第18話 バクダンとの遭遇
「……というコトで、私の発表を終わらせていただきます」
同時に多くの拍手が会場に湧き上がる。
なんという、爽快感。
こんなにも多くの人に認められるというのは、こんなにもキモチがイイものだとは思ってもいなかった。
約五百人が入る大学の講堂。
ほぼすべての席が埋め尽くされる中、中央の舞台に私は立っている。
「微小生物学会」
私はそこで、ある論文を発表していた。
大学の研究室で数年間続けてきた調査・研究の末、新種の昆虫を発見したのだ。
その昆虫は陸でも淡水中でも呼吸し、生活ができる。
生物の進化を表す系統樹において両性類よりも上位の生物であれば、そのような生物は一部で見られるものの、昆虫での発見ははじめてであった。
その存在はチラホラと噂されていたのだが、非常に動きが早く、様々な条件を満たす限られた場所にしか生存ないと言われていたため、河童などの空想上の昆虫とされていた。
今回、私は明と一緒に行った夏休みを利用したバカンスでの青ヶ島で、コイツを見つけたのだ。
研究柄、サンプル瓶をいつも持ち歩いていたため、すぐに捕獲。
嫌がる明を尻目に、翌日には東京に戻り早速に研究をはじめた。
両生類や爬虫類にも水陸に生活基盤をもつ生物はある程度いるが、研究にはその個体の大きさや生活環(一生の長さ)を加味すると、時間がかかる。
一方、昆虫の身体は小さく、生活環は短い。
さらに個体数が多い。
だからこそ、研究対処としては適しているのだ。
陸生、水生を生きる生物の、生態的構造を完全に解析し、理解をすることができれば、ニンゲンの生息圏の拡大にもつながる。
人口爆発が叫ばれる昨今では、陸上での生活だけでは間に合わない。
そこに新たなる一手を与えてくれるのが、これらの生物の生体構造なのだ。
「ふぅ‥‥‥。終わった……」
私はここ数カ月の重責が肩から降りるのを感じ、軽く嘆息する。
最近では、明の話を聞くことすらできていなかった。
それはある意味、私にとってのストレスでもあった。
しかし、やるべきことをきっちりと終わらせなければ、成果を上げなければならない。
そんな他者への気遣いにアタフタとする私は、私と言えるのだろうか?
「鈴木君。おめでとう。
これで君の助教入りが確定したね。
私も嬉しいよ。今後とも我が校の発展のためにも一緒に邁進していこう」
満面の笑みをたたえた学部長が近づいてくる。
その笑みの中に下卑た何かを感じてしまうのは、私だけだろうか?
「ありがとうございます。
ここまで来れたのは教授のおかげです。
そして、今回の論文を発表できたのも……。
本当にありがとうございます」
自分で言っていて吐き気がする。
今回の論文発表の一番オイシイところは、コイツが持っていっている。
この後に続く、自分の発表でそれを公表する。
その論文も私が書いたものなのだが。
大学生にも関わらず、この社会のくだらない裏側を学べたと思えば、幸いなのかもしれないと心の内でごちる。
「まあまあ、そんなに低頭しなくてもイイじゃないか。
これからは、私たちがこの学校を、この学部をより発展させていくんだから……」
学部長は、その右手を私の肩に置き、イヤらしく揉み込む。
その口端を卑猥にゆがめながら。
「学部長、その件に関してなんですが……」
私が口を開こうとすると、聞きなれたアノ声で呼ばれる。
「弘毅~! お疲れさま~!
よく頑張ったね~! 会場がすっごく盛り上がってたよ~。
私の隣に座っていた人なんてねぇ、あの子は将来……」
明が全力で駆け寄ってきたことがわかる。
タイミングが悪く、そして空気が読めない。
まあ、今日はある意味いいタイミングなのかもしれないが。
「あ……、学部長。
いつも弘毅がお世話になっています。
そして、学会賞の受賞おめでとうございます」
明は慇懃にアタマを下げ、祝辞を述べる。
「こんなヤツにそんな言葉を送る必要はない」と、私はココロの中で明を諫める。
「あぁ、英文学科の田中君だったね。
君の噂も聞いているよ。
若いのにシェイクスピアについての新解釈の論文も出したそうじゃあないか。
学部長会でも随分、噂になっていたよ。英文学科に二十年ぶりに現れた新星だってね。
そうかぁ……。君が鈴木君とねぇ……」
その目がイヤらしく、明を舐めまわす。
私は、その視線を遮るかのように学部長と明の間に滑り込むように立ち、言う。
「学部長。
私は、田中と一緒に昼食に行ってきます。
午後は、後輩のポスターの手伝いに回ります。
今夜のパーティーでは、お時間を見て、今後の方針について詳細に詰めさせてください。
なによりも、学会賞、おめでとうございます」
私は深々とアタマを下げると、明の手を取り、その場を立ち去る。
これ以上、下卑た視線に明を晒していたくはない。
そして、明には、こんなキタナイ、私を知ってほしくない……。
「ちょっと! 弘毅、痛いよ!」
明のそんな言葉さえ、今の私には届かない……。
―――――――――――――――――――――
「うおぉぉあぁあぁ~~~~!!」
その声で我に返る。
破袋し、目の前に散乱するゴミを無意識、無気力に分類している私は、強制的に現実に引き戻される。
「す、す、鈴木さん!! これ、これ……、もう、俺、イヤですよ!!」
右隣に座りゴミを分類している梶のその手に握られていたのは、二十センチほどのプラスチックの棒だった。
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