レーサー2パート2 女性ライダーMoto3に挑戦

飛鳥竜二

第26話 Moto3 ムジェロ

※この小説は「レーサー」「レーサー2 女性ライダーMoto3挑戦」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。


 スペインからイタリアローマにやってきた。チーム監督のジュンからは

「水曜日の夕方までにサーキットに入ればいい」

 と言われているので、火曜日は一日フリーとなった。そこで、エイミーと澄江さんを誘ってバチカン市国にやってきた。中学時代に、社会科の学習でグループごとに世界各国のことを調べて発表するという学習があり、私はバチカン市国を調べたのである。世界でもっとも小さい国ということがきっかけだった。

 8時、まずは大聖堂に入る列に並ぶ。早朝だというのに行列ができている。30分ほどで中に入ることができた。中の広さはとんでもなく広い。でも、まずは目的のクーポラに登るためのエレベーターの列に並ぶ。このエレベーターに乗らないと551段の階段を登らなくてはならない。もっともエレベーターに乗っても320段の階段はあるのだが・・。10ユーロを払ってエレベーターに乗る。旧式の蛇腹式の扉に時代を感じる。

 斜めになっている通路を歩いて1時間近くかかってめざすクーポラに到着する。大聖堂の上にあるドームのところで見晴らしがとてもいい。高さ120m。眼下にはサン・ピエトロ広場が見え、その向こうにはローマ市街が広がっている。近代的なビルがない。まさに古代の街そのままである。澄江さんの話では、条例で高い建物が建てられないし、外観は変えられないということだ。さすが世界遺産だ。

 クーポラから降りて、大聖堂の中にもどる。まさにだだっ広い。ザルツブルグ大聖堂の5つ分はあるだろうか。礼拝をするところが各所にあり、そこで多くの人たちが祈りをささげている。その中で私は、入り口の近くにある。ひとつの白亜の像に見入られた。成人のキリストがマリアに抱かれている像である。ミケランジェロが造ったものだそうだ。その優美さに魅かれてしまった。しばらくその場に立ち尽くしていた。

 バチカン美術館の予約入場が午後1時なので、澄江さんにうながされて移動した。

予約しているが、それなりの行列はあった。お腹がすいていたので、カフェテリアに入る。3人でピザとコーラを頼んだ。でてきたピザは思ったよりおいしかった。さすがイタリアいやバチカンである。エイミーも澄江さんもご機嫌だ。その後、宗教画や宝物を見て歩く。プロテスタントのエイミーは少ししかめっ面をしている。でも、友人にもカトリック信者はいるらしい。エイミー自体はクリスマスの際に教会に行く程度だと言っていた。

 最後にシスティーナ礼拝堂に到着した。壁画だけでなく、天井画もすごい。宗教画なのだが、圧倒される迫力を感じる。櫓を組んでミケランジェロは寝ころびながら描いたという。その画には何か怒りさえ感じる。先ほどのキリストを抱くマリア像の優美さとは全く違う。男性の裸体がこれほどの迫力を産むとは、今まで感じたことはなかった。エイミーも澄江さんも圧倒された顔で声を発することができないでいた。画集や紹介記事では見ていて知ってはいたが、目の当たりにすると実感として印象が強い。その日は寝るまで、礼拝堂の画は頭の中でかけめぐっていた。

 夕食はホテルの近くのレストランでボロネーゼを食した。日本のボロネーゼとは明らかに違う。まず平打ち麺で、肉の量がまるで違うのだ。麺料理ではない、肉料理だった。盛岡のじゃじゃ麺に似てなくもないが、肉の量は明らかに違う。お腹いっぱいになってしまった。


 翌日、サーキットに入った。古都フィレンツェの郊外にある。丘陵にあるサーキットなので、アップダウンがある。昨年のE-GP3はイモラで開催されたので、ムジェロは初めてのサーキットだ。でも、何か走ったような感じがする。そこで、エイミーといっしょに木曜日の早朝、コースを歩いてみた。するとコーナーの感覚がMOTEGIに似ている。アップダウンだけでなく、下りからの右コーナーがMOTEGIの90度コーナーに似ているのである。

 ピットにもどってくると、監督のジュン川口が声をかけてくれた。

「どうだった? コースの感触は?」

 そこで、率直に感想を話した。

「はい、初めてきた気がしません。下りの右コーナーはMOTEGIの90度に似ている感じがしますし、むしろこっちの方が楽かなと思いました」

「おー、それは頼もしい。ブラインドコーナーは気にならなかったか?」

「そこはMOTEGIのS字と同じように思えました。明日のフリーでコーナーの感覚をつかめば大丈夫だと思います」

「そうだな。でも、初めてのコースだから一応ラインどりの講義をしたいのだが、聞いてくれますか?」

 と、初めてジュン川口の講義を聞くことになった。やっと監督とライダーの関係になったような気がした。

 金曜日のフリー走行。あまり無理せずにラインを確かめながら走ってみる。メインストレートは微妙にうねっている。第1コーナーに入るためには一度左に寄るラインをとらなければならない。でも、ここが一つ目の追い抜きポイントだと思った。そして下りの右コーナー、第6コーナーと第10コーナーが攻めどころだと感じた。最後の1周だけタイムをだしにいったら1分55秒台をだせて、Q2進出を果たすことができた。エイミーも同じようなタイムを出していた。

 土曜日の予選。Q2からの登場で、エイミーと交互にスリップをとりあい、タイムを伸ばした。それで1分54秒台にあげて予選6位。初めてのコースで6位は上々のできである。エイミーは隣の5位に入っている。監督のジュン川口からもおほめの言葉をもらった。それと、

「スタート時は左に寄らず、そのまま右のラインを行けるか? その方がじゃまをされないし、1周目だからそんなにスピードはあがっていない。インインのラインで上位に行けると思うぞ」

 というアドバイスをもらった。それを私はやる気満々だった。

 

 日曜日決勝。天気はくもり。昨日よりは肌寒い。気温20度、路面温度31度だ。

決勝スタート、私は監督のアドバイスどおりインインのラインをとって第1コーナーに入った。最短距離でいけたということもあり、第2コーナーへは3位で入れた。トップはアレンソ。乗りにのっている。2位はジム・フランク、私の後ろにはエイミーがいる。トップ集団には山下と古山もいる。

 3周目、第8コーナーで中団グループが複数台転倒した。

 4周目、レッドフラッグが振られる。どうやら事故処理がスムーズにいかなかったみたいだ。コース上にまだマシンのパーツが転がっている。

 事故処理に20分ほどかかった。3周経過時の順位でレース再開である。残り11周に減算となった。私は初めてフロントロウに並ぶ。でも作戦は先ほどと同じだ。インインで第1コーナーに突っ込む。でも、敵もさる者、アレンソとジム・フランクはポジションを譲らなかった。

 そこからはアレンソとジム・フランクが抜きつ抜かれつの競り合いをしている。私はマシン2台分離れて、2人の争いを見ている。タイヤ温存策だ。

 10周目、アレンソ・ジムフランク・私・エイミー・山下・古山の順でトップ集団を形成している。そして第10コーナー、下りの右コーナーだ。ここで、並走していたトップ2台がスリップダウン。というかアレンソの前輪が滑ってジムフランクを巻き込んでコースアウトしていった。私がトップにたった。E-GP3でトップを走ったことはあるが、Moto3では初めてだ。体中にしびれを感じた。だが、レースが終わったわけではない。後ろからはエイミーや山下・古山がせまってくる。油断すれば表彰台さえ逃しかねない。ストレートで捨てバイザーを捨てた。ムジェロは丘陵地帯にあるので、虫が多い。視界が一気によくなった。ここで気を引き締め直す。サインボードは「GO」だけだ。トップになったことは気にせず、自分の走りをすることだけに集中する。

 フィニッシュ! そこでやっと歓声が聞こえた。オフィシャルがコース脇にでてきてオールフラッグで祝ってくれる。手を振ってそれに応える。すると、一人の女性オフィシャルが寄ってきて、ハイタッチを求めてきてくれた。彼女にすれば女性ライダーが優勝したのを初めてみたのだろう。そのハイタッチに応えると、すごく喜んでくれた。

 表彰台の控室で、レースのハイライト映像を見る。私は淡々と3位のポジションを守っていただけ、トップの2台がこけたことで舞い込んだ優勝だ。次回は自分自身の実力で勝ちたいと思った。エイミーと山下と古山は4位争いを激しくやっていたようだ。結局、2位にエイミー、3位に山下が入った。山下は初表彰台ということで、私たちよりもすごく喜んでいた。はしゃぎすぎの感じだ。

 表彰台で中央に立つ。日本国歌がながれて、やっと優勝した実感がわいてきた。かつて日本GPでノリックが涙を隠すためにうつむいていたのをビデオで見たことがある。私は涙がでそうになるのを必死にこらえた。

 シャンパンシャワーでは山下は全部をぶちまけていた。未成年の私はチームに持ち帰る。今回の優勝はチームスタッフのおかげだ。マシンをしっかり仕上げてくれたことに感謝である。

 次戦は6月末のオランダ。カザフスタンGPが延期になったので、3週間のあきがある。少しのんびりできるのはうれしかった。

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