5.風の銀狐

「さっきは大変だったね~! 振り返ったら自警団の人だったから、一瞬びっくりしたよ~!」


 シリウス自警団、不意打ちだったとは言え、あのシルビアという少女の力はそれなりだった。


 恐らく、エドガーという男はさらに強いのだろう。


「ベリィちゃん? 大丈夫?」


「え? あ、ごめん。ところで、シリウス自警団って有名なの?」


 私はその名前を聞いたこともなかったが、あの反応を見るとシャロは何か知っているように思えた。


「他の国だと分かんないけど、アストラとカンパニュラでは超有名だよ~! 国の治安維持が目的で立ち上げられた私設軍隊なんだけど、組織の秩序を乱す者には容赦をしない鬼の副長とか、目が合った瞬間に笑顔で襲ってくる怪物みたいな人もいるらしくて、結構怖い噂が……」


 怖い噂か。


 何事にもそのような話は付き物だが、少なくともエドガーはまともな人間に見えた。


 問題はあのシルビアだ。


 血の気が多く、魔王の娘である私に斬りかかった聖剣使い。


 聖剣使い、聖剣使い……自警団にもう一人いるという、聖剣使い。


 魔王である父を殺せるのは光竜剣ルミナセイバーだけという固定観念に囚われていたけれど、他の聖剣では不可能というわけでは無いだろう。


 ルミナセイバーは、魔王自身やロードカリバーが放つ闇魔法を相殺できるだけの力がある。

 魔王、つまり私の強さは、あくまで私自身が持つ底無しの魔力だ。


 例え光竜剣によって相殺しなくとも、先程のような不意打ちであれば、私であっても確実にダメージを受ける。


 強い力を宿した聖剣ならば、使い様によっては不意打ちでお父様や私を斬る事は可能だろう。


「ベリィちゃん、顔色悪いけど……」


「あ、ごめんね。自警団、悪い人達じゃないみたいだけど、警戒しておく必要がありそうだね」


 つい犯人探しに夢中になってしまった。


 良くないな、こういうのは……シャロにも心配を掛けてしまうし、この子には何も背負わせたくない。


「うん……! そ、そうだベリィちゃん、剣を買いたいんだよね。武器屋さん行こっか!」


 そうだった。


 戦いの際に覇黒剣を抜いてしまうと、例えツノを隠していても私の素性が分かってしまう。

 それを隠す為、聖剣ではないがそれなりに扱い易い剣が欲しかったのだ。


「そうだね」


 それから私達は武器屋に寄り、出来る限り覇黒剣に近い形状の剣を選んだ。


 その剣は覇黒剣よりも小さく、小柄な私にはこの方が使いやすいかもしれない。



 剣を買い終えた頃には、既に月が夜空へと昇っていた。

 私達は適当な宿に入り、暫し部屋でゆっくりとしていた。


 寝るにはまだ早い時間だ。

 私は隣に座るシャロの顔を見る。


 彼女は直ぐに私の視線に気付き、優しい笑顔でこちらを見た。

 この顔、恐らく私のことを小さい子供か何かだと思っているような顔だ。


「どうしたの?」


 笑顔で問いかけるシャロに、私はこれから問いたいことを口に出しづらかった。


 こんなにも優しい人に、蓋し不安感を抱かせてしまうような話なのだから。


「うん……これは、もし私が道を違えた時に、私のことを止めてもらう方法について何だけど、シャロは……仮にルミナセイバー以外の聖剣で私を倒すなら、何の聖剣を使う?」


 質問を聞いたシャロは、笑顔だったその表情を曇らせた。

 上手く質問が出来なかった私のせいだ。

 それでも、自警団の聖剣使いに会ってしまった今、他の聖剣で魔王を倒せるのか気になって仕方が無かった。


 無論、質問の真意は私を倒す為でなく、父を殺した犯人を探す為である。


