第23話 ススム先に待つのは虎か蛇か?


大学を卒業後、私は就職をしなかった。

かといってまったく仕事に就かないわけにはいかない。

新卒派遣という働き方。

最近では、新しい就職方法であるとのことで注目されているらしい。

だが、私がこの仕事を選んだことには意味がある。


執筆の時間が十分に取れるからだ。

私は、就職よりも小説家になるための道を選んだ。

派遣の仕事は、基本的に定時はじまりで、定時終わり。

若干の責任を負わされるものの、社員のそれに比べるとそれは少ない。

だからこそ、選んだのだ。

執筆に集中するために。


小説家になるためには、幾つかのルートがある。

しかし、そのどれもが狭き門である。

自ら数百万のお金を積み、「自費出版」という形でデビューする方法。

もう一つは、出版社が企画する新人賞に応募し、賞を獲得する方法。

実績やコネのない私が小説家になるためには、正面突破しかない。

私は仕事の無い日は、とにかく書いて、書いて、書き、そして応募し続けることを選択した。

「学会でいくつもの論文を出してきている、私であれば、容易いコト」

そう思っていた私は、本当に甘かった。


現実とは、厳しく、そして冷徹なモノ。

今さらになってそれを私は、感じていた。

だが、明の姿を見ていると落ち込んでいる時間すらもったいない。

だからこそ、今日も私は書く。

自分の夢を、明と約束した夢を叶えるために。

この一文字で誰かを変えるために。


―――――――――――――――――――――

「んん~!!

 やっぱり弘毅のオムライスって、サイコ~!」

この明の顔が見たいからこそ、私は毎日夕飯を作っているのだと思う。

満面の笑みが、私の小さな悩みや、モヤモヤさえ消してくれる。

当たり前の毎日が、こんなにも愛おしく、大切だとは思っていなかった。

派遣の仕事、そして、毎月のようには新人賞に応募するも、受理さえされない日々。

だが、この笑顔があれば、私は頑張れる。


「あ~、そういえば、弘毅になんか届いていたよ~。

 この時期だと、奨学金の支払についてかな~。

 あれ? でも、弘毅は、奨学金、申請していなかったんじゃなかったっけ?」

結婚式はまだ上げていない。

それは、私がある程度の成果を上げるまでと、待ってもらっているのだ。

籍は、すでに入れた。

明の誕生日に合わせて。


家計は私が管理している。

できうる限り、無駄を省き、だけど、明には無理をさせないように。

とは言っても、贅沢をしないわけではない。

二人の記念日には、焼肉を食べに出るようにしている。

明のお気に入りの店は、高級焼き肉店。

今の家計では一年に一回行ければいい方だ。


そんな中で、請求書? そんなものが届くはずがない。

私が家計をすべて完璧に管理しているのだから。


「ん~。

 これ~。夕日企画~!? なんか、危ない感じ?

 それとも派遣会社のなんか~?」

明のコトバに反応する。

……夕日……、企画だと……!

明の手元の封筒を強引に奪い取る。


「ちょ、っちょっと、弘毅、痛いって!」

明は、私の気迫に身を引く。

「……ご、ごめん。

 だけど……、ちょっと……」

私は震える指でその封筒を丁寧に千切る。

命の端を少しずつ落とすように、丁寧に、丁寧に。


封筒の中から、一枚の紙を取り出す。

それは、ずっと待ちわびていたようで、絶対に届かないかもしれないと思っていたモノ。


―記―

以下、夕日企画新人賞とする。

「たった ひとりの恋物語」

著:鈴木 弘毅


―――

全身から、汗が噴き出る。

それが、歓喜なのか、恐怖なのか、悲痛なのか。

さまざまな感情が一気に私に襲いくる。

そして、涙が勝手に溢れ出て、止まらなくなる。

俺は、俺は……。


「ちょ、っちょっと!!

 弘毅、一体、何があったの?

 なんで泣いているの? その書類、いったいなんなの?」

明が、眉毛をへの字にしている。

今は、明の顔を見ることができない……。

「もう、アホ!!

 ちょっと貸してみて!!」

明は強引に私の手元から書類を取り上げる。


私は、目から溢れる涙でその視界が歪んでいる。

ああ、ちょっと、今は、どうしていいか、わからない……。

涙で歪んだ目の前の明が、書類を読むのがわかる。

そして、口元を抑える。


「弘毅!!

 やったね! 本当におめでとう!!」

歪む視界であったとしても、明の顔が近づいてきているのがわかる。

嗚呼、これでもかってくらいの笑顔じゃあないか……。

数秒後、私の首元は明の両腕に、全力で締め上げられていた。

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