045.貼る

 そいつの家に行ったのは、その日が初めてだった──。


 高校一年の秋。夏休みが終わってひと月くらい経っていたけれど、その年は残暑がキツくて、なんなら夏休み中より暑いんじゃないかって思うくらいだった。


 教室でいつものメンバーで駄弁だべっていたとき、どんな会話の流れだったか忘れたが及川が「今日ウチ来る?」と聞いてきた。俺以外のヤツらはバイトだなんだで予定が合わず、暇だった俺は断るのも悪いと思い「じゃあ俺行くよ」と応えた。


 及川とは高校に入ってから知り合った。夏休み前まではほとんど交流が無かったのだが、夏休み中に街でばったり出会い、一緒に遊んだことから急激に仲が良くなった。それまで及川はどこのグループにも入らず、昼休みも一人でいることが多かった。コミュ障というわけではない。むしろ人当たりが良く、話の輪に加わった時は積極的に盛り上げるタイプだ。ただ、何処となく一定の距離を取りたがるというか、あまり自分のことを話したがらないタイプでもあった。そういうところが少しミステリアスに感じるのか、外見は中の上くらいだが、妙に女子ウケが良かった。


 放課後、学校からそのままの足で及川の家に向かった。二人とも自転車通学だったので、俺は及川の後ろを走った。家には十分かそこらで到着した。


「ただいまー」と玄関を開ける及川に続いて「おじゃましまーす」と俺も扉を潜った。暑かったから、早く屋内に入りたかった。


「あら、いらっしゃい。お友達も一緒なのね」


 俺達の声を聞いて、奥の部屋から及川のお母さんらしき人が出てきた。俺は改めて「お邪魔します」と頭を下げた。


 及川のお母さんは……正直、及川と全然似ていなかった。背が低くて、ちょっと……いやけっこう太っていて、お世辞にもキレイな方ではない。顔のパーツも、彼と似ているところはひとつも見つけられなかった。


 俺は失礼な考えを表情に出さないようにしつつ、及川の後ろをついて行った。案内されたのは意外にも、彼の自室ではなくリビングだった。


「うち、自分の部屋なくてさー」と彼は笑いながら言った。俺は友達の家で遊ぶといったら当然自分の部屋に案内されるものだと思い込んでいたので、少し面食らってしまった。


 お母さんに出されたジュースを片手に、俺達ふたりは教室でするような取り留めのない会話を楽しんだ。というより、他にすることがなかった。彼の家にはゲームも漫画も、若者向けの雑誌もなく、娯楽と呼べるものはテレビくらいしかなかったからだ。


 30分もすると会話のネタも無くなり、俺は何となく部屋の中を見渡してみた。あまりひとの部屋をジロジロ見るのも失礼かと思ってさっきまでは気付かなかったが、よく見てみると、リビングの壁にやたら沢山のフォトフレームが貼り付けられていることに気が付いた。それは壁に刺した画鋲に引っ掛けているようだ。


「写真、多いだろ」


 俺の視線に気付いてか、及川が声をかけてきた。


「それ、全部家族写真なんだぜ」


 言われて見れば、確かにそれは家族写真のようだった。及川とそのお母さんと、隣にいる男性はお父さんだろうか。


 でも───何かがおかしい。


 俺は立ち上がり、壁際に近寄った。


 近くで見ると、先ほど感じた“おかしさ”の正体がすぐにわかった。


 写真に写っているお母さん以外──及川とお父さんらしき男性は、雑なコラージュのように別の写真を切って貼ってあるのだ。どの写真を見てもそれは同じことだった。しかも、お父さんらしき男性は途中まではきちんと写真に写っているのだが、及川は赤ちゃんから最近の姿まで、全てがコラージュなのだ。


「おかしいだろ」


 食い入るように写真を見つめる俺のすぐ後ろから、囁くように及川が言った。


「でも、こうしないとおば……あ、いや、お母さんがさ、落ち着かないんだよね」


 俺は返す言葉が見つからず、無言で椅子に腰を下ろした。


 その後どんな会話をしたのかは忘れてしまったが、適当な理由をつけて長居せずに帰った覚えがある。及川は特に引き留めることもなく「また明日、学校で」と普段通りの様子で俺を見送った。


 翌日以降、及川とは学校で相変わらずの距離感で付き合ったが、再び彼が俺を家に誘うことは無かった。


 大人になった今、あれはなんだったのだろうと、時々考える。


 もしかしたら、あれは何らかのSOSだったのではないだろうか?


 彼は俺に何かを求めて家に誘ったのではないか?


 いくら考えても答えは出ない。


 来週の同窓会に、及川は来ないらしい。

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