「ま、まず私がそうならないように止めるけど! たしか……おばあちゃん言ってた。四霊聖剣が全て揃ったとき、奇跡が起こるって。どんな奇跡なのかは分からないけどね」


 やっぱり、優しい子である。


 それにしても、四霊聖剣の話は初めて聞いたものだ。


 自警団のシルビアが持っていた剣はそのうちの一つ、風の聖剣である疾双剣ヒスイだった。


 四霊聖剣はその名の通り、世界に4本存在している。


 それら全てが揃った時の奇跡が、光竜剣に匹敵するものだとすれば……自警団にもう一人いるという聖剣使いの聖剣が、四霊聖剣ならば……少し、真相に近づけるかもしれない。


「ねえ、ベリィちゃん……」


 不意にシャロが私の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でながら話を続ける。


「多分だけど、魔王様の仇……取ろうとしてるんだよね。でも……アタシ、ベリィちゃんにこれ以上辛い思いをして欲しくないよ。人を恨む気持ちは、新しい恨みを生むだけだから……こ、これも、おばあちゃんの受け売りだけど……」


 私が復讐を目的としていることに気付かれている。

 それもそうか。

 家族と故郷を失った私に出来る事など、復讐ぐらいしか無いのだから。


「……ごめんね、ありがとうシャロ。気を付けるよ」


 シャロには申し訳ないけれど、私はどうしても確かめなければならない。


 明日、まだこの町に滞在しているであろうシルビアに再び接触し、少し話をするだけだ。



 それから私達は眠りにつき、早朝に目を覚ました私は、まだ眠ったままのシャロを宿に置いて外へ出た。


 プロキオンは都市とはいえ、それほど大きな町ではない。


 昨日襲われたあたりを探して、直ぐに見つかってくれるといいのだけれど……。


「どっどど どどうど どどうど どどう……」


 暫く早朝の町を歩いていると、聞き覚えのある声で聞きなれない歌を歌っている少女を見つけた。


 ペールブルーのペリースと、背中には銀色の一等星を瞳に宿した犬の紋章。


 自警団のシルビアだ。


「あれ、まだ居たの?」


 彼女は私に気付くと、少しばかりせせら笑うようにそう言った。


「シルビア、話がある」


 付近の建物は、彼女が宿泊している場所だろう。シルビアはそこで素振りをしていた。


「イヤイヤ……殺意むき出しで話し合いなんて出来るわけ……良いよ、あーしに勝ったら何でも答えたげる」


 先に殺そうとしてきたのはそっちじゃないか。

 これは少し痛めつけてあげないと、言う事を聞かないかもしれない。


 私とシルビアは人気のない場所まで移動し、互いに剣を構えた。


 私がツノを隠していたフードを外すと、彼女は一瞬ぎょっとした顔を見せた。


「……なるほどね、本気ってわけだ。まあ、全部吹き飛ばしてやるよ!」


 先に斬りかかってきたのはシルビアだった。

 やはり彼女の攻撃は速いが、この程度で私に戦いを挑むのは間違いだと思う。


 シルビア自身もそれに気付いたのか、私が剣で防ぐまでもなく、攻撃を止めて距離を取った。


「べ、べつに怖いとかじゃないから! 今のは間違えただけ! アンタみたいなチビが怖いわけないじゃん!」


「往生際が悪いんだね」


 私はシルビアとの距離を一瞬で詰め、彼女の前で覇黒剣を振り上げる。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 嫌だ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 分かったから、あーしの負けで良いから!」


