2-P1

「ただいまー」


 家に帰ると、わたしは真っ先に自分の部屋へと向かう。制服を着替えなくちゃいけないのもあるけど、それ以上に、


「ただいまっ。元気にしてた?」


 自分の部屋のドアを開けるなり、わたしは中に声をかける。


「わんっ。わんっ」


 すると、部屋の中から弾むように元気な声が返ってくる。一日授業で疲れているのに、その声を聞くとわたしは今日一番の元気が出てくる。


 駆け寄ってきて足に身体を擦り寄せてくる。わたしがしゃがんで顎のあたりを撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らした。そして、上半身を上げ、わたしにじゃれてくる。その勢いと体重に負けて、そのままわたしは後ろに倒れてしまう。床に頭をぶつけて、鈍い音がした。痛い。


 覆いかぶさったまま、頬を舐められる。何度も、ベロベロと。こそばゆくてわたしは黄色い声を上げてしまう。


「こ、こら、くすぐったいよ」


 それでも止まらず、わたしは息が苦しくなるくらい笑い続けてしまう。


「も、もう、やめてってばあ。ムツ」


 笑いながら、わたしは力を込めてムツを押し返す。ようやく収まったムツは俯き「くぅん」と小さく一度鳴いた。


「ちょっと待っててね。すぐご飯を用意するから」


 立ち上がり制服を着替えてから、ムツのご飯を用意する。わたしが餌入れを床に置く前から、ムツは嬉しそうにわたしの周りを歩く。餌入れを床に置くとわたしが「待て」と制止をする前から、餌入れの前でお座りをしていた。


「お手」


 掌を差し出すと、ムツはすぐに右手を重ねてくれた。


「よし」


 でも、躊躇した顔でこちらを見上げるだけで、餌を食べようとしない。アズキは食べ物を見ると見境なく食べようとして、止めるのに大変だったのに。飼い主からいつでも餌をもらえると思っているからか、時折、こうやって食べようとしない子もいると以前獣医さんに聞いたことがある。


「ご飯。食べないの?」


 語気を強めて睨みながらに言うが、ムツは頑なに食べる気配がない。数秒、数十秒と睨み合いが続く。根気比べ。


「仕方ないなあ」


 折れるのはいつもわたし。


 躾の本によれば、本当にお腹が減ったらいつかは餌を食べるから、一度取り上げてしまえば良いと書かれていたけど、困ったような顔で見つめられると、可愛そうでそんな事はできない。


 お母さんの買ってきてくれているおやつ箱の中から、干し芋のおやつを取り出して与えると、さっきとは打って変わって喜んで食べ始めた。やっぱり、女の子だからか餌よりも甘いもののほうが好きなんだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る