ヒトの世界
第25話 想像とは創造
私は書いていた。
原稿を、物語を。
ようやく出版社に、そして、世間に認められた私と明の物語を。
出版社からも定期的に催促が来ている。
肌色の罫線が走るアイツが足りなくなるのがムカつくが、こればかりは致し方ない。
近くのコンビニで20枚入りのソレをすべて買占め、書き綴る。
どうせ、原稿料や印税として私の元に戻って来る。
担当者もそんなことを言っていた。
今では、私の生活は一変した。
命を差し出し、くだらない仕事をせずとも、書くことで生きていくことができる。
しかも、私が、ずっと夢として追いかけてきた書く仕事だ。
表現をし、物語を書き、読者に希望や思索を与える。
これこそが、明の最後の瞬間に主張したことではないか。
『私たちオトナが、ちゃんと今を生きていますか?』と。
ん?
明が、最後に言った……?
まあ、いい。
それよりも私は読者のために、そして、明のために書き続けなければならない。
あと少しで第一部が完結する。
第2部では、大きな展開が待っている。
第1部で偲ばせてある伏線が、一気に爆発するんだ。
これには絶対に読者も驚くだろう。
私は読者の驚く顔を想像しながら、一文字一文字、綴っていく。
絶対にオモシロいモノにしてやる。
そして、次回作はもっとオモシロいモノにしてやる……。
―――――――――――――――――――――
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン……
玄関を叩く音がする。
予定よりも全然早い。
原稿の回収までには、後2日あるはずだ。
どれだけ、せっかちなのか?
私は、原稿を書く手を止め、玄関に向かう。
こういう配慮の無い行動が、どれだけ作家のココロを痛めるのか、担当にも少しはわかって欲しい。
「鈴木。久しぶりだな。
元気しているのか? ……おめぇ、少し痩せたか?」
玄関を開けるとそこに立っていたのは、かつてのゴミ会社の班長。
マスクで顔の半分を隠しているとはいえ、痩せたのがわかる。
「おざっす……。久しぶりっす……。
その件では、迷惑をおかけしました……」
できうる限り、慇懃な態度で接する。
数年間とはいえ、私の保証人、兼見受引取人のようなことをしてもらっていたんだ。
ぞんざいに扱うことなどできやしない。
班長は、「おぉ……」と軽く返事をした後、私の部屋に入り、室内を見渡す。
私にはそれを制することなどできる訳がない。
以前、せり出していたその腹は、胸のラインと同等になっている。
話しかけようとする班長はマスクを外し、私に向き直る。
その頬はコケ、以前の貫禄のある姿ではなかった。
むしろ精悍という顔立ちになっている班長がそこにいた。
「作家……、だったけっか、そういうものに、なったんだってな?」
班長が部屋中、はたまた部屋中に散乱する原稿用紙に目を向けていう。
「作家じゃないです。小説家です」
私は、少しの苛立ちを覚え、コトバを返す。
作家のような依頼があれば、何でも書くような人種と一緒にはして欲しくない。
私は、小説家だ。
自分の考えや意思、ストーリーや熱意に基づいて書いているのだ。
アイツらとは一緒にして欲しくない。
「ああ、ごめん、ごめん。
小説家だったな……。メシは、ちゃんと食ってんのか?」
変なことを聞く。
確かに、肉体労働をしているときに比べれば、食事の量は減った。
だが、しっかりと食事は摂っている。
余り摂り過ぎると、眠くなってしまい、創作活動の妨げになるから最小限に抑えている。
「大丈夫っす……。飯も、肉も喰ってるっす……」
班長はよく「肉を食え」と言っていた。
肉を食わなければ、ヒトは活動的になれないというのが班長の持論だった。
「わかった……。
だけど、無理はすんなや……」
そういう班長の顔は寂しそうだった。
私は、班長が嫌いではなかった。ただ、自分の夢を手に入れたのだ。
ただ、今は、前に、そしてより大きな成果を。
そのためにも進んでいかなければ、ならない。
ココロの中でいう。
「班長……、ゴメン……」
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