「話がしたかっただけなのに……残念だよ」


 別に命を奪うつもりはない。

 ほんの少し、怪我をさせてやろうと思った。

 ……はずだった。


 振り下ろした剣は硬いものに当たり、金属同士のぶつかり合う音が響き渡る。


 シャロの盾、陽光アイネクレストだった。


「シャロ、なんで……」

「ベリィちゃん! こんなの駄目だよ!」


 盾越しとはいえ、覇黒剣の攻撃をまともに受けたシャロの身体は震えている。


 それでも尚、彼女の目は真っ直ぐに私を見ていた。


「ベリィちゃんにも色んな事情があると思う。大切な人の仇を取りたいって気持ちはあると思う。でも、こんなの絶対間違ってるよ! お願い、ベリィちゃん……剣を下ろして」


 ああ、シャロに迷惑をかけてしまった。


 私は何て馬鹿なのだろう。


 彼女に言われた通り、私は覇黒剣を鞘に収めた。


「……ごめん、シャロ」


 私が謝ると、シャロは昨日と同じように優しく頭を撫でてきた。


「間に合ってよかった~……起きたらベリィちゃんいなくて、もしかしたらって思ったから」


 私は最低だ。


 奴隷だった人々の生活を奪い、遂には友達を裏切った。


「ごめん……ごめんなさい……シャロ、シルビア、ごめんなさい……」


 つらい、つらい。

 悪いのは私なのに、涙が止まらないのだ。


 最低だ、本当に最低だ。


「えっと……アンタにも色々あるんでしょ。悪かったよ……話くらいなら聞くから」


 シルビアはそう言って立ち上がり、二本の剣を収めた。


 私はシャロに背中を摩られながらこれまでの経緯をゆっくりとシルビアに話した。


 お父様を殺した犯人を探している事や、四霊聖剣の奇跡と、自警団にいるもう一人の聖剣使いの事、その全てを包み隠さず、ゆっくりと。


「そっか……あーし、その四霊聖剣の奇跡みたいな話はどっかで聞いたことあるかもだけど、詳しくは分かんないや。あと、自警団のもう一人の聖剣使いの人は悪い人じゃないし、勇者でもなければ剣は四霊聖剣じゃない。あんまり、役に立てなくてごめんね」


 四霊聖剣の奇跡、人族の間では少しだけ有名なのだろうか?


 魔族である私は、そんな話聞いたこともなかった。


 それよりも、ひどい事をしてしまったシルビアに謝らなければ。

 悪い子じゃないのに、私のせいで迷惑をかけてしまったから。


「シルビア、ごめんなさい。私の勘違いで酷いことを……本当にごめんなさい」

「もう大丈夫だよ。えーっと、ベリィだっけ? あーしも、昨日はいきなり攻撃してごめん」


 シルビア、君も優しい人なんだ。

 きっと彼女にも、何か事情があったに違いない。


「それじゃ、二人とも仲直りってことで! シルビアちゃん、色々教えてくれてありがとう!」


 シャロはずっと私の背中を摩りながら、シルビアに笑顔で礼を言った。


「いや、あんまり知らなくてマジ申し訳ない。あ、そうだ!」


 ふと、シルビアが何かを思い出したかのように顔を上げる。


「実は、あーしも聞いてほしいことがある」

「聞いてほしいこと?」


 私の問いに、シルビアは真剣な顔で頷き、その話を続けた。


「あーしには、兄ちゃんがいる。同じ自警団の、バーン・フォクシー。アンタたち、この名前をどっかで聞いたことない?」


 バーン・フォクシー、聞いたことのない名前だ。

 シルビアの兄ということは、シルビアの姓はフォクシーというのか。


「ごめん、私は知らないかも」

「アタシも、分かんないな」


 その名前は、シャロも知らないようだ。


「そのお兄さん、どうかしたの?」


 そんなシャロの問いに、シルビアは少し俯きながら事情を話す。


「実は、半年前から行方不明でね、自警団の任務に一人で行って以降、消息がわからない。あーしは兄ちゃんが居なくなってから自警団入って、ずっと帰りを待ってる……なんの音沙汰も無いけどね」


 そうか、シルビアも大切な家族と離れ離れなんだ。

 そんなお兄さんの帰りを待ち、彼女は頑張って生きているのだ。


 シルビアは強い子なんだな。


「分かった。私も旅をしながら、お兄さんのことは探してみるよ」


「いいの……?」


「うん、家族と離れ離れになるのは、辛い事だから。それに、困っている人がいたら助けるようにって、お父様に言われてきたんだ」


「……そっか、ありがと。魔王さん、良い人だったんだね」


「うん、優しい人だった」


 私のお父様は、本当に優しい人だった。


 もうお父様はいないけれど、今も私の周りには優しい人達ばかりなんだ。


 勿論、お父様を殺した犯人は許さないし、これからも探し続ける。


 でも、それは真実を知りたいだけ。


 そして、しっかりと罪を償ってもらう。

 これからは復讐に囚われず、もっと前を向いて生きてみようと、そう思った。

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