第30話 キャンパス(1)


 『犬飼いぬかい柴丸しばまる』との出会いは、4月の頭にまでさかのぼる。本来なら「新歓」(公認サークルによる新入部員の歓迎活動)でにぎわっている時期だ。


「人形を取りに行くから、手伝え!」


 大学、見てみたいだろ?――という「悪魔のささやき」ではなく『呪い屋』こと涼村すずむら日陰ひかげの誘いに乗って、俺は大学のキャンパスを訪れていた。


 今年は雨が多かったためか、桜の花はすっかり散ってしまっている。

 だが、何処どこかにまだ咲いている桜が残っているのだろう。


 時折、花弁はなびらが風に乗り、舞っている姿がチラつく。俺たちは賑わっている正門をけ、迂回うかいして別の入り口からキャンパスへと入る。


 今回の任務は、大学の教授に頼まれたモノで『フランス人形』の回収だ。


(当然『呪いの』と頭に付くワケだが……)


 フランス人形といえば、白い肌にクリッとした大きな瞳、綺麗なドレスを着た可愛らしい人形を想像する。実際は西洋を思わせる顔立ちの人形であればいいようだ。


 今の時代だと『ビスクドール』を想像する人が多いかもしれない。フランス人形に具体的な定義はなく、ビスクドールもフランス人形のひとつに含められている。


 昔はガラスケースに入った状態で、どこの家にもかざってあったようだ。

 日本では大正時代から作られていたらしい。


 しかし、1960年代になると国内でも大量生産が可能になり、状況が変わる。

 昭和の日本で――70年代の後半まで――大流行した。


 勿論もちろん「子供の玩具おもちゃ」というワケではない。

 着せ替え人形とは異なり、インテリアとして鑑賞するための人形である。


 どうやら、フランス人形が飾ってあると「お金持ちに見える」というのが理由らしい。経済成長期における『豊かな暮らし』の象徴シンボルだったようだ。


 当時は女の子の出産祝いや新築祝いとして送られていたようで、タンスやサイドボード、ピアノの上などが定位置だった。


 何故なぜか『木彫りの熊』や『こけし』、『ダルマ』や『飾り駒』と一緒に並んでいたと聞く。カオスな状況だが――


(「日本人らしい」とも言えるな……)


 今回、回収する予定のフランス人形は神出鬼没が売り(?)だ。

 気が付くと、そこにある――という物理法則を無視した怪奇現象パターンである。


 近い話なら『メリーさんの電話』が有名だろう。部室にある棚やロッカーの戸を開けると、何故なぜかフランス人形が入っているそうだ。


 誰かが持ってきて、ここに仕舞ったのだろうか?――そう思い、一度は戸を閉める。しかし、そんな人形は誰も知らないという。


 気になって次に開けた時には、顔の半分が罅割ひびわれ、ドレスがげた状態のフランス人形が入っているそうだ。


 人形の悲惨な状況と気味の悪さに、一度は視線をらすか、戸を閉める。

 そして、気が付いた時には「そのフランス人形は姿を消している」というワケだ。


 うわさを耳にした教授は、


「自分が持ち込んだ人形だ!」


 とスグに気が付いたらしく、知人を通して『呪い屋』へ連絡が入った。


「バカな生徒がネットで拡散する前に、回収を頼む!」


 といった理由らしい。確かに、全世界へ向けて「呪いのフランス人形がある大学です」などと紹介しても「【悲報】日本の大学」みたいな形で、拡散されるのがオチだ。


 嘲笑ちょうしょうされたり、あきれられたり、無視されるのならまだいいが、下手に人気が出て、注目されると面倒である。


 場所を特定されれば、大学の名がネット上に残り、教授も周囲の連中や偉い人から変な目で見られてしまう。


 オカルト研究の教授として、売名行為が目的ならソレでもいいのだろうが「呪いのフランス人形の持ち主」というレッテルは色物でしかない。


 どちらかと言えば「経済番組や歴史の解説などでテレビに出演したい」といった所だろうか?


 まあ、俺も父親がテレビで、嬉々ききとして「これがその人形なんでよ♪」などと紹介していたら――


(次の日は、学校へ行くべきか迷うな……)


 昭和の時代なら「気味が悪い」と怖がられていた怪談も――現代においては――フィギュアやプラモデルなどが当たり前となっている。


 AIが搭載された自律型ロボットやドローンもあるので、さほど珍しくはない。

 むしろ、フランス人形であるのなら、数万円で取引されているようだ。


 生徒たちに気付かれて、ネットオークションへ勝手に出品されても面倒である。


「早く、引き取って欲しい!」


 というのが、連絡のあった大学教授からの希望である。


(時代は変わってしまった――と言わざるを得ないな……)


 大抵の場合【呪い】は見られることで、その効果を失う。

 全国に存在が知られてしまえば、普通のフランス人形に戻るだろう。


 だが、その場合、依頼主の教授としては失うモノが大きいようだ。

 教授へは、大学へ到着した時点で『呪い屋』から連絡を入れてもらった。


 約束の時間までには、まだ30分ほどある。

 スグに返信が来るようなら、このままぐに向かった方がいいだろう。


 返信がなければ、指定された時間通りに訪ねればいい。

 【呪い】の品がそばにあるのなら、人体にどう影響するのか分からない。


(なるべく、早く対処した方がいい……)


 俺のそんな考えに対し、


「他人の心配ばかりしていて疲れない?」


 と『呪い屋』。彼女としては人形が回収できれば、どちらでもいいようだ。

 まあ、俺自身は【呪い】に強い。


 単なる回収作業といっても、普通の呪詛師じゅそしからすると【呪い】に近づくこと自体が危険だ。彼女のような態度スタンスの方が、結果的に長生き出来る。


「すまない、これが性分しょうぶんだ」


 俺が短く答えると『呪い屋』は「嫌な高校生だ」と言って、そっぽを向く。

 機嫌を損ねたようだ。


(もう少し、年相応の返しをすべきだっただろうか?)




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 ฅ•ω•ฅにぁ? 今回は過去の回想です。

 任務は『フランス人形』の回収。

 早く事件を解決したい猫森くんと、

 お金儲けを優先する呪い屋さんだと、

 相性が悪いようですね。

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