉を鳴らすと、ムツミはわたしに飛びかかった。人間一人の体重なんて支えられるはずもなく、わたしはそのまま押し倒される。
ムツミがわたしの首元に噛みつき、鋭い痛みが走る。人間の歯に犬の牙のような切り裂く威力はない。それでも、力いっぱい噛みつかれれば眼の前がチカチカするくらいには痛い。噛まれている部分が熱を持っているのを感じる。
引き剥がすためにわたしはムツミの頭を殴打する。何度も、何度も。自分の拳が痛みで痺れていても殴り続ける。しかし、ムツミは殴られる度に小さく鈍い声を漏らすだけで、離れようとはしない。それどころか、噛みつく力をより一層強くする。
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