第4話 王太子ディランの言い分


 一方。普段は荘厳な王宮が今はざわめきに支配されていた。


「ジーナ様がどこにもいらっしゃいません!」


 ジーナが断罪され強引に追放された日、悲痛な顔で女官が護衛兵に報告をしていた。が、王子の息のかかった護衛兵は「わかった。上に報告する」と言いつつそれを握り潰していた。だが流石に一日も経てば誤魔化しきれない。


「どういうことだ? 聖女ジーナ様がいなければ浄化は誰がする!?」

「それがどうやらあの聖女は偽物だったらしい」

「馬鹿な!? 浄化はきちんとなされていたではないか!?」

「いや、浄化が出来ていたのは聖女の力ではなく、手に持っていた聖水の効果だったとか。ディラン殿下と伯爵家のアリッサ殿がそれを突き止めたそうだ」

「は!? あのお二方が? それは、にわかには信じがたいな……」


 王宮内の皆が聖女がいない事に慌て、噂に踊らされ、混乱している。国王の耳にもその旨は届いていた。「最後にジーナ様の姿が確認されたのは『ディラン殿下に呼ばれたので行ってきます』と仰っていた時です」という報告が添えられたうえで。


 国王は一人息子であるディラン王子を呼び出した。それも王子がジーナにしたような私的なものではなく、謁見の間で宰相も臣下も居る公の形を取っている。彼はアリッサを伴い、意気揚々と国王の前に出た。


「ディランよ、聖女ジーナの行方について余に言うことは無いか」

「陛下、あの女は聖女ではありませんでした。それをこのアリッサが証明したのです!」


 その場に控えていた宰相をはじめ、臣下達は皆、声こそ出さなかったが息をのんだ。ディランは得意になって続ける。


「聖女を騙るなど大罪です。当然私との婚約は無効。危険を省みず、王家に貴重な情報を提供した忠誠心の厚いアリッサこそが我が妻に相応しいとはお思いになりませんか?」


 痩せてみすぼらしいジーナよりも派手で胸の豊かなアリッサを妻にしたかったディランはぬけぬけとそう言ってのける。彼の言葉に、いつもは泰然として見せている王の眉間が僅かに寄った。


「危険を省みず、と言ったな? どういう意味だ」


 アリッサがニンマリと媚びた笑顔で口を出す。


「恐れながら、我が王に申し上げます。ジーナ様はわたくしが真実を知ると大変お怒りになり、わたくしを亡き者にしようとなさったのですわ。それをディラン殿下が阻止して下さって、ジーナ様は逃げ出されたのです!」

「真実とは」

「もちろん、ジーナ様が聖女ではないという事ですわ」

「……それが、お主らの主張の全てか」


 ディランとアリッサは王の視線の冷たさにびくりとした。ジーナが偽聖女だと暴露するだけでは勝手に追放したのはやり過ぎだと咎められるかもしれないと考え「ジーナが口封じにアリッサを襲おうとしたが、失敗して逃げ出した」と話を少々盛った。これで二人の功績が認められ、新たにアリッサを婚約者に迎えられるだろうとディランは企んだのだが、明らかに期待していた反応と王のそれは違う。ディランは内心で酷く焦り「主張の全てか」と問われたところに飛び付いた。つまり、まだまだ言い足りないと思ったのだ。


「あの女が教会から渡されていた聖水を使えば、誰でも浄化は可能なのです! 偽物の聖女を送り込んだ教会には抗議文を既に送ってあります。詫びとして聖水を出させましょう!」

「聖水の効果は知っている」

「えっ……いや、でも、あの女には聖なる力はありません! ですからあの女ではなく勇猛果敢で知られる我が国の騎士団に浄化を任せれば良いのです」


 国王の眉間が益々狭くなり、皺が刻まれる。


「お前も、お前の教師も何を学んでいたのだ。我が王立騎士団が勇猛果敢と言われる由縁も知らないとは」

「は、ですから武力に優れ……」


 王子の言葉は途中で途切れた。王の拳が宙に浮き、真下に振り下ろされて玉座の肘掛けを殴りつけたからだ。


「魔物に対抗するため、武力を鍛えねばならなかったのだ! お前が幼い頃はその浄化の作業を、命懸けで騎士団が行っていたのだからな!」

「えっ!? あの、でも、そんな」


 先程までの自信に満ちた態度が剥がれ落ち、おろおろとするディランを見て国王だけではなく臣下達も呆れのため息をこぼした。


 王宮のある王都は国の南側。つまり魔物とはほぼ縁がなく“穢れ”も滅多に出ない安全な場所だ。北に行けば行くほど“穢れ”が増え、危険性も出てくる。かつての騎士団は半数以上が国の北部に駐屯し、魔物や“穢れ”に対処していた。それを、数年前からジーナが浄化の作業に当たるようになってから格段に“穢れ”が減り、ここ最近では騎士団の危険はなくなっていたのだ。


 北部地方の安全性が増したとはいえ、万が一もある。王太子であるディランを、その万が一危険な目に遭わせるわけには行かない……と、国王も臣下も北部に彼を向かわせる事をせず、安全な王都でぬくぬくと過ごさせた。だが、王子付きの教師が過去の騎士団の苦労を座学で彼に教えているものだとばかり思っていた。


 いや、教えてはいてもディランが真面目に聞いていなかったのかもしれないが。或いは、他でもないジーナがもたらした平和にどっぷりと浸かるうちに座学の内容を忘れていたのだろうか。なんにせよ彼は取り返しのつかない事を仕出かしたことには違いない。


 この国が平和を保っていたのはジーナが日々国中を周り、各地に発生した“穢れ”を浄化していたお陰だと、昔を知る国王や臣下は考えていた。彼らだけではない。魔物の恐怖を身を持って知っている、駐屯地の騎士団兵や国民が一番そう思っていただろう。彼女と教会が支持されていたのもごく自然な成り行きだ。


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