第6話 マルコ、少女の銀色の瞳に見入ってしまう

 ジーナは夢を見ていた。

 夢の中では多くの魔物が追いかけてくる。このままでは食われてしまうと走って逃げようとするが、身体が冷たくこわばり、自由が利かない。


(ああ、このまま……)


 ジーナは自分の人生が終わりを迎えるのだと覚悟した。しかし、こうなるのならもっといろんな事をしてみたかった、思い通りに生きれば良かった……と酷く後悔を伴って。


 と、自分の手が何かに包まれる。それは春の陽射しのように暖かく、そして優しかった。気がつくと魔物は居なくなっている。


(え?)


 戸惑うジーナをよそに、夢の世界は勝手に変わる。手を包む温かいものはやがてジーナ全体を抱えるように包み込んだ。それは柔らかく、ゆらゆらとしていて、それでいて確りと自分を支えてくれている。ちょっと不思議な匂いまでした。ジーナは夢の中でとても安らかな気持ちになった。



 ◆



「マルコ、お前、なんだそれは!?」


 ちょっと散歩に行くと言っていた筈のマルコ。ところが、そのマルコが村に帰ってきてみれば立派な黒毛馬と気を失った少女を連れてきている。マルコの傭兵仲間であるテオは驚きの声をあげた。マルコは「あー……」と少し考えてから口を開き、


「散歩してたら荒野で拾った」


 とだけ言うので、テオは物凄く不安になった。マルコは良い奴だ。やたらと女にモテるクセに、決まった女と所帯を持とうとしないのはちょっと気にくわないが、それほど悪い事はしない筈だ。それほど……


「まさか、さらってきたんじゃねぇだろうな?」


 心配で最悪の事態を想定した瞬間、思わず疑問がテオの口をついて出てしまった。だがマルコは怒るどころかワハハと笑う。


「まさか! ほれ、このお嬢ちゃんを見ろ。俺は少女趣味なんかねぇぞ」

「あぁ、確かにお前の好みはもっとこう……肉付きがいい方だもんな」


 テオは少女の姿を見て、ガリガリに近いほど痩せている事を確認しホッとする。が、彼女の衣服を見てすぐにさっきよりも顔色が悪くなった。


「マルコ……お前、なんて子を連れてきたんだ! この娘がどこの者かわかってるのか!?」

「へ? まあ、そこそこ良いもん着てるから豪商の娘か貴族の家出娘かと……」

「バカ野郎! これは王国の教会の人間が身に着ける服だ! しかも教会に属する女は殆んど外に出られないっていう話なのは有名だろ!!」

「え、じゃあ……」


 マルコとテオは顔を見合わせる。何とも言えない微妙な顔で、マルコが口を開く。


「……あー、少なく見積もって、教会の生活が辛すぎて逃げ出した娘……とか?」

「いや、修道女が馬に乗って荒野へ逃げ出すか? それもこんな立派な馬だぞ!」

「だよなぁ。馬に乗り慣れてる感じでもねぇし」

「落ち着けマルコ、ここは最悪の状況を考えよう。外に出る教会の女性と言えば!」

「……国のあっちこっちを周って、浄化をしてくれてる聖女サマ」


 テオは顔の真横に片手を上げた。


「俺もそう思う。ちょっとこれは何かありそうだぞ。この娘が目覚めたら、事情を聞かにゃあならないな」

「ああ、取り敢えず俺の家に連れていく」

「お前の!?」

「文句あるか? 手を出すわけ無いだろ。それにオババもいるしな」

「……ああ、確かにオババ様なら任せられるか」


 マルコは少女を抱えたまま、器用にロアから降りて自分の家に向かった。



 ◆



 優しい夢は終わりを告げ、ジーナはゆらゆらフワフワした感覚から硬い床に寝かされた。目の前が赤とオレンジと白の明るい世界に染まる。顔が、ちりちりと熱い。


「ん……」


 ジーナはゆっくりと目蓋を開ける。明るい光と熱は、すぐ近くで火を焚いていたからだとわかった。そして囲炉裏のすぐそばに自分は寝かされていたと気づく。身体の上にも温かい布がかけられている。


「お、目が覚めたか」


 火の向こうから男の声が聞こえた。ジーナが顔をあげると炎に照らされ、オレンジ色に染まった精悍な顔つきの男が優しい笑みを浮かべている。


(ここは……天国?)


 かつて教会で教えられたのは、神に愛された者は死後に天国へ行くと言う話だった。ジーナは男の逞しさ、美しさに一瞬見惚れ、彼は天国の使者なのではないかと思う。一方男……マルコも一瞬固まった。


(何だこの瞳は)


 彼女が気を失ったままでいた時は、まだあどけなさがわずかに残る貧相な少女にしか見えなかった。正直、聖女と言われても半信半疑なくらいだ。だがその目を開けこちらを真っ直ぐに見てきた時、彼の視線もまた彼女の瞳に釘づけにされた。炎を反射しキラキラと光る銀の瞳は強い意志と悲しみをはらみ、彼女の容貌よりもずっと大人びて見える。


(まるで銀の星……いや、燃え盛る銀の太陽か……)


 この世に存在しない筈の銀の太陽。それくらいマルコにとって彼女の瞳は稀少なものに思えたという事だ。そのまま見入り、言葉を失っているとジーナの方からおずおずと口を開いた。


「あなたは……」

「……あ、お、俺はマルコ。お嬢ちゃ……」


 マルコの舌が止まる。お嬢ちゃんと先ほどまでは子ども扱いしていたが、それを言ってはいけない気がする。


「お嬢さんの名前は?」

「ジーナ……です」

「ジーナ、あんた馬に乗ったまま気絶してたんだぜ。荒野に居ると危険だから馬ごと俺の村に連れてきた」

「あ、ありがとうございます……」


 あの状況から助かった事にジーナは驚きつつ、頭を下げた。すると身体を曲げた拍子に彼女の腹からぐう、と音が鳴る。丸一日飲まず食わずだったのだ。無理もない。


「あ……」


 炎に照らされてオレンジ色に染まっている肌を、羞恥で更に赤らめるジーナ。それを見たマルコは漸く、心を掴まれていた何かからほっと抜けだせた。


「ははっ、腹減ってんだろ? 今ちょうど焼けたぜ。ほら、喰えよ」


 串を通し囲炉裏の火で焙っていた肉のひとつを取ったマルコはジーナに渡そうとする。肉からは脂が溶け出しじゅわじゅわと音を立て輝いていた。その香ばしい匂いにジーナは思わず眉をひそめ、鼻を手で覆う。


「肉は……食べられません」


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