第40話 皇ちゃん!ニヤニヤすんな!

皇ちゃん:本題だ。


珍しくしつこいな……。

スルーして一晩経ったら諦めるかと思ったのに、今日も配信している。


昨日は配信で他の人を巻き込んで逃げたからか、今日はチャットで連絡が来た。

だからあえて配信を開始した。


したんだけど、神妙な感じで俺に文字を送りつけてくる皇ちゃんに、他のみんなが遠慮してしまった。


塔ちゃん:なんだよ?俺に日本中のスタンピード対策とか振られても対応できんぞ?

皇ちゃん:それは不可能だろ。そもそもお前はモンスターだから、偶然のポップ以外で他のダンジョンに瞬時に行けないだろ?

塔ちゃん:そうそう。だから無理だ。

皇ちゃん:悪いな。あえて言ってくれて。


ちゃんとわかってるじゃね~か。

どっかのお偉いさんに聞いて来いとか言われてそうだからあえて配信に載せる形で喋っといたぞ感謝しろって思ってたら、真面目に返された。



皇ちゃん:本題は、別だ。ほら、この前はお前、普通にダンジョンの外に出れただろ?

塔ちゃん:そうだな。出れた。

皇ちゃん:ちなみに今出れるのか?

塔ちゃん:どうだろうな。スタンピードの時だけということもある。

皇ちゃん:ちょうどいいから、お前、ダンジョン協会に上がってきてくれないか?


ふむ。

そういえば一般モンスターが出て行くのかという監視はいろんな場所で実施されてるが、こうして意図的にモンスターが出て行こうとした場合の制約は俺くらいしか調査できないな。


なるほど。それくらいなら協力してやろう。俺は1層の管理室に向かった。後から考えると、これが罠だったとも知らずに……。



塔ちゃん:ふむ……普通に通れるな。

俺はスマホを打ちながら管理室に入った。町田さんと松野さんがいたけど隅っこに立ってるだけで配信に写らないようにしてるみたいだったから黙礼だけしておいた。


:なにぃぃいいぃぃいいいいい!!!!

:やっぱり通れるのか。

:まだわからん。階段は上がれないかもしれないだろ?

皇ちゃん:上がってきてくれるか?ダンジョン協会に来てるから。

 

なんと、ダンジョン協会会長である皇ちゃん自らが新宿ダンジョンの上にある協会まで来ているらしい。


よっぽど大事な実験なんだろうな……ってそりゃそうか。

各地のダンジョンでモンスターが溢れないのが、何がしかの制約なのか、ただのモンスターの意志なのかで全く違う。

後者ならいつでも出てくる可能性に怯えないといけなくなる。



塔ちゃん:ふむ……上がっていけるな。

:マジかよ……

皇ちゃん:ふむ……普通にホラーな姿が見えたな。

塔ちゃん:数日ぶりだな。


しかしこの状況は対処が厳しいだろうと思っている俺の目の前には多くの人々が……はっ?


「リッチ様だ!」

「新宿の英雄、リッチ様だぞ!?」

「リッチ様、新宿を救ってくれてありがとうございます!」

「リッチ様のおかげで助かりました」

「怪我も治してくれてありがとう!」


はっ?


「ふっふっふ。お前のことだろうから、記念式典とかやってもどうせ恥ずかしがって出てこないと思ってな」


塔ちゃん:騙したのね!?酷いわ。早紀ちゃんがいるにもかかわらず、私まで!?

:ぶふぉっ

:なんて昼ドラ?


俺が周りを見渡したのに合わせて浮遊カメラも新宿ダンジョン協会の中に集まった人たちを映し出した。

どうでもいいけど、どうやってここまでの短期間でこの建物を復旧させたんだ?



「はじめましてだな、間野塔弥くんと呼んでもいいだろうか?」


:おい、まじかよ。

:総理大臣か?

:あの事なかれ主義の総理大臣がモンスターの前に出るなんて何があったんだ?

:今までは事なかれ主義で日和見だったけど、今回の件についてはかなり即断即決で動いたらしいわよ?

:平時はダメでも有事には頑張ったのかも……

:おい……全部見られてるし、きっと記録されてるぜ?

:やば……。


「ははっ、すまない。ここまで明け透けに言われるのは逆に新鮮だ。だが、東京の……国の危機においては強引に進めなければならないこともある。今回の件もそれだ」


塔ちゃん:どういったご用件で?


「すまない、警戒させただろう。ただ、感謝を伝えたかったのだ。新宿を救ってくれてありがとう」

そう言いながら総理大臣は腰を深く折った。

つられて俺も礼を返した。


:ん?感謝だけ?

