19.旧アルブ王国

 翌日、私達はシリウスにいた。


 セシルが使っていたものと同じ、転移魔法だ。


 転移と言ってもどこでも好きな場所へ行けるわけではなく、記憶していない土地、つまり一度も行った事のない場所への転移は不可能であり、現時点で私が移動できるのは、旧アルブ王国、カンパニュラ公国、アイテール帝国の奴隷市場跡、そしてシリウスを含むアストラ王国の一部だけだ。


 それ以外の場所には、まだこの足で向かう必要がある。


「てなわけで、いざアルブ王国へ!」


 何だかテンションの高い大人がいる。


「えー……五人で転移するの……?」


 私達だけでアルブに行くのは心配だという事で、リタとエドガーが加わり保護者同伴になった。


「あれだ、エドちゃん魔力補助できるっしょ。ベリィちゃんの転移手伝ったげなよ」


「どうして俺もなんですか……まあ良いですけど」


 相変わらずリタのことは苦手だが、エドガーがいることに関しては少し安心する。


 実力の面でもあるけれど、私が自警団でシルビア以外に話しやすいのはエドガーだ。


「魔力補助は平気。私の魔力量じゃ大した消耗にならないから」


「そうか、無理はするなよ」


 まあ、転移魔法なんて使ってこなかったから、ほとんど初めてみたいなものなんだけどね。

 慣れない魔法を使う場合、魔力が法陣に収まらず溢れてしまうことがあるけれど、それも最初のうちだけ。

 特に魔法の扱いに長けている魔族は、魔力のコントロールが他種族よりも上手いのだ。


「そういえば、ルーナちゃんは?」


 隣にいるシャロが、気遣わしげにそう訊ねてきた。


「自警団に預けてある。たぶん雪国の寒さには耐えられないだろうから」


 私は月光竜の生態がよく分からないから、下手に寒い場所へ連れて行って辛い思いをさせるのは可哀想だ。


 ルーナは最初、少し不安そうな様子だったけれど、私の話を理解してくれたのか、


「行ってらっしゃい」


とでも言うように、元気な鳴き声で送り出してくれた。


 これで準備は万端だ。


「場所は旧魔王城内の私の部屋。そこが一番リスクが低いと思う」


 現在、アイテール帝国が支配しているアルブに乗り込むのは、完全に不法入国となる。


 出来る限り、アイテールの兵士には見つかりたくないところだが、可能であればミア達や他の国民達の安否も確認したい。


「じゃ、行くよ」


 全員に転移魔法の効果が適用するよう、私達は手を繋いで円を描くように立った。


「テレポート!」


 視界が一瞬だけ激しく揺れ、気付くと私達5人はそこに着いていた。


 あれから何日が経ったのか、もう覚えていないけれど、私の部屋はあの時のままだった。


 家具などは若干埃を被っているものの、室内を荒らされた形跡は無い。


「部屋の中なのに、一気に寒くなったな」


 そう言ったシルビアは、雪国へ行くということで厚着はしているけれど、それでも人族からすればアルブの寒さは厳しいだろう。


 リタとエドガーもアルブには初めて来たということもあり、興味深そうに窓のカーテンを少しだけ開き、外の景色を見ている。


 シャロは……私の部屋を眺めていた。


「もしかしたら、この城もアイテールの兵士に占領されている可能性がある。裏口まで案内するから、気をつけて」


 皆にそう言ってから、私はカーテンの閉ざされた窓に目を移し、その隙間から少しだけ外の様子を覗いてみた。


 あの時と変わらず、外は真っ白だった。


 見た限りでは帝国の人間のようなものは見当たらず、外に出ても問題はなさそうだ。


 廊下に出て、城内を注意深く確認しながら裏口へと進んで行く。


 幸か不幸か城の中には誰も居らず、安全に裏口まで辿り着くことができた。


 異常は無かったが、違和感は覚えた。


 誰もいないどころか、荒らされた形跡すらない。

 ミアや他の従者達は、今どうしているのだろうか?


 裏口を出て外の様子を再び確認するが、人のいる気配はない。


「さて、これからどうするんだい?」


 リタは周囲を警戒しつつ、私にそう訊ねてきた。


「探している人がいるんだけど、どこにいるか分からない。二手に分かれても良い?」


「おっけー、んじゃ私はエドちゃんと行こっかな。ルビちゃんはベリィちゃん達と一緒に居てくれる?」


「了解っす」


 リタからの頼みにシルビアは元気よく返事をし、それから二手に分かれて旧アルブ王国を探索し始めた。


 薄々勘付いていたけれど、やはり旧アルブ王国内は帝国の兵士が一人もいない。


 何か、おかしい。


 帝国に植民地化されたこの国の民は、私のように奴隷として売り出された者、クリフ達のように反乱する者、今もここで貧しく暮らす者とそれぞれだ。


 しかし私が奴隷市場を破壊して直ぐ後に帝国の奴隷制度は廃止され、現在奴隷として売られていた魔族は他国で捕らえられるか、殺されるか、運が良ければ普通に生活を送れているだろう。


 国に残った魔族は少ないが、それにしても帝国の兵がいないのは不自然だ。


「人、全然いないね……」


 シャロは寒さにガタガタと震えながら、そう言って辺りを見回している。


「帝国の兵に見つからないのは良いけど、何だか不気味。この場所も見慣れた風景なのに、まるで別世界だよ」


 こんなアルブを、私は見た事がない。


 以前ここには商店が建ち並んでおり、幼い頃はよくサーナとお菓子を買って食べていた。


「この先に昔よく遊んだ広場があって、それから……」


 キャンベル邸、サーナの家だった場所がある。

 そういえば、最後にサーナと別れたのはあの場所だった。

 サーナ、きっと生きているよね。

 どうか無事で、元気でいて欲しい。


 約束したんだ、私が絶対に守るから。


「ベリィちゃん、大丈夫……?」


 シャロの言葉で気付いたが、どうやら少し涙が溢れてしまっていたようだ。


「うん、大丈夫。ごめん」


「無理すんなよ。しんどくなったら、団長達にも言って帰ろう」


「ありがとう、シルビア」


 やっぱり、この二人が居てくれると心強い。


「よし、もうちょっと行きたいところがあるんだ」


 サーナの手掛かりもあるけれど、先ずはミア達の安否を確認したい。

 とは言え、闇雲に探し回って見つかる筈がないのだ。


 もしかしたら、歩いている途中でばったり会う可能性だってある。


 それならば……


 今は幼い頃からサーナと一緒に歩いた、あの雪道を歩きたい。


「思い出の場所があるんだ。二人にも来て欲しい」


 私は少しだけワクワクしながら二人に言うと、一度お城の方向に引き返してあの雪道を目指した。

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