第二章 願い石

第14話 いてこましたる(1)


 季節は変わり、梅雨つゆも明け、本格的な夏をむかえた――


(と言いたい所だが……)


 梅雨などあっただろうか? 4月や5月にも、夏日(25度以上)や真夏日(30度以上)の日が何度なんどもあったためか、最初から夏だったような気もする。


 寒暖の差が激しかった影響か、どうにも体調がすぐれなかった。

 7月に入ったら入ったで、湿度が高いためかし暑い。


 比較的、暑さに強いとされる猫たちも、30度を超えた日や湿度の高い日は苦手なようだ。今日のように晴れていて、気温の高い日は声を掛けられることもない。


 そのため、いつもより街が静かに感じる。


「ミャミャーッ!」(さあ、踏切ふみきりに急ぐのよ!)


 いや、ここに一匹、さわがしくて元気な猫がいた。俺の頭の上で、三毛猫の『茶々ちゃちゃ』が「シャー!」と息巻いきまいている。


 猫の体温は高いので、はっきり言って暑い。


(確か、平均は38度だったか?)


 ちなみに三毛猫のオスが生まれる確率は「3万分の1」というのは有名な話だ。

 当然、メスである。


 魅力的な模様もようや配色が現れることから、猫好きの間では「美人が多い」と評判だ。

 一方でオスとして生まれた場合、生まれつき身体からだが弱かったりする。


 また、生殖機能が無いなどの症状が見られるそうだ。

 3万分の1の確率という突然変異のためか、短命である。


 そんな三毛猫の中でも、しま三毛は「大人しくて物静かな性格だ」と聞いていたのだが、この茶々は違うらしい。


 人語が話せたのなら「いてこましたる!」とでも言い出しそうな雰囲気だ。

 先程から俺の頭部へポカポカと猫パンチをり出している。


 痛くはないが――


(正直なところ、いい気はしないのでめて欲しい……)


 そんな俺たちの様子を見て、隣を歩いていた『呪い屋』こと『涼村すずむら日陰ひかげ』は、


随分ずいぶんなつかれてるな」


 と言って口許くちもとに手を当てると、クスクスと肩をふるわせて笑う。

 俺としては心外しんがいなのだが、はたから見るとそう見えるらしい。


 一方で下の方から、


「お兄ちゃん、ごめんなさい」


 と謝る声が聞こえる。

 茶々の飼い主である女の子、小学五年生の果南かなんちゃんだ。


 まだ小学生なのだが、ほほひざいたらしく、絆創膏ばんそうこうっていて、痛々しさが伝わる。


 そんな俺の視線を感じ取ったのか、茶々は「ムキーッ!」と言って、俺の髪の毛にみつき、ガシガシとする。イライラしているのは理解したが――


(俺の髪の毛に当たるのはめて欲しい……)


 事の発端ほったんは探偵事務所の近くにある塾からの依頼だ。ここ1週間程で生徒たちの数名が踏切で怪我けが、もしくは事故にいかけている。


 塾からの帰り道。時間帯は夕方で、場所は踏切だという。

 思い当たるのは、心理学でいう所の『黄昏たそがれ効果』だろうか?


 どうやら、夕方である18時頃は、人間における体内リズムがもっとも不安定になる時間帯らしく、思考力や判断力がにぶるそうだ。


 これを逆手にとって「放課後に告白すると成功率が上がる」というのは有名な話だろう。夕暮れの学校など、生徒の姿もなく、雰囲気もそれなりにある。


 「ずっと前から好きでした」と告白するには持って来いだ。

 しかし、スポーツや運転を行っている場合は、注意が必要だろう。


 思考が鈍るので当然、事故を起こす可能性も上がる。だが、今回の場合――


(『黄昏効果』にしては、怪我けがをした生徒の数が多い……)


 夕暮れ時には冷静な判断が出来なくなるとはいえ、短期間に同じ場所で複数の人間が怪我をするなど、誰がどう考えても不審ふしんに思うだろう。


 塾長はウチの所長と面識があるらしく、裏の仕事についても知っているらしい。

 いの一番で「相談しに来た」というワケだ。


 受験をひかえている生徒に「万が一の事があっては大変だ!」と判断したのだろう。

 そこまでは理解するが、何故なぜか俺に「様子を見てきてくれ」という流れになった。


 頼りにされているのかもしれないが、随分ずいぶんと簡単に言ってくれる。それに――


(普段から多くの人に使われている踏切だ……)


 理由もなく霊障地区ブラックスポットになるとは考えにくい。

 なにか要因があり、発動にも条件があるのだろう。


 俺は塾長に許可をもらって、塾の生徒たちに詳しく話を聞いてみた。

 結果、色々と分かってくる。


 まず、事故にったのは自転車に乗った子供だけのようだ。

 晴れた日の夕暮れ時に限られていた。


 また生徒たちの中には、転んだ際に「自転車のハンドルをにぎる白い手」を見た者もいる。ハンドルを強引に曲げてくるようだ。


(転んだのは、それは理由か……)


 どうやら、塾長が心配していた通り、怨霊おんりょうが原因である可能性が出てきた。

 俺に「この事件を任せた」という事は、所長も薄々うすうすは気付いていたのだろう。


 さて、そこまで分かれば、呪詛師じゅそしの出番だ。すでに事件の半分は解決したようなモノだが、残りの半分は「誰と一緒に仕事をするのか?」である。


 呪詛師の仕事としては原則2人以上での行動が義務付けられていた。

 白鷺しらさぎ女史に頼んでもいいのだが、組合を通しての依頼ではない。


(こういう仕事に関しては『呪い屋』が向いているか……)


 俺は『くるみ荘』に住む一人の女性を思い浮かべた。

 彼女としても1人で行動するのはリスクが高い。


 興味はないか?――と連絡した所、二つ返事でやって来たというワケだ。

 丁度、商品を切らしていたらしい。


(彼女らしい理由である……)




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 φ(ФωФ=)メモニャン 再び事件です。

 塾の生徒たちに聞き込みもしました。

 『呪い屋』って、どんな人?

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