:それなら湊会長にお手紙でも渡せばいいのでは?

:かといって腹芸するタイプじゃなかったよな?

皇ちゃん:すまんが、ちょっと控えてもらえると助かる。配信サービスの運営自体止められたらきつい。

:それはまずい!

:気安くてすみません!


「大丈夫だ。新鮮だが、気にしておらんよ」

目の前の総理大臣はなぜか俺の配信を映し出してるらしい大きなモニタに表示されるコメントを見ながら苦笑しているだけだ。本当に気にしてないらしい。

 

塔ちゃん:ただ感謝だけを言いに来たと?総理大臣が?


「私の目で見たかったのだ。キミを。本当に味方なのか?それは既に達成した。だまし討ちのような手を使って申し訳なかった」

この人は本当に事なかれ主義と揶揄された総理大臣なんだろうか?

真っすぐな目でこちらを見つめてくる様はかなり堂々としたものだ。


皇ちゃん:俺から提案したんだ。この方法ならきっと出てきてくれるだろうってな。

塔ちゃん:会長としてか?

皇ちゃん:あぁ、すまんがそうだ。

塔ちゃん:いいよ。それくらい協力するさ。


元職員だしな……。いや、アルバイトだったから職員じゃないのか……まぁいいや。


「ありがたい。実際に、モンスターが出てくる危険はどのダンジョンでもあるのだろう。それはどう足掻いても変わらない。一方で、普段ダンジョンの低い層で出現しているモンスターが数体出てきたとしてもダンジョン協会内にいるものたちで対処可能だろう。そもそも5層までは問題ないとして経済利用していたのだからな。今後はダンジョン協会と協力して職員を増やして低層警備を増やす予定だ。なに、低層でもドロップするアイテムなどもあるから完全な持ち出しにはならんだろう。戦力強化にもなるしな」


総理大臣はまるで演説でもするかのようにはっきりと言いきった。これは宣言だろうな。聞いている配信の視聴者……中継とかも入ってそうだからテレビとかの視聴者もか。彼らを安心させるために言っているんだろう。


何度も聞くが、この人は本当に事なかれ主義と揶揄された総理大臣なんだろうか?


いや、こういうことは世界中で実施されるんだろうから、そこまで凄いことではないのかもしれない。


でも、ダンジョン探索について一般人と探索者の間で分断が起きていることに無関心で、不用意にも経済利用などを考えていた人とは思えなかった。


どさくさに紛れて暗殺されて、実は目の前の人は影武者だと言われた方がしっくりくるくらいの変わりようだった。


そう言えばブラジルかどっかのダンジョンで変化石とかいう魔道具が見つかったとか聞いたような……さすがにないか。


:俺、応募してみようかな。今までは完全に諦めて探索配信眺めるだけだったけどさ

:リッチ様に教わればいいんだからやってみるのはありよね!

:魔力ほぼない俺でも戦えるかな?

:低層警備とかならできる気がするよな……

塔ちゃん:人間誰でも多少は魔力がある。それは世界にダンジョンが登場したのと同時に世界中の人に与えられたものだ。だから工夫次第だ。

:おぉ!僕、やってみようかな!?

:わたしも!


「みな、感謝する。国の方でも近日中に態勢を整えて募集もかけるので、よろしくお願いしたい。休日のみ参加なども可能とするつもりだ。関連法案の調整も必要になるが、先行してできるところからやっていく」


なるほど、これを言いに来たんだな。

なら元日本人として、変革した総理大臣に敬意を表して俺も協力しよう。


塔ちゃん:魔力が少なくても戦えるように、レクチャー動画を準備しよう。


「ありがたい。協力に感謝する。モンスターとしての範疇の中で難儀だろうが、可能な限りよろしくお願いしたい」

そして、弁えてる発言が返ってきて、やはり少し驚いてしまう。


これが皇ちゃんが酒飲みながら『うぜぇ~』とか愚痴ってた相手と同じ人なのか?


「あとは、もう一つ頼めたらありがたいけど、それは今後相談しよう」

「湊会長、くれぐれも無理はせぬように頼む」

最後に皇ちゃんが何か不穏な言葉を発し、総理大臣が抑える。



そろそろ終わりだろうか?

とか思ってたら、突然始まったこの式典的な何かが終わり、総理大臣は帰って行った。


皇ちゃんを軽く小突いたが俺は悪くないはずだ。

おいっ、ニヤニヤすんな!

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