044.みてる

 私が男性を苦手になったのは、はっきりと「これだ」という、原因になる出来事があるのです。


 それは私が高校2年生の9月頃のことです。


 当時の私は特に優秀というわけでもなく、かといって赤点を取るようなこともない、まあ平均的な学生でした。授業態度も取り立てて悪いようなこともなく、基本的にまじめに受けていました。


 ですが、歴史の授業だけはどうにも苦手だったのです。というのも、担当の先生が──当時五十代くらいの男性の先生だったのですが──どうにも陰気な方で……。喋る声もボソボソとよく聞き取れなくて。ついつい眠くなってしまうのです。ただ黒板はきっちりと書かれる方だったので、声が聞こえなくても授業に大きな支障はありませんでした。


 そういった先生なので、午後の授業ですとついつい眠くなってしまいました。どうせ声はよく聞こえないですし、板書さえノートに写していれば多少授業態度が悪くても咎められることはなかったので、私は半ば夢うつつのまま授業を受けることがたびたびありました。


 そういった生徒の態度を気にしてか、あるいは自分の声が小さいことを配慮してか、先生は授業のたびにノートを集め、チェックをしていました。授業の最後に教壇に提出し、次の授業までに返してくれるシステムです。今考えると無駄なシステムだな、と思います。ちゃんと書いていない人は自分の責任ですし、声の小さいのを気にしてやっていたならもう少し大きな声で喋れば良いだけですから。


 とにかく、その先生は授業のたびにノート回収をしていたのです。


 ある日のことです。私は返却された歴史のノートを何気なく読み返していました。先生はチェックした証拠として、チェックした日付と判子をノートの端に残していました。その横に、何だか小さく数字が書かれているのに気がついたのです。遡って見てみると、その数字は5月頃から毎回書かれているようです。少し気になったのですが、何か先生の確認用のものだろうと考え、忘れることにしました。


 次の授業のとき。それは午後の授業でしたが、どうにも眠たく、私は何度もあくびを噛み殺していました。ふ、と前の方に目をやると先生と目が合いました。慌ててペンを動かし私は「寝てませんよ」とアピールしました。


 授業が終わって友人と「さっきの授業眠くてツラかったね」といった話で盛り上がっていたのですが、私は何の気なしに「そういえば、ノートチェックの日付の横に書かれた数字って何なんだろうね」と話を振りました。しかし、友人達は「何の話?」とまるでピンときていない様子です。なので後日、返却された歴史のノートを友人と見せ合ったのですが……数字が書かれているのは私のノートだけだったのです。その時点で何だか気味悪さを感じたのですが、深追いするのも怖く、私は自分から話を切り上げ気にしないことにしました。


 そこから数日して、また歴史の授業がありました。先日のことが頭にあったので、その日は眠気を感じることもなく、いつもより黒板を真っ直ぐに見ながら授業を受けました。


 授業が終わり、私は提出のためにノートを持って教卓へと向かいました。すでに置かれたノートの山の上へ自分のノートをポンと置き、自分の席へ戻ろうとしたその時です。先生が私の方を見ながら小さな声で呟いたのです。


「今日はゼロ」


 小さな声でしたが、私に向けられた言葉なのは明らかでした。


 私は席に戻ってから、その言葉の意味を考えました。


 そこで、ハッと気がついたのです。


 私はその思いつきを、次の歴史の授業で確認することにしました。眠気は全くなかったのですが、わざと3回、私はあくびをしてみせました。


 すると、ノートチェックから帰ってきたページの日付の隣には──、


 「3」と小さく、ですがはっきりと書かれていたのです。


 先生は、授業中ずっと、私のことを見ていたのです。

 そしてあくびの回数を数えていたのです。


 怖くなって私はその「3」の字を修正液で消しました。


 すると、次から先生は日付の隣に数字を書かなくなりました。


 それがよけいに気持ち悪くて……。


 以来、私は男性が、特に男性の視線が苦手なのです。

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