繁華街の物書き

クッキィ

年末編

クラブの内情

天井にテキーラ

「…。」


恐らく大きな眼を見開いたまま,六花リッカは手足を投げ出して更衣室の床に寝そべっていた。古い天井にはところどころヒビが入っている。


シミのようなものも広がっている。きっと誰かテキーラでもこぼしたんだろう。


(いや,そんなわけない)


思考がテキーラに支配されてしまっている。


生まれて22年間アルコールを殆ど口にしなかった人間には先ほどのテキーラ2杯が致命的なものとなった。


(いや、逆にまだ22歳で良かったか…。)


22歳ならまだ「可愛く映るはず」である。




「リッカさーーーん!大丈夫そう?」


更衣室の外から優しげな男性の声が聞こえる。


(確か「マネージャー」と呼ばれていたような)


恐らく面接を担当した人だ。


「はーい!もうすぐ行きます。」


(無理…!!!!!!)


返事とは全く逆のことを脳内で叫びつつ,あと2分間横になることにした。スマホのロック画面を見る。


23:47


50分になったら起きあがろう。恐らく30秒ほどおまけである。



吐き気がする。頭が痛い。帰りたい。



(いっそ全部忘れて寝たい。)










まあまあよくやっていた。20代にしては良く頑張っていた。まあまあ良いところまで来たと思っていた。



六花は元々,映画を作るために働いていた。きっと他とは比べ物にならないほど努力していた。



大学で就活が始まったと同時に辞めていく人が増えた。それでも安定した生活に縋りたい気持ちを抑えて粘った。やりたくない仕事もやった。


そうして映画祭に出す作品に関わることが決まって,監督に呼び出された。


「愛人にならないか」と言われた。自分は実力で選ばれたわけではなかったのだ。丁重にお断りした。勿論それは「降板」を意味する。


こうして事務所から干され,業界からも干された。


ということで半分はヤケになって,もう半分は見たことのない世界への興味で,夜の世界に飛び込んだのである。お金も底をついたしちょうどいい。


(さて…)


走馬灯のように今までの出来事を思い返したところで今すべき行動に焦点をあてて,とりあえず飛び起きた。


徐々に思考がクリアになっていく。耳を澄ませると,少し離れたところから「お願いしまーす!」と高い声が聞こえる。体調が悪いながらも自分が今置かれている状況に興奮した。



どうせなら,日記を書いて脚本の材料にでもしようか。



記念すべき最初の1ページ目は



天井にテキーラ